第20話 ヲタク少女、認められる
※三人称視点
鬼龍院ナギサが眼を覚ますと、そこは見知った天井――『悪鬼羅刹』事務所地下だった。
「あれ……オレ何してたんだっけか?」
「あ、ナギ姐様、気が付いて良かったですぅ!」
顔を覗き込むコトネとユイ、ここで鬼龍院は、目の前のコトネと決闘していたことを思い出す。
確か、頭突きで勝負を決めようとして……その後はどうなった?
自らの額には冷えピタが貼られているようで、触るとジンジンと痛む。
反面、コトネの額はつんつるてんに光っていた。
(無傷かよコイツ……)
気を失った自分、もれなく倒れる部下たち、配信の止まったドローン、ここで一つの事実に辿り着く。
「オレは、負けたのか」
落胆する鬼龍院。
強さこそが『悪鬼羅刹』の象徴であり存在意義、伴う結果は勝利しか必要ない。
だが、負けた。
あろうことかリーダーである自分が。
「……引退だな」
「ふええ!?」
思わぬ発言にコトネが飛び上がる。
「『悪鬼羅刹』のリーダーがサシの喧嘩に負けた、これ以上の理由はねぇよ」
「お願いですナギ姐様、引退だけはしないで下さい!」
「今までのオレは無敗であることに意味があった、もう何の価値もねぇただのゴミなんだよ」
「そんなことないです、リスナーの皆さんも、今のを聞いたらあたしと同じことを言いますよ!」
「お前に何でそんなこと分かんだよ」
「だって……」
コトネは身を乗り出す。
「――ナギ姐様も、あたしの推しなんですから!」
「はぁ?」
「肉を切らせて骨を断つ豪快な戦い方、どんなモンスターにも怯まない姉貴分、ナギ姐様のリスナーは皆、その生き様に惹かれて……勇気をもらってるんです。なのに……もう観れないなんて耐えられませんよ!」
「はっ、さっきまでオレに酷い目に遭わされたヤツがよく言うぜ」
「ううう、そうかもしれません、でもぉ」
コトネは涙目でへたり込む。
「やっぱり嫌いになれませんよぉ……」
「何だと?」
「ナギ姐様を観てたら分かります、連日の長時間のダンジョン配信も、今回のあたしの件だって、全ては『悪鬼羅刹』のためにやってるんだって。あたし見たいんです、ナギ姐様の辿り着いた先を、貴女の築いてきた道は、1回の敗北で崩れるような脆い道じゃなかったはずなのです」
「オレの、辿り着いた先か」
「だからそのぉ……」
コトネは土下座をする。
「お願いします、どうか、どうか引退だけは……しないで下さい!」
(コイツ、何でここまでできるんだ?)
全てのDライバーを愛し、尽くしたい。
そんな理由で『悪鬼羅刹』に入ることを拒否したコトネ。
その想いは間違いなく本物のはずだ。
しかし、Dライバーが好きという理由で、鬼龍院に一度も拳を振るうことはしなかった。
このまま鬼龍院を倒さなければ、鉄檻から出られないと言うのに。
他のDライバーを捨てて『悪鬼羅刹』単推しで行くか、Dライバーを傷付けないというルールを破って、ここから逃げて日常に戻るか。
どちらも選べない半端モン、覚悟のないヤツだと思ってた。
だが違った、田中コトネには『選ばない』覚悟があった。
そして鬼龍院の不調を見抜き、あろうことかその身体を癒そうとした。
それが巡り巡って、この結果を生んだ。
戦わずして、勝利を掴んだ。
二者択一から選ばず、自らの信念だけで正解を創り出した。
「お前すげぇな」
「ふええ、今何と!?」
「何でもねぇよ」
「あの、今の激レア台詞、これに向かってもう一度お願いしましゅ……家宝にしますので!」
「何でボイスレコーダーなんて持ってんだよ……って、あれ?」
ここで鬼龍院、とあることに気付く。
「鉄檻から出てる、リモコンはオレがブッ壊したはず……」
ギクッ!?
コトネの肩が上がる。
「えっと、あの、実は、その」
コトネの視線の方向には、まるで飴細工のように歪んだ鉄檻があった。
よく見ると、食い込んだ手形がある。
「檻の中だと介抱のしようがなかったので、無理やり開けちゃいました……これってもしかして弁償ですかぁ……」
(対モンスター用の隔壁にも使われてるメギルニウム合金を、素手でひん曲げたのか!?)
鬼龍院の竜骨砕きでも、破壊には至らない。
「あれ、すごい汗が出てますよ、そんなに高額なんですか!?」
「いや、何でもねぇ、弁償とかいいや」
「あ、ありがたき幸せ、お慈悲に感謝いたします」
「てゆーか檻壊せるなら無理矢理出りゃよかったじゃねーか」
「ふえ……あ、本当でしゅね」
「お前やっぱりバカだな」
「ひいいいいいいいい!?」
コトネは、己の頭の悪さに絶望する。
(こんなヤツに負けたのか、オレは……)
鬼龍院から笑みが溢れる。
負けたってのに、何だこの気持ちは?
屈辱感より、むしろ清々しさがあった。
だからこそ、まだ前を向ける。
「……決めた、やっぱ引退はしねぇ」
「本当ですか、良かったぁ!」
「やることが出来たからな、オレが引退するときは――」
鬼龍院はコトネに指を刺す。
「――コトネ、お前に勝った後でな!」
「ふぇ、ふええええええええええ!?」
「負けっぱなしってのは性に合わねぇ、このまま引退しちゃ逃げだからな、しっかりリベンジしてから有終の美を飾るぜ」
「ちょ、ちょっと待って下さい、何であたしが出てくるんですか!?」
「もちろん『悪鬼羅刹』の勧誘も諦めてねぇぞ、策を練って、また仕掛けるからな」
「ひいいいいいいいいいい!?!?」
「そうだ、恐怖に慄け! 鬼龍院ナギサはそう簡単に諦めねぇぞ!」
ガタガタと震えるコトネ、高笑いする鬼龍院。
そんな2人のやりとりを、ユイはジト目で見つめていた。
「じとーっ」
「あ、あの、ユイたんさん……?」
「いいなぁ2人とも楽しそうで」
「ふえっ!?」
「私、ナギサちゃんのそんな顔初めて見たよ。あんなふうに会話したいなぁ」
「ふええっ!?」
「こんなに仲良さそうだと、私が最推しって言ってたのも不安になっちゃうよ」
「ふえええっ!?」
ユイはくるん、と振り向く。
「浮気者」
「ひいいいいいい、待って下さいいいい!!」
頬を膨らませるユイを追いかけるコトネ。
鬼龍院は2人の背中を見送る。
(コトネの最推しは、あの如月か……)
だが、それはあくまで現在の話。
全てのDライバーを愛するなら、まだ自分にもチャンスはあるはずだ。
初めてだ、一個人に対して、コイツの1番になりたいと思ったのは。
「――コトネ、オレがお前の最推しになってみせる!」




