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第17話 ヲタク女子、勧誘される

 ぽーい!


「ふぎゃ!?」


 鬼龍院ナギサ、もといナギ姐様に放り投げられ、無様に着地するあたし。


「ここは……?」


 階段を下ったのと、窓がないのを見るに、どうやら地下のようです。

 やけに広くて薄暗い、何だか怪しげな雰囲気。

 真ん中には、ぽつんと簡素なテーブル。

 周りには『悪鬼羅刹(ディアボロス)』のメンバーが、ぐるりとあたしを取り囲んでいます……!


 ひいいいいいいいいい!?!?


「ここは『悪鬼羅刹(ディアボロス)』事務所の地下、表沙汰にしたくない仕事のときは重宝してんだ」


「表沙汰に、したくない……?」


 よく見ると、一部の床には黒く変色した何かがこびりついてます。


 これは、血?


「ちっ! おい」


 ナギサ様は顎で指示を出すと、メンバーは靴で黒ずみを誤魔化すように消しました。

 

「今見たモンは忘れろ」


「ここで何があったんですか……!?」


 ナギサ様は無視しながらテーブルにどかっと座り、足を組む。

 『悪鬼羅刹(ディアボロス)』の1人が対面の椅子を引き、手で座るように促す。

 

「まぁ座れや」


 こ、怖いですぅ……。

 ナギサ様の鋼鉄をも斬り裂く目付き。

 その睨みだけでジャンゴライガーを倒したって噂は本当なんでしょうか……。


 ゴクリ。

 あたしは言われるがまま、対面にそーっと座りました。

 

「如月ユイの配信観たぜ」


 ナギサ様は片手で爪を弄りながら言いました。


「ははは……まさかナギ姐様に観ていただけるなんて、光栄です」


「そりゃあ、オレと同じ時間に配信してて、オレ以上に目立ってるヤツがいるとなりゃ、嫌でも目に付くだろ」


 はっ、まさか枠被り!?

 あの日、ユイたんさんの配信はK点越えの最高同接100万人。

 ナギ姐様の配信に影響が出たのは言うまでもありません。

 それに…… 『悪鬼羅刹(ディアボロス)』は打倒『戦乙女(ワルキューレ)』を掲げる事務所。

 

 つまり、『戦乙女(ワルキューレ)』の配信に出たあたしを敵視するのは自然の摂理!


「マジでびっくりしちまったよ、滅多なことで驚かないオレでも、あれは目を疑っちまったよなぁ……」


 ナギサ様はうわごとのように呟く。

 同時に『悪鬼羅刹(ディアボロス)』メンバーの殺気が強まる。  

 あたしを睨み付け、指をボキボキ鳴らしています。

 あれ、あたし死にました?

 まさかの集団リ◯チで人生終了!?

 最推しDライバーちゃん(ユイたんさん)との急接近の(カルマ)は相当に深かったようです。


「ふええ……じょ、冗談ですよね?」


「オレは冗談なんて言わねぇよ」


「そ、そんなぁ……!」


「本当に」


 ばんっ!

 ナギ姐様はテーブルを大きく叩いて身を乗り出す。


「ひいいっ! ごめんなさ――」


「――やるな、お前!」


「ふえ?」


「あのクリムゾンドラゴンをブッ飛ばしちまうなんて大したモンだ、田中コトネ、お前のこと気に入ったぜ!」


 ナギサ様は満面の笑みで言いました。


「アネゴに認められるなんて……すげぇぞ田中コトネ!」


「アネゴが誰かを褒めるなんて、滅多にないんだぞ!」


 周りの『悪鬼羅刹(ディアボロス)』メンバーも拍手喝采で称えてくれてます。


 あ、あれ……何か思ってたのと違います。


「あの、ナギサ様、枠被りで怒ってたりとかは?」


「怒るなんてことがあるかよ、あの配信はダンジョン界の歴史に残るぜ、同じDライバーとしてめでたいに決まってんだろ!」


 尚もニコニコのナギ姐様。

 もしかして、本当に怒ってない……?

 ふええ、良かった!


「いやぁ、如月もお前みたいなヤツに巡り合うとはな、オレとしても1度会って話してみたかったんだよ」


「そうだったんですね、あたし、てっきりこのまま始末されるのかと……」


「おいおい、オレらはそんな野蛮じゃねぇっての!」


「「「わはははははは!!」」」


 笑いに包まれる『悪鬼羅刹(ディアボロス)』。


「でよぉ田中コトネ、そんなお前に耳寄りの提案があるんだよ……」


「ふえ?」


「お前、生粋のDライバーヲタクなんだろ? それもDライバーのためなら、自分自身をどれだけ追い詰めても構わない利他の塊」


 でもよぉ、とナギ姐様は続ける。


「オレはお前が心配なんだよ、お布施稼ぎに性を出しすぎて、いつか潰れちまうんじゃねぇかって……そんなのはあんまりだ。だからな、今よりも楽で、遥かにDライバー界に貢献できる方法を考えたんだよ」


「それは一体……?」


「簡単だ、『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に入れば良いんだよ」


 ふええ!? あたしが『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に!?


「ど、どういうことですか!?」


「言葉の通りだ、『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に入りゃ、オレが面倒見てやるって言ってんだよ」


「でも、あたしはDライバーになるつもりはありません……」


「あー配信でそんなこと言ってたな。大丈夫だ、その辺もしっかり考えてある」


 ナギ姐様はコホンと喉を整える。


「田中コトネ、お前はDライバーになるんじゃない……アシスタントになるんだよ」


「……アシスタント?」


「簡単に言えば、オレの右腕だな。オレのダンジョン配信に同行してサポートしつつ、配信自体には映らなくて良い。細々した仕事はあるが……お前が目立つことは何もねぇ」


「!!!」


 その手があったか!

 確かにアシスタントは配信を支える立派なお仕事、あたしの見苦しい姿を晒す必要もないし、尚且つ、すぐ近くでDライバーちゃんの力になることが出来る。


 アシスタント、良いかも……!


「まぁ体力温存のために露払いはやってもらうかもしれねぇが、そこは映らないように配慮するぜ」


「ふおお! ふおお!」


 笑顔のナギ姐様は契約書とボールペン、そして朱肉を取り出し、テーブルに並べました。


「サインと拇印さえくれりゃあ、お前も晴れて『悪鬼羅刹(ディアボロス)』だ」


「うへへぇ、ありがとうございましゅ……Dライバーヲタクにとって、最大の誉ですぅ」


 あたしは契約書をつつーっと流し見する。

 スマホでよくある利用規約も、すぐにスクロールして同意しますもんね!


 気分はもう『悪鬼羅刹(ディアボロス)』のアシスタント、新たな人生カモン!


「……むむ?」


「ん、どうした?」


「この、17条目ってどういうことですか?」


 あたしは契約書のとある条文が目に入りました。


 ・田中コトネは、いつ如何なるときも『悪鬼羅刹(ディアボロス)』のために尽力し、他のダンジョン配信事務所に一切の干渉(・・・・・)をしない物とする。


「他の事務所と一切の干渉をしないって書いてますけど……」


「あーこれか、特に意味はねぇよ、気にすんな」


 いやいやいやいやいや!

 これが文面の通りなら、相当まずいですよ!


「例えば、他のDライバーちゃんの配信を観たりとかは?」


「駄目だな」


「ライブやサイン会のイベントは」


「許さん」


「自宅にある大量の推しグッズは」


「もったいねーけど処分だな」


 ふええええ!?

 とどのつまりそれは……。


 ずん!

 『推し活禁止』と彫られた岩が頭に乗っかる。


「ひええええええええ……!?」


「この先一生、オレの近くで推し続ける権利をやるんだ、これくらいの代償は当然だろ」


 『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に入ること=推し活が出来なくなるということ。

 それは生きがいを失うのと同じですよぉ!

 前言撤回、この人生は危険です!


「あの、申し上げにくいんですが」


「――そうだ、実はこんなモンを用意してたんだった」


 ナギ姐様はある物を取り出す。

 それは年季の入った特攻服でした。


「そ、それはぁっ……!?」


 間違いありません、『悪鬼羅刹(ディアボロス)』の旗揚げ配信で、ナギ姐様がガーゴイルと激闘を繰り広げたときの初代特攻服……!

 その希少性から、精巧な贋作ですら値段が付くほどの超超超激レアアイテム!

 Dライバーヲタクなら喉から手が出るほど欲しい逸品です!


「オレはこれを託せるヤツをずっと探してるんだよ、そうだなぁ……オレの右腕として働けるぐらいのヤツになら渡しても構わねぇなぁ」


 さっ!


「ああっ」


 ささっ!


「ああっ」


 右に左に動かされる初代特攻服、ついつい釣られるあたし。


 くっ、ヲタクの本能に逆らえない……!

 ぐおおおおおおお、欲しい、欲しいよぉ!


「田中コトネ、悪いことは言わねぇ『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に入れ、オレがお前の人生を幸せにしてやるよ」


「えっと、でもあたしは……」


「オレにしていい返事は2つ」


 ナギ姐様は契約書をつんつん突く。


「『はい』か『分かりました、ナギ姐様』だけだ」


 『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に入れば、ナギ姐様の近くで、その活動を支えることが出来る。

 だけど、他のDライバーちゃんを推すことは2度と出来ない。


 それは、ユイたんさんのことも。

 

 ――コトネちゃんが私を好きでいてくれて、凄く嬉しい!


 あたしは、喫茶店でのユイたんさんの言葉を思い出す。


「……出来ません」


 ピクッ……!

 ナギ姐様の目尻が動く。


「今、なんて言った?」


「あたしのDライバーちゃんへの愛は全員に配りたいのです……ナギ姐様だけを贔屓するなんて……出来ないのです!」


 あたしの言葉に『悪鬼羅刹(ディアボロス)』が騒つく。


「アイツ……やりやがった」


「『はい』か『分かりました、ナギ姐様』、それ以外の返事は、アネゴに対する最大のタブー」


「Dライバーヲタクを名乗ってるなら、どれだけヤバいか分かってるはずだろ……!」


 ひいいいいいいいいいい!!

 い、言ってしまいました……でも、これがあたしの本心なのです。

 

 ナギ姐様は天井を見上げ、大きく深呼吸する。


「考えは変わらねぇか?」


「すみません、こればかりはどうしても……」


「初めてだよ、オレのありがたい提案を、面と向かって断るヤツがいるなんてな」


 ナギ姐様はゆるりと立ち上がり、後ろを向く。


「今までどんなヤツも、オレの顔色を伺ってたからな、肝が据わってんだな」


「いや、別にそんなことは」


「人間、どうしても曲げられないモンがあるってのは良いことだぜ、自分に自信持てよ」


「あ、ありがとうございましゅ」


 あれ、意外に怒ってない??


「だからこそ」


 ナギ姐様は振り返り、懐からリモコンを取り出す。


「――無理矢理にでも曲げたくなっちまう!」


 ポチッ!

 ウィィィィィィン、ガシャン!

 天井から巨大な鉄格子が降りて来る。

 『悪鬼羅刹(ディアボロス)』のメンバーは退避し、あたしとナギ姐様が取り残される。


「ふぇ、こ、これは!?」


「この檻はメギルニウム合金製の特注品、同時に3つの必殺スキルでもブチ当てない限り、壊れることはねぇ」

 

 ナギ姐様は得意げに言いました。


「配信、始めろ」


「へい!」


 『悪鬼羅刹(ディアボロス)』の1人がドローンを取り出し、撮影を開始。

 部屋の壁にすぐさまチャットが投影される。


 "おはようございますナギ姐様!"

 "いつもは夕方からなのに"

 "『悪鬼羅刹(ディアボロス)』のゲリラ配信とか久しぶりじゃね?"

 "たまたま無職だから良かったけど……"

 "どんな風の吹き回しですか?"

 "おいあれ田中コトネじゃん!"

 "秋葉原の英雄!"

 "コトねる大邪神!!"

 "もう次のDライバーとコラボしてる!"


「リスナーのお前ら、面倒なので挨拶は省略」


 ナギ姐様は高らかに宣言する。


「これより、田中コトネ、『悪鬼羅刹(ディアボロス)』入所の儀式を始める!」


 ふええええええ!? 


「こ、これは一体!?」


「田中コトネぇ、正直な、お前の信念とか考えとか、んなモンどーだっていいんだわ」


 ナギ姐様は椅子を蹴り飛ばす。


「オレの言うことには『はい』か『分かりました、ナギ姐様』、この世界はそれくらい単純で良い、だがお前はそれを否定した」


 ぶちっ!


「久しぶりだよ、こんなに頭に血が昇ったのは……!」


 ひいいいいいいいいいいいい!?

 めちゃくちゃ怒ってますうぅぅ!!


「田中コトネぇ、もし『悪鬼羅刹(ディアボロス)』に入るのが嫌なら、このリモコンで檻から逃げるしかねぇ……ただし」


 ズシンッ!

 ナギ姐様は釘バットを取り出し、先が触れた床にヒビが入る。


「オレをブチのめすことが出来ればだけどな!」


「ひいいいいいいいい!!!!」


 あたし、どうなっちゃうんですかぁぁ!?

 

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