最後の星夜祭《上》
またこの季節が来た。
私はダウンにマフラーを巻くと、家を出た。
天気は晴れ。
今日の星夜祭ではきっと綺麗な星空が見えるだろう。
まだ日は高くて、祭りまでは時間がある。
ゆっくりと街を歩くと、ほんの3年前のことを思い出す。
彼と歩いた道、駅、一緒にライブした場所―
何も変わらない。
でも彼はここにいない。
それがなんだか寂しくて、苦しい気持ちになる。
高校時代は一緒によく商店街で食べ歩いたり、ファミレスに行った。
彼はよく笑い、好きなアーティストが同じでいつだって盛り上がれた。
ずっとこの関係が続くと思っていた。
「俺は音楽の道に進みたい」
大学進学を希望していた私とは道が違ってしまった。
私は素直に彼の夢を応援することが出来ず、そのまま彼との関係は終わってしまった。
そこから大学へ行って、素敵な先輩に出会ったりもした。
それでもずっと彼が心の隅っこにいて、私の心はいつも前に進むことはなかった。
もう会うことはないはずだった。
「嘘でしょ・・・」
大学2年生の時に彼に再会した。
採用されたアルバイト先で彼が働いていたのだ。
そこからは同じアルバイトの仲間として過ごした。
彼の横顔を見るだけで悔しいけど、私の心は久しぶりに高鳴っていた。
たまたまだった。
彼が路上ライブをしている姿を見た。
綺麗で透明感のある声で、でも時には力強くて、聞き入ってしまった。
そして何より楽しそう歌う姿に私の心が熱くなるのを感じていた。
それから毎週彼のライブを見に行くのが私の楽しみになった。
私は子供の頃からピアノが好きで、音楽が好きだった。
でも親に受験の妨げになると言われてピアノを捨てられてから、音楽から遠ざかっていた。
音楽を嫌いになろうとしていたのに、私は彼の音楽に、彼自身にひかれていった。
「一緒にやろう」
彼に誘われて路上ライブで演奏するようになった。
彼が私を認めてくれている。
そう思うと、幸せで仕方なかった。
路上ライブをしていた公園に着くと、私はベンチに腰かけた。
最初はここから彼を見ていた。
今は子供たちが駆けまわり、母親たちが近くで談笑してる。
楽しそうな声が胸に刺さる。
子供たちは恐いことはなにもない、不安なこともない、そんな風に見える。
私もあれくらいの頃に戻れたらいいのにと叶うこともないことを考えたりしてしまう。
何も考えずに怖がらずに彼の傍にいればよかった。
私は目を閉じてベンチの背もたれに体を預けた。
初めて二人で大きなステージに立ったのは星夜祭だった。
あの時のドキドキとライブを終えた後の爽快感は今でも忘れられない。
でもその後ライブのせいで親にバンドのことがバレて、そのせいで両親が喧嘩して家がごたごたして大変だった。
今思い出してもあの時はしんどかった。
音楽を辞めることも考えた。それを止めてくれたのは彼だった。
いつも彼は私を支えて、励ましてくれた。
今思えば、彼の優しさにいつだって包まれていたのだ。
そんな両親は、今は仲良く暮らしている。
あんな亭主関白だった父がたまに母に感謝の言葉を口にするようになった。
今日も二人で旅行に出かけている。
母もあれだけ離婚を口にしていたのに、夫婦というのはわからないものだ。
私は2駅電車に乗り、その後バスで少し山を登る。
私も彼と夫婦になる未来があったのだろうか―
バスに揺られながらそんなことを考えてしまった。
見ることのできない未来を私は想像して、気づいたら眠っていた。
目を覚ますとちょうど終点でバスを降りると、彼に会いに行った。
「また今年も星夜祭だよ」
私はゆっくりと水をかけた。
鈍色の石に水が跳ねる。
持っていた花を飾った。
「今でもスターライト流してくれてるんだよ」
星夜祭のために二人で書いた曲を今でも祭りで流してくれている。
私は彼の前にしゃがみ手を合わせると、目を閉じた。
「また後でね」
私はそう言って彼と別れた。
星夜祭の会場は、小さな山の中腹にある星降神社で行われる。
元々町おこしで始めた祭りだったが、最近は死者に会えると噂が流れ、今では遠くからも観光客が来るようになった。
高校生の時にも彼と星夜祭に来たことがあった。
二人で夜デートできるのが嬉しくて、妙にはしゃいでいたのを覚えている。
あの頃は、大事な人がいなくなるなんて想像も出来なかった。
でも時を重ね、たくさんの人と出会い、別れていく中でずっと続くことなんて何もないのだと知ってしまった。
大事な人との未来も必ず続くものではない。
だからこそ今を大事にしないといけないのに、昔の私は知らなかった。
「私ってバカだな」
小さくつぶやいた。
バスには誰もいなくて、エンジン音だけが響いている。
ポケットに入れてあったチョコを食べると、口の中に甘さが広がった。
星降神社に着くと、人が増えてきている。
辺りはすっかり暗い。
私は神社に入る前に、手鏡を取り出して前髪を整えた。
大丈夫。
私は一礼をすると、神社の鳥居をくぐった。
腕時計を見ると、19時を指している。
祭りのイベントを行うステージが見えた。
1メートルほどの高さのステージが用意されている。
(あそこに伸之と立ってたんだよね)
初めてステージに立った時、緊張してフラフラしたのを覚えている。
でも演奏が始まるとあっという間で、最後にはもう一度やりたいと思えるほど楽しくて、興奮した。
この日私は彼とバンドで生きていくと決めたのだ。
ずっと彼の隣に―
「ふぇっ・・・」
どこからか小さな女の子の泣き声が聞こえる。
少し離れた林の向こうにいるようだ。
「どこにいるの?大丈夫?」
声をかけながら林に分け入ると、女の子がベンチに座って泣いていた。
こんな林の奥にベンチがあるなんて知らなかった。
今は薄暗くてよくわからないが、周りが開けているので昼間はきっと綺麗に景色が見えるだろう。
「迷子になっちゃった?」
私が尋ねると、女の子は泣きながら頷いた。
「ママのところまで一緒に行こっか」
私が手を差し伸べると、女の子はきゅっと手を握った。
林を出るとすぐに「沙耶!」と母親の呼ぶ声がして、女の子は走っていった。
「良かった」
私は女の子を見送ると、林の方へ引き返した。
なんとなくあのベンチに座りたくなったのだ。
ベンチに座ると、遠くから祭りの音がする。
たくさんの人の声、屋台の音―
「きっと来てくれる」
私はベンチに深く腰をかけて、足をぶらつかせる。
背後からの祭りの明かりで、この辺は暗くない。
「それでは今から消灯しまーす!屋台の皆さんも協力お願いします!」
電気が一斉に消され、真っ暗になる。
空を見上げると、満点の星空が広がっていた。




