第5話 ヲタク少女、握手会に行く
「間に合いました……!」
あたしは校門前で息を切らしながらガッツポーズする。
私立明乃森高校。
あたし、田中コトネの学舎です。
まっすぐ教室に向かい、ガラガラと扉を開けると、すぐさま好奇の目が突き刺さりました。
ひいい、そんな目で見ないでぇ!
みんな、例のユイたんの動画を観ているのでしょう。
逃げるように窓際の席を見ると、白髪の少女と目が合いました。
「お、来た来た、待ってたよコトネ〜」
ひらひらと手を振るその姿に少しホッとしながら、あたしは後ろの席に座りました。
虹野マキナちゃん。
この綺麗な白髪の女の子は、あたしの小学校からの幼馴染、マブダチなのであります。
将来はダンジョン連合の魔道技師になるのが夢で、普段からハンドメイドで魔道具を作っちゃうくらい器用なんです、すごい!
「あうう〜マキナちゃん、ヘルプ、ヘルプミーです……!」
「コトネ、アンタ今1番有名な女子高生だよ、鮮烈なバズりデビューおめでとwww」
「草を生やさないで下さいいい!!」
あたしの絶叫でさらに笑うマキナちゃん。
やっぱり能天気、事の重大さを分かっていません!
「まぁこればっかりは仕方ないって、Sランクのエンペラーデーモンをソロ撃破する人間なんて前例がないし、それが女子高生ともなればネットはお祭り騒ぎになるって」
「あうう、廊下でもすごい注目されました……今日だけで一生分の視線を浴びた気がします」
「1週間、いや1ヶ月はこんな感じかもよ?」
「ひいいいい!?」
あたしは顔が真っ青になる。
「マキナちゃん、パソコンやスマホをハッキングする魔道具とかないんですか!? もしあれば……今拡散されてる動画を手当たり次第全削除――!」
「あるわけないでしょ」
うぐぅ。
流石に無理ですか……。
「今のネット社会、1度出回った動画や画像をなかったことにするなんて不可能、これに関しては諦めなさい、コトネ、アンタの実力は全世界にバレたわ」
「あうう」
「そんなに悲観しなくていいんじゃない、今のコトネは英雄よ、あのユイたんの危機を救ったんだから」
「それは偶然そうなっただけで……秋葉原ダンジョンでイレギュラーが起きたって聞いて、その場にいて何もしないのはあれかな〜と思いまして…… ユイたんがいるなんて知らなかったんです」
「なるほどね、だからユイたんと話してる時にキョドリ散らかしてたんだ、コトネらしいわ」
「そこには、そこには触れないデェ……」
あたしは机に突っ伏す。
もう既にライフはゼロなのです。
「実際問題、コトネがイレギュラーを防いでくれたおかげでユイたんは無事、犠牲者はゼロ、これ以上ないハッピーエンドじゃない、アンタはよくやったわよ」
「どういたしましてなのです」
机に顔を付けながら返事をするあたし。
「どうしたのコトネ、まだ何かあるの?」
「ええ、そりゃありますとも」
全速力で登校する最中、重大な事実に気付いてしまったのです。
「よく考えたら、あたしはとんでもないタブーを犯しているのです……」
そう、
あろうことか、あたしは……!
「推しの配信に『リア凸』してしまったのですから……!!」
リア凸、Dライバー界隈において、もっとも忌み嫌われる行為。
それは、推しの配信中に乱入することで、主にファンが推しとお近づきになりたいが為にやってしまう断罪されるべき愚行。
配信という推しとファンの尊み空間、それを一個人の自己満足でぶち壊すことなど許されません。
ファン同士がしっかりとマナーを守り、主張せず、お互いを尊重して配信を楽しむ。
あたしたちファンは配信において、決して自我を出してはいけないのです……!
しかし、それなのに。
「崇高で神聖で高潔かつ清楚なユイたんの配信に、あろうことかあたしのような低俗な人間が映ってしまった……それは純白なドレスに跳ねたカレーのシミ……いや、もはやカレー鍋を丸ごとぶちまけたレベルなのです!」
あたしはヘドバンを繰り出す。
たとえ偶然だろうと、最推しの配信にリア凸した、この事実は覆ることはありません。
「大袈裟だな〜誰もそんなこと気にしてないって」
「いいえ、今は大丈夫でも後が恐いのです。やたらと好感度の高い芸能人でも、ほんの些細な炎上で、それまでなかった悪評が何故か立て続けに出てきますよね?」
「まぁあるけども」
「それと同じです! 今は英雄だなんだと持ち上げられても、時期にリア凸の事実にフォーカスが当てられます……もしそうなったら!」
あたしはネットの書き込みを想像する。
"田中コトネ、ユイたん助けたのは良いけど、よく考えたらあれリア凸じゃね??"
"マジじゃん……ありえないな"
"承認欲求満たしたいからって必死だな"
"俺たちのユイたんに気安く近づきやがって"
"頭のベレー帽も腹立ってきたわ"
"おい、特定して社会的に◯すべ"
"マナー違反者には制裁を"
"震えて眠れ、田中コトネ"
「……そうしてあたしは無事炎上、周りの目に怯えながら生き続け、最期は背後からレンガで殴られてその生涯を終えるのです」
「何でもう凶器まで決まってるのさ……?」
「とにかく、今のあたしは未来のお尋ね者のようなもの、お先真っ暗なのです!」
項垂れるあたし。
「まーその辺はよく分かんないけどさ、そんな感じで今日のイベントは大丈夫なの?」
「ふえ?」
「ユイたんの握手会、今日の放課後にあるって先週話してたじゃん」
「あ」
すっかり忘れてました……!
今日の渋谷にて、ユイたんの新曲CDの初回特典である握手券で参加できる一大イベント。
あたしもやっとの思いで手に入れたんだった!
念のため、『戦乙女』の公式サイトを確認したところ、ユイたんの握手会は予定通り行われるそうです。
「行きたい、行きたいですけど、今のあたしが行ったら渋谷がパニックになってしまいます……!」
「なら諦めるの?」
「――諦めたくなぁぁぁい!!」
その時、
ピキィン!
頭にとあるアイデアが浮かぶ。
「か、かくなる上は……!」
◇
※如月ユイ視点
渋谷、とある書店にて。
本日の握手会のため、如月ユイことユイたんは楽屋でスタンバイしていた。
「すごかったなぁ……」
思い起こされるのは、昨日の秋葉原ダンジョンでの出来事。
ごく普通の少女が、Sランクモンスターを一方的に叩きのめす姿。
それは、Dライバーであるユイたんに強烈な印象を与えたのは言うまでもない。
「でもあの子、どこかで見たことある気がする」
口元に人差し指を当て、斜め上を向く。
ほんの一瞬しか話せなかったけど、初対面ではない気がした。
あれは確か、数年前……。
「うーん、もしかして……」
その時、ドアがノックされ、1人のスーツ姿の女性がやってくる。
彼女はユイたんのマネージャー、通称マネちゃんである。
「ユイちゃん本当に大丈夫? 昨日あんなことがあったばっかりなのに……無理しないほうが」
「いえ私は大丈夫です、むしろ元気が有り余ってるので! それに、みんな今日のイベントを楽しみにしてるんです、中止になんてさせません!」
如月ユイは腕を突き上げる。
彼女が命の危機に瀕したのは昨日のこと、通常ならば本人のメンタルを考慮して、イベント自体中止になってもおかしくない。
しかし彼女――ユイたんにとって、ファンの笑顔は何より大切な物。
そして、この握手会の場で自分の元気な姿を見せることで、ファンのみんなを心配させないためでもあった。
「それに私だって……今日の握手会はすごく楽しみなんです。ここ最近は、こうしてファンのみんなと近い距離で触れ合えるイベントもなかったんで」
「今じゃユイちゃんのイベントとなると、どれも大規模になるしね、必然的に箱も大きくなるし」
「もちろん、それも嬉しいことなんですけどね……!」
「ふふっ、ユイちゃんらしいわね、さ、もうすぐ時間だから挨拶に行きましょ」
「はい!」
ユイたんとマネちゃんは楽屋を後にし、書店の入口に向かう。
すると、何やら店前が騒ついている。
「どうしたんでしょうか?」
「何でしょう……ちょっと確認するわね」
マネちゃんが近くのスタッフに尋ねる。
「何かあったんですか?」
「いやーそれが変な娘がいるんですよ、ほらあそこ、列の先頭」
「?」
ユイたんが目を向けると、そこには『奇妙』というべき言葉が似合う少女がいた。
学校指定のブレザーを纏っているまでは良かった。
問題は……頭に茶色の紙袋を被っていること、目に当たる部分には穴が開いている。
周りには数人のスタッフが、その奇妙な少女を取り囲んでいた。
「いや〜、あたくし生まれつきこのような姿をしておりますが、断じて怪しい人物でありません。ユイたんを愛するファンの1人なのでして!」
「にしても怪しすぎるんですよ、不審者って言葉を擬人化したら貴女の姿になりますよ」
「よく見た目で勘違いされるのです……こう見えてあたくし、学校では人当たりが良いと評判で、その人柄で学級委員長に任命されたこともあります」
「もう人柄でペイ出来るレベルじゃないんですよ、多分その学校もイカれてますよ」
「で、でもほら、この通り握手券は持っております!」
「うーん、なら身分証明書はありますか、今時の学生証なら顔写真もあるでしょう?」
「か、顔写真!? そ、それはちょっと困ると言いますかゴニョゴニョ……」
「なら、その変な格好はやめてもらいますよ」
数人のスタッフが無理やり紙袋を取ろうとするが、少女が抵抗する。
「やめてくださいましいいい!! これはあたしにとって生命線なんですううう!!」
「ぐっこの娘、力強!? ゴリラの申し子か何か!?」
(あの娘、もしかして……!)
ユイたんは身をかがめ、すすすっ……と少女のそばに近付く。
そして、
こちょこちょ!
少女の脇腹をくすぐった。
「――うひゃああああああ!?」
そのまま頭の紙袋を掴み、
「えい♪」
すぽーん!
勢いよく抜き取った。
露わになる素顔。
それは間違いなく、昨日助けてくれた茶髪の少女――田中コトネだった。
「おい、あの娘って!?」
「今出回ってる動画の娘だよな……?」
「Sランクモンスターをワンパンしたあの!?」
スタッフ含め、書店前が騒然とする。
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!?!?」
「やっぱりそうだ! 来てくれたんだね♪」
怯えるコトネとは反対に、ユイたんは笑顔で言うのだった。
【お礼&お願い】
お読みいただきましてありがとうございます。
連載継続のためには、★評価とフォローが必要でございます。
続きが見たい!
ヲタクと推しの絡みが見たい!
と思っていただけたなら、是非★評価とフォローをしていただけると励みになります!
どうぞよろしくお願いいたします!




