第6話 ヲタク少女、最推しとお茶をする
あたしの名前は田中コトネ。
どこにでもいる平凡な女の子。
そのはずなんです、なんですけど。
渋谷の握手会の終わり、何故か今、あたしは……!
「ここって静かで落ち着くからよく行くんだ〜♪」
「そ、そうなんでしゅか」
あのユイたんと、2人で喫茶店にいるのです。
夢シチュでしか考えたことのない出来事が……現実になっているのです。
ユイたんはメガネに帽子のお忍び姿。
普段、決して見れない激レアモード。
Dライバー界隈を知らない人でも、その名を知っているほどの知名度、皆の憧れの的、超銀河級ダンチューバー、如月ユイ。
そんなユイたんと、2人きりでお茶なんて……。
「急に誘っちゃってごめんね、迷惑だったかな?」
「い、いいい、いえ全然!! 如月さんこそ、お忙しい中、あたし如きに時間を割いて頂いて申し訳ございません!」
「ふふ、ユイたんで良いよ♪」
「はわ、はわわ、ユイたんさん……」
本人の前だと、気安くユイたんと呼ぶのは失礼に思えてきました。
今まで散々言ってたのに……!
「それじゃ、まず最初に」
そう言うと、ユイたんさんは頭を下げる。
「コトネちゃん、昨日は助けてくれて本当にありがとう、今日はそれを伝えたかったんだ」
「や、やや、やめてくださいまし、あたしには頭を下げるほどの価値なんてありませんよ!」
「そんなことないよ、コトネちゃんは私の……命の恩人なんだから!」
あわ、あわわわわわわわ!?
ジャラジャラジャラ……。
日頃積んでいた徳貯金がものすごい勢いで崩れていくのが分かります……!
何なら底をついて借金レベルです。
こ、この業は背負いきれない……!!
あたしは涙を流し、自らの首に手をかける。
「すみません、死にますね」
「え、ちょ、ちょっとおおおおっ!?」
ユイたんさんの制止により、自決失敗。
あたしは多額の負債を背負うことになりました。
「もーびっくりしたよ、落ち着いて」
「すみませぇん、すみませぇん」
「せっかくこうして出会えたんだから、今日はいっぱい話そう、コトネちゃん!」
「は、はい……って、あれ?」
そう言えば、何故あたしの名前を?
まだ氏名までは特定されてないはず。
「ふふ、もしかして私が名前を知ってるなんて思わなかった?」
「もしかして……既に特定班が仕事を?」
「そうじゃないよ、私、ずっと前からコトネちゃんのこと覚えてたから」
「ふえ?」
ユイたんさんは鞄からあるものを取り出す。
それは、古い便箋でした。
下端には『田中コトネより』の記載。
こ、これは……もしや!?
「あ、あたしがユイたんさんに渡したファンレター!?」
数年前、まだユイたんさんがデビューして間もない頃、都内に住んでるのもあって、偶然会えるかもって考えてたあたしは、しばらくファンレターを持ち歩いてた時期がありました。
事務所に郵送という手もありましたが……どうしても本人に直接渡したかったのです。
そして、街で偶然ユイたんさんをお見かけしたときに渡したのです。
今思うと、すごく歪んだ想いを書き連ねた気がします……!
「あ、あの時は特級呪物をお渡ししちゃってすみません、気持ち悪かったですよね、何だったら捨ててもらって全然大丈夫ですので……」
「捨てるなんてとんでもない! 私にとってこれは宝物なんだから!」
「へ?」
「私、コトネちゃんから貰ったこのお手紙が初めてのファンレターだったんだ。どんなイベントの時もずっと持ち歩いてて、今ではお守り代わりなんだよ」
ユイたんさんは便箋を口元に寄せる。
「ふ、ふへへ、そ、そうだったんですか」
「うん、だから今日の握手会も来てくれるかなーって、来てくれたら嬉しいなって思ってたんだ」
ふおお、認知されていた……!
最推しに、あたしというカスみたいな存在が認知されていた……!
「でも、あんな怪しい格好で参加しちゃダメだよ、私がいたから良かったけど……コトネちゃん、もう少しで出禁になっちゃうところだったよ」
「その節は本当に申し訳ございませんでした」
あたしは椅子の上で土下座をする。
リア凸の件でビクビクしてたとはいえ、何故あのようなことを……猛省しなければ。
「コトネちゃん、握手会にも来てくれたってことは……今も私のファンでいてくれてるんだね!」
「はい! あたしは根っからのDライバーちゃんヲタクでございますので!」
あたしは自らのDライバーちゃん愛を語りました!
全てのDライバーちゃんを等しく愛していること。
ユイたんさんが最推しであること。
そして……日々のお布施稼ぎにより、いつの間にかトンデモパワーを得たことも。
「……すごい!」
話し終えると、ユイたんさんは目をキラキラと輝かせていました。
「そうでしょうか、あたし自身、素っ頓狂な話だと思っているので……」
「だって私はこの目で見たもん、コトネちゃんの実力を! 好きな物のために強くなっていったんだ……コトネちゃんのDライバーへの想いは本物だよ!」
「あ、ありがとうございましゅ……」
「コトネちゃんが私を好きでいてくれて、凄く嬉しい!」
ぷしゅ〜〜!
耳から湯気が出ました。
きっと顔は真っ赤になってます。
「ねぇ、実はそんなコトネちゃんもDライバーだったりする?」
「いえ、あたしは特に……ダンジョンに潜りはしますが、配信の類は一切……」
「それならダンジョン配信始めようよ! 私、コトネちゃんなら、スゴいDライバーになれると思う!」
ユイたんさんは身を乗り出す。
どうやら相当興奮しているご様子でした。
「コトネちゃんは才能の原石だよ、私から『戦乙女』の採用担当に掛け合ってみるよ、それならきっと――」
「――いえ、あたしはDライバーを目指すつもりはありません」
あたしは笑顔できっぱり断りました。
予想外だったのか、ポカンとするユイたんさん。
「へ、どうして……?」
「それはですね、あたしにはDライバーちゃんに必要な要素を一切持ち合わせていないからです」
あたしは語りだす。
「世に出ているDライバーちゃんは、何というかこう、キラキラ輝いているのです」
自分たちは新世代のアイドル――という立場を理解し、ダンジョン配信だけでなく、歌にダンスを披露するエンターテイナーとしてのお姿。
それはリスナーにとって眩しく映り、心を鷲掴んで離しません。
そして、皆が己の強みを理解し、魅力として昇華しているのです。
そこに至るまでに、どれほどの血の滲む努力があったのか……想像すら出来ませぬ。
普段からDライバーちゃんを追っているから分かるのです。
あたしとは、住んでいる世界が違う。
Dライバーちゃんは、遥か高みの、天上界の存在だと……!
「つまり、あたしのように何の魅力もない一般ピーポーに務まるお仕事ではないのです。Dライバーちゃんは選ばれし者の称号、国の定める神職として扱うべきなのです……!」
「あはは……そ、そうなのかなぁ?」
「ええ、そうなのです! そんなあたし如きが間違ってDライバーになってしまった暁には、その瞬間にDライバー界は終焉を迎えます!」
あたしはカッと目を見開く。
「でも、世間的にはそうじゃないみたいだよ、ほら!」
「むむっ!」
ユイたんさんのぽつったー画面には、昨日の秋葉原の件の口コミが表示されていました。
"ユイたんを救った茶髪ベレー帽の娘ヤバいな、エンペラーデーモンをワンパンするレベルの人間なんて聞いたことない"
"ユイたんの切り抜き見た、あれがマジなら全ダンジョン配信事務所で取り合いになるだろ、情報求む"
"あの茶髪ベレー帽、絶対どっかのDライバーだな、あんだけ強いならとっくに声掛かってるはずだし"
茶髪ベレー帽、あたしのことですね。
見たところ、どれもあたしを讃える物ばかり。
何故かあたしをDライバーと決めつける物までありました。
「ね、みんなコトネちゃんのことスゴいって言ってるでしょ♪」
「ふ、素人共め」
「コトネちゃん!?」
あたしは冷たい目でぽつったーを見つめる。
「彼ら世論は何も分かっていません。あたしがどれほどDライバーに向いていないのか、先の上振れた結果だけを見て、それを実力と捉える。そして勝手に期待し、勝手に失望するのです」
「達観しすぎだよコトネちゃん、まだ高校生なのに……!」
「ふっ、実に愚かですよ、人間という生き物は、こんな何の魅力もないあたしを盲目的に崇めてしまうとは」
椅子に背中を預けるあたし。
すると、ユイたんさんは意を決したように言いました。
「……それなら、実際にやってみようよ!」
「へ、一体何を?」
「ダンジョン配信だよ、コトネちゃんに魅力がないなんて、私そんなの絶対認めない!」
ユイたんさんはあたしの手をギュッと握る。
「私のチャンネル使って! そうすれば……多くの人にコトネちゃんの魅力が伝わるから!」
「え」
ふえええええええええええ!?!?
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