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第二夜 君との思い出

ガラガラと雨戸を開けると、スーッと冷たい風が足元から吹いてくる。


「今日も冷えるな・・・」


ちゃんちゃんこの前をぎゅっと閉めるが、寒い。

庭を見ると、スズメがちゅんちゅんと跳ねている。

羽を膨らませて、ほわほわで少し大きくなっている。


「今日もちゅん吉は元気だな」


どのスズメも我が家にくるスズメは皆ちゅん吉だ。

妻が毎朝ちゅん吉が来るわと笑っていたのを思い出す。

もうあれから数年経っているのだから、あの頃のちゅん吉の娘や孫もいるかもしれない。

そう思うと少しだけ口元が緩んだ。


玄関へ回ると、ポストから新聞やらチラシを引っこ抜き、居間の炬燵へ向う。

いつものように新聞を広げると、バサっと炬燵の上にチラシが広がった。


「星夜祭か」


星夜祭のチラシが目に入った。

年々大きな祭りになっていて、今年はライブステージにかつて大人気だったBlack Signalが出るそうだ。

若い頃にBlack Signalの曲をよく聞いたもんだ。

何だか懐かしい。


「もうこんな時期なんだな」


星夜祭―


母さんを初めて見たのは、この祭りだった。

あの時、母さんはステージの上で演奏していた。

キラキラと笑顔が輝いていて、一瞬で心を奪われたのを覚えている。

その後、路上ライブをしているのを見かけた。

素敵な人だとは思っていたけど、声をかけることはできなかった。

引っ込み思案で自分に自信はなかったし、何より演奏する2人を見ていると付き合っているようにみえて、割って入る勇気などなかった。


それからしばらくして、母さんを見かけた。

どうしても話してみたくて後をつけると一軒の喫茶店に入って行った。

あの日もすごく寒かった。


カランコロン―


喫茶店に入り、コーヒーを頼む。

ここのマスターが淹れるコーヒーを一度飲んだことがあるが本当に美味しい。

お金がないのでしょっちゅうとはいかないが、たまに良いことがあるとコーヒーを飲みにきていた。

彼女もよく来るのだろうか。

さりげなく彼女の隣の席についた。

とはいえ、話しかける勇気はない。

本を読みながら、しばらく今日もコーヒーを飲んでいた。

すると、マスターが親しげに声をかけ、何やら話をしている。

マスターと知り合いなのだなと思いながら、聞いていることがバレないように本に集中した。


「ふぅ」

気づいたら集中しすぎてあっという間に本を読み終わってしまった。

一息ついて顔を上げると、彼女の姿が目に入った。


(泣いてる―)


彼女はコーヒーを飲みながら、涙を流していた。

しくしく泣くのでもなく、泣いていることに気づいていないように、コーヒーを飲みながらスーッと涙を流していた。


(綺麗だ)


不謹慎だと思いつつ、そんなことを思ってしまった。


そして気づいたら、持っていたハンカチを差し出していた。


「これ」


彼女はきょとんとした顔をしていたが、頬に触れて泣いたことに気づいたのか、「ありがとうございます」といってハンカチを受け取った。


「これ、洗って返します」

それをきっかけに連絡先を交換した。

そこから何度か電話をして、デートをするようになって、やがて付き合うようになった。

いつも彼女は優しくて、デートに行くと楽しそうに微笑んでくれた。


彼女とデートするのは楽しかった。

間違いなく距離が縮まっている。

でも学生時代の話になると彼女の口数は少なくなる。

そして寂しそうに微笑んで話を変えてしまうのだ。

そんなミステリアスなところも好きだったが、やっぱり彼女のことを全て知りたいと考えてしまう。


会社からの帰り道、掲示板に“星夜祭”のチラシが貼られているが目に入った。


「もうこの時期か」


星夜祭は地元では有名な冬の祭りだ。

町おこしになると地域のみんなで盛り上げている。

実際星は綺麗で、夜空を見るとこの時だけは田舎に生まれて良かったと思う。


彼女を誘おう―


「美由紀さん」

ダウンに白ニット、ジーパン履いている。

遠くから見ても彼女の美しさがわかる。

「待たせてごめん」

「私も今来たところだから」

二人で歩きながら、他愛のない話をする。

彼女はクスクス笑って、今日会ったことを話してくれる。

この時間がずっと続けばいいー

そんな子供じみたことも本気で願ってしまう。

それくらいこの時間が幸せだ。


「そうだ」

鞄から星夜祭のチラシを取り出した。

「来週の週末、行かない?」

彼女は少し考えて、小さく「ごめん」と言った。

「予定あった?」

彼女は曖昧に頷くと、また「ごめん」と呟いた。

彼女が辛そうで、「別にいいよ。俺も絶対行きたいわけじゃないし」そう言って話題を変えた。

その後も彼女は何だかぼんやりしていた。


星夜祭の日―

予定もなく、家でゴロゴロと過ごすしかなかった。

周りの友人も漏れなくデートやら家族サービスやらで予定が合わなかったのた。


「おーい!」


玄関のドアが叩かれる音がして、玄関まで向かうと、幼馴染の成瀬が立っていた。


「星夜祭行こうぜ」

気はのらなかったが、予定はない。

1人でいたら、この前のことが気になって考え込んでしまいそうだ。

「行くよ」

コートをひっつかむと、家を出た。


祭りにはたくさんの人がいて、屋台もたくさん出ている。

「おー、たこ焼きあんじゃん。食べようぜ」

成瀬はたこ焼き屋の屋台へ向かっていく。

「おい、待てよ」

追いかけようとして、ふと目が留まった。


(美由紀―)


美由紀が一人で歩いている。

淡い色のかわいいワンピース。

デートであの服は見たことがない。

彼女は神社の裏手へ歩いていく。

気づいたら、僕は彼女のあとをつけていた。


彼女は近くのベンチに座った。


「それでは消灯しまーす!」

祭りの関係者が声をかけた瞬間に、全ての電球が消え、辺りは真っ暗になる。


満月の光が彼女に差した。

彼女の口が動いている。

少し離れているから何を言っているかわからない。

1人で何をしているのだろう。


彼女の隣に影が映る。

二つの影が並んで座っている姿が地面に映し出されていた。

この祭りでは、今世では会えない人と再び出会えるという噂がある。


もしかして・・・と考えている内に30分が経ち、「電気つけてください!」の掛け声で電気がついた。


ベンチには美由紀しかいない。

影も一つだけだ。

いつものように微笑んでいるのに、美由紀の頬は濡れていた。



「懐かしいな」

あの後も星夜祭に、母さんは行っているようだった。

事情はわからないけれど、きっと母さんにとって大事な時間だと思って、その日は飲みに行ったり、実家に帰るようにしていた。

でも美奈を身ごもった時から母さんは行かなくなった。


「星夜祭行かなくていいのか?」


どうしても気になって一度聞いてみたことがある。

美奈を抱きながら、「えぇ。私はもう幸せですから」そう言って微笑んだ。

あの時の母さんもすごく綺麗だった。


「今日は新しいセーターでも持っていくか」

母さんが入院してもう3ヶ月になる。

突然倒れてそこから意識もなく、医師からもう施すすべがないとのことだった。

ずっとしんどかっただろうに家族には黙って、1人で耐えていた。

いつだって母さんは心の傷だって人には見せない。我慢強い人だった。


もし、美由紀がいなくなったら―

俺が星夜祭に行けば会いにきてくれるのだろうか。


朝食に作った味噌汁を一口飲んでみる。

「マズいな・・・」

母さんの味噌汁には、まだまだ届かない。

自宅に戻ることが出来たら作り方を教えてもらおう。


廊下を歩くと、しんしんと寒い。

窓の外を見ると、雪が降っている。

今年の星夜祭は雪になりそうだ。


「今夜は冷えるだろうな」


写真の中の美由紀は微笑んでいる。

星夜祭のチラシをゴミ箱に捨てた。

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