第21話 戦乙女の風紀委員長
※三人称視点
数日後、『戦乙女』本社ビルにて。
「――ありがとうございました!」
夜、ダンスレッスンを終えた如月ユイは汗を洗い流すべくシャワーを浴びる。
今日は朝から新曲の収録、雑誌のインタビュー、公式グッズの確認及び打ち合わせと多忙を極め、今ようやく最後のダンスレッスンを終えたところ。
「帰ったら雑談配信くらいは出来るかな?」
否、新たに予定を加えようとしていた。
シャワーのバルブを閉め、着替えを済ませる。
帰りがけ、最後に楽屋へ入ると。
がちゃり。
「あれ、スズちゃん?」
山のようなサイン色紙に囲まれながら、ぐったりとする和装の少女がいた。
ユイに気付くや否や、背筋をピンと伸ばして立ち上がると、そのポニーテールが大きく揺れた。
「ユ、ユイたん先輩!? こんな遅くに珍しいッスね」
「スケジュールが立て込んでて、この時間じゃないとレッスン入れられなかったんだ、スズちゃんはサイン書き?」
「はい、今やっと終わったところッス、お恥ずかしいところをお見せしました……」
山積みのサインには、筆で達筆に書かれた『葉隠スズカ』の文字。
「ねぇ、もしよかったら少しお話していこうよ、こうしてスズちゃんとゆっくりする機会なかったし♪」
「はいッス! 拙者で良ければ是非!」
◇
「それでね、コトネちゃんってば手で檻を曲げちゃったんだよ、もう凄かったんだから、こうグニャ〜って!」
ぱくり!
楽屋でチョコをつまみながら、ユイはウキウキで話す。
その反面。
「むっすーっ」
葉隠スズカは、それを頬杖を突きながら聞いていた。
「あれ、どうしたのスズちゃん?」
「どうしたもこうしたもないッス! ユイたん先輩、さっきから田中コトネのことしか話してないじゃないッスか!」
「え、そうかな?」
「いーや、拙者数えてたッスけど、始まってから5分で、田中コトネの名前が30回出てきたッス!」
うがーっ! とスズカは威嚇のポーズを取る。
「ごめんねスズちゃん、そんなつもりじゃなかったんだ」
「全くもう……ユイたん先輩には『戦乙女』の顔という自覚が足りないッス、『戦乙女の風紀委員長』として見過ごせないッス」
ズズズッ、とお茶を飲み、湯呑みを置く。
「いくら世間が注目しようと、田中コトネはただの素人、トップDライバーのユイたん先輩がうつつを抜かすなど言語道断、それをお忘れなきようお願いするッス」
「うん、私、肝に銘じるよ!」
「分かってくれてよかったッス」
ぱくり!
ユイはチョコを食べながら決心する。
「スズちゃんは私に何か話してみたいことある? まだデビューして半年だもんね」
「そうッスねぇ……このDライバー界の未来について語りたいッス!」
「Dライバー界の未来……あ、『戦乙女』にコトネちゃんが――」
「全然分かってなあああああああい!!」
スズカはノックバックする。
「わざと!? 無意識!? 連想ゲーム!? もう取り憑かれてるッスよ、田中コトネに!?」
「あ、本当だ、てへ」
「てへ、じゃないッスよ! 可愛ければ何でも許されると思ったら大間違いッス!」
ここぞとばかりに、スズカはヒートアップする。
「大体、普段からユイたん先輩は何も考えずに突っ走りすぎッス! 秋葉原ダンジョンのイレギュラーだって拙者を待たずに行っちゃうし、田中コトネをゲストに呼んで配信するわ、挙げ句の果てに1人で『悪鬼羅刹』の事務所に乗り込むとか……生命がいくつあっても足りないッス! 毎度ヒヤヒヤするこっちの身にもなって欲しいッスよ!」
「もしかして……スズちゃん怒ってる?」
「怒ってるッス! スーパー怒ってるッス! 怒髪天を超えて月を貫いたッス!」
「これは、由々しき事態だね……」
ぱくり!
深刻な顔でチョコを口に運ぶユイ。
「あとさっきからチョコ食べすぎッス! 夜遅くの甘い物は健康に良くないッス!」
スズカは口から火を吹きながら捲し立てる。
今の彼女は、目に付くもの全てを焼き尽くすジェノサイドモード。
「いいッスか、夜の甘いものは肌のハリに悪影響、太りやすくもなるし、睡眠の質も悪くなるッス、Dライバーたる者、健康第一に考えなければ――」
ひょい!
「んむぐっ!」
「はい、これでスズちゃんも共犯ね♪」
ユイにあーんされたチョコが、じんわりと溶け出していく。
「うーん、罪の味はマイルドビター……って、こらあああああああああああ!!!!」
ぷんぷんと怒るスズカ。
「もー拙者、19時以降はお菓子は食べないって決めてるのに……!」
「丁度いいお口があったからつい、ごめんね」
ユイは鼻歌を鳴らしながら立ち上がる。
「お花摘みに行ってきまーす♪」
「あ、まだ話は終わってないッスよ!」
「スズちゃん、夜はまだ始まったばっかりだよ」
ユイは扉の陰からひょこっと顔だけ出す。
「――今日はいっぱい話そうね♪」
バタン、と扉が閉じる。
1人残される、葉隠スズカ。
「はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜……」
ため息を吐きながら天を仰ぐ。
きっと今伝えたことも、全然響いてないのだろう。
こっちがどんな思いで叱ってるのか考えて欲しい。
世話が焼けるとはまさにこのこと。
「でもそんなとこが好きッスううううううううううう!!」
両手で顔を覆いながら叫ぶ。
葉隠スズカ、『戦乙女』の新米Dライバーである彼女は、如月ユイガチ勢でもある。
「だからこそ……アイツは危険ッス」
田中コトネ、今やその名を知らない者は日本にいないだろう。
秋葉原ダンジョンのイレギュラーに颯爽と現れて以降、クリムゾンドラゴン、『悪鬼羅刹』の鬼龍院ナギサを立て続けに下し、今、ダンジョン界隈はコトネの話題で持ちきり、憧れの先輩であるユイでさえも、コトネのことで頭がいっぱいだ。
「誠に面白くないッス」
スズカはスマホで『ゴリラ』と検索すると、一番上に田中コトネが表示される。
そしてタップ、ユイとのコラボ配信冒頭、鼻の下が伸び切ったコトネの顔。
「何てアホ面……ユイたん先輩はこんなヤツのどこが良いのやら」
だが先輩のことだ、コトネのためなら色んな無茶をするだろう。
『悪鬼羅刹』の事務所に乗り込んだ件も、元はと言えばコトネを救うためだ。
「コイツの存在は……ユイたん先輩に悪影響ッス!」
ならば、早急に手を打たなければならない。
しゃきん!
腰の刀を抜き取り、決意する。
先輩を守るため、引いてはDライバー界の風紀を守るため。
田中コトネに、引導を渡す。
「――この『戦乙女の風紀委員長』、葉隠スズカがっ!」




