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レイヴン戦記  作者: 一弧
第三章 新世代
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元歌姫の日常

 フリーダの村での日常は『なんとかがんばってやっている』そう表現するのが最も妥当であるように思われた。食事の準備をしようとしても今までは外食や野営での食事がほとんどであり、調理レベルは決して高いとはいえなかった、さすがにナイフを使ってののカッティングはできたが調理というのは一から習うレベルに近かった、掃除などは定住をしたことのない彼女にはまったく習慣性のないことでありこれも雑であると、顔をしかめられていた。

 農家の朝は早く、どちらかと夜型であった彼女はその早くから活動を開始する生活スタイルに慣れるのに苦労もしていた、旅人の朝は早いものだが、農家の朝に比べればよほどのんびりしていると言わざるを得なかった。

 寝所には不満はなかった、旅では馬小屋や軒先を借りて眠る事も多々あり、屋根があり誰かに襲われる可能性がないだけで十分だった、しかし問題は夫婦生活であり、習慣を大きく変える必要性に迫られていた。

 どの男も女が嬌声を上げると大いに喜んだものだから、芝居で大きな嬌声を上げる事が半ば癖になってしまっていたが、貴族の邸宅の寝所と違い小さな農家では筒抜けであり、さすがに隣で寝るラルスの両親を意識せざるを得なかった。貴族専門というわけではなく、場合によっては村や町の有力者と関係を持ち、滞在の許可を取ったこともあったが、若い男と望んで情を交わすことなどあまりなかっただけに、若く体力のあるラルスとの情交は興が乗る事も多く、つい大声を出してしまい、翌朝気まずい思いをすることが度々あった。両親も二人が新婚早々であること、自分達も身に覚えがあることから面と向かっては何も言わなかったが、やはりどことなく気まずそうであった。

 畑仕事に関しては慣れないが料理よりはよほど楽だと感じていた。それでも長時間やっていると手足が重くなり、腰が痛くなってきて大変であった。毎日のようにこんなことをやっていれば体力もあるだろうと、漠然と夜の事と合わせて考えていた。

 あまり役に立っていない事を微妙に悩んでいた彼女だったが、人当たりはよかったことと、文字の読み書きができた事から、診察の際にゲオルグの通訳をする事になった、旅芸人にも字の読み書きができない者もいたが、農民よりも識字率は高い傾向にあった、情報収集ができない者はたいてい長生きできなかった事に起因しての事であろうが、相手に端的に分かりやすく伝える、その能力においても彼女のそれはアストリッドなどとは比べるべくもなく、おおむね好評であった。


 村人達からの反応、特に女性陣からの反応は非常に極端なものとなっていた。方々を旅し、あちこちを見聞きした彼女の知識は村から一歩も出た事のない女達にしてみれば興味の的であり、しかも彼女の話は虚実を混ぜた非常に面白い物であった。しかし、一方で彼女の来歴からどうしてもさげすみに近い感情を持ち、娼婦を見るような目で見てしまう者もいた。自分がそういう目で見られる事は慣れており、村の顔役と関係を持っている際に、その女房に襲撃を受けた事すらあっただけに、自分の存在がどう写るのかは覚悟していた、それでも覚悟していた内容よりははるかにマシであると感じていた。

 娯楽の少ない山の中の村であったのが功を奏したのであろう、彼女の語る話や、識字率が低いが故に読み書きができる彼女の能力が役に立つなど、存在価値を発揮できる事によって彼女は少しづつ馴染んでいった、これが平野部の豊かな村であれば、彼女を排他的に見る村人の目はより多く、とてもやっていけなかったかもしれない。

 ある時、領主屋敷のお茶会に招かれて行くと、軽く一曲所望された、この村にとって何が地雷なのかはよく考え抜いていただけに、何がリクエストされるのか戦々恐々としていたら、意外な事に『テオドールので一番酷い内容のやつ』との事だった。彼女は頭の中でレパートリーを検索したが、酷い内容のオンパレードの中でも特に酷い内容のものを思いついたが、本当にそれを謳っていいのだろうか逡巡した、さすがに内容が不謹慎すぎるとしか思えなかった。

 彼女が躊躇っている事を察知したヒルデガルドが絶対に怒らないと、笑って促すが、さすがにユリアーヌスに関連した内容は不謹慎過ぎてシャレにならなそうだと感じ、そこはあえて外して、謳い上げた。

 結果は大爆笑だったが、彼女は生きた心地がしなかった、本人達の前で本人に向かって罵詈雑言を吐きまくるような内容だったのだから当たり前ではあるのだが。


「しかし、デタラメなようでいて、部分的には合っている部分があるんだけど、どうやって漏れるのかしらね?」


 ヒルデガルドの疑問も当然と言えた、この村は山の中の終着点ともいえる場所にあり、旅人もほとんど来たことがなく、出入りの行商人も極めて限られている、村から外に行くケースも稀であり、正に山中の孤島のような場所であっただけに、漏れる可能性がほとんどないと考えるのも無理からぬ話であった。


「たぶんですが、行商人が雑談で語られた話、オルトヴィーン伯爵様とはご交流があるようですので、兵士同士が酔った際に話した武勇伝、この村に立ち寄った兵士が耳にした話、そういったものが親しい者の口を伝って広まり、吟遊詩人の口を伝ってさらに大きくなっていったのだと思われます」


 フリーダの予想は納得のできるものであった、さすがに酔っ払いが何を言うかまでは規制のしようがなく、今後も事あるごとに雪だるま式に悪名が増えて行く事が予想されたが、皆から怒りのようなものは感じられなかった。他の貴族であれば、八つ当たりで処刑される可能性すら感じられる、そんなの内容であるにもかかわらずである。


「あまりお気になされていないようなのですが、理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」


 恐る恐る聞くフリーダニ対し、ヒルデガルドの答えは明快なものがあった。


「無名より悪名ってことね、それにハッタリでも死神とか悪魔って言われれば相手が最初から及び腰だったらその方が得だしね」


 気付いてはいたが、彼女の実利主義に特化した性格は為政者としての優秀さをより顕著なものにしていた、それと同時にどうしても今まで怖くて聞けなかった事を聞いてみた。


「どうしてもお聞きしたいことがあったのですが、よろしいでしょうか?」


「いいわよ」


「ラルスから頂いたネックレス、少なくとも銀貨100枚くらいはする物に思われました、正直私達のような旅芸人の中には手癖の悪い者もおります、これ幸いと持ち逃げするなど考えなかったのでしょうか?」


 フリーダの真剣な問い掛けに対し、ヒルデガルドは愉快そうに笑いながら回答する。


「いい目利きしてるわね、けどあれは10枚で買ったのは事実よ、もしあなたが貰って逃げてもよかったのよ、ラルスも諦めがついたでしょ『悪い女に引っ掛かった』ってね、でもあなたは受け入れた、それで十分なんじゃないの?」


 ヒルデガルドにすれば、一種のテストであった、青年団の団長で、今後村の中心になるであろう人物の嫁がどこまで信頼できるのか?という。逃げるならそれはそれでよかった、信頼できない者など側に置いておきたくないのだから。その点彼女はすぐにやって来て、慌てた顔で平伏していた、事情を全て理解し過分に過ぎると言いに来た事は容易に察しがついた、そこから判断すれば十分に合格であった。

 甘い人物だとは思っていなかったが、物語の中で語られる英雄の素顔がどのようなものであるかを考えると、純粋に物語を楽しめなくなりそうだと彼女を見てしみじみと感じてしまった。

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