第06話 どいてもらえます?
コモルの奥は、日に日に、深くなっていく。
ロックゴーレムの先。下りの坑道を右壁伝いに埋めていくと、空気が、だんだん変わってきた。冷たい。埃っぽいのとは違う、底のほうから這い上がってくるみたいな冷たさだ。
「……なんか、出そうですね。こういうとこ」
〔だんちょー〕急に雰囲気ホラーで草
〔ねむ〕寒気がこっちまで来た
〔名無し〕BGM変わった?(変わってない)
言ったそばから、出た。
暗がりから、かたかたと、骨が組み上がる。スケルトンだ。古い坑夫の成れの果てみたいな。何体か、こっちへ寄ってくる。
「あ〜すみません。直線なのでそこどいてくださいね、骨さん」
これは楽だ。脆いし目で追える速さ。俺は近いやつの頭を掴んで、床に叩きつけた。がしゃっ! と派手な音を立ててばらばらになる。残りも片っ端から叩きつけていく。
〔だんちょー〕ためらいとかないんか
〔ねむ〕全振りビルド、対スケルトンに強い
〔通りすがり〕骨さん呼びすき
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骨を片付けながら、さらに奥へ。
たどり着いたのは、ぽっかり広い、岩の大広間だった。昔は、なにかの作業場だったのかもしれない。崩れた木組みと、錆びた道具が転がってる。
その真ん中に、浮いていた。
ぼう、と青白い人のかたち。輪郭がゆらゆら揺れてる。顔は、ない。ただ、こっちを見てる気がする。
「……あ、レイスだ」
〔だんちょー〕でた!! ガチのやつ!!
〔名無し〕こわ
〔ねむ〕大広間の主感ある
〔名無しがWatching〕ボス部屋では?
レイスが、ずう……と近づいてくる。冷気が、ぶわっと押し寄せる。たぶん、ふつうの冒険者なら、ここで足が止まる場面だ。
でも、俺が見てるのは、そいつの足元だった。
……あの下のマスも埋めたい。
「すみません。そこの床、踏みたいんで。ちょっと、どいてもらえます?」
レイスはどかない。聞いてるかも分からない。代わりに、すうっと腕を伸ばして、俺の胸を撫でた。ぞわっと、寒い。
「うわ、つめたッ。……えっと、攻撃ですよね。それ」
反射で手の甲で払う。けど、すかっと空を切った。手がレイスをすり抜ける。
「……あー。実体、ないやつか」
もう一回、殴ってみる。すり抜ける。やっぱり。
「物理、効かないですねこれ。俺、聖属性とか魔法とか持ってないんで。……倒すの、無理かも」
〔だんちょー〕詰んだ?
〔ねむ〕物理オンリーの天敵
〔名無し〕そろぼっち、初の苦戦?
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倒せないなら、倒さなくていい。いつもなら、そうだ。どいてくれれば、それでいい。
でも、こいつはどかない。そして、こいつの向こうに、奥へ続く下り坂がある。次の階層だ。レイスは、ちょうどその入り口に居座ってる。
すり抜けて先に行こうにも、近づくたびに冷気で体がごっそり持っていかれる。長くは、もたない。
「……これは、困りましたね。進みたいのに」
〔ぽん酢〕レイス、物理は通りません。たいてい依代があります。壊せば消えます
依代。よりしろ。
なるほど、と思った。言われてみれば、さっきからこいつ——大広間の真ん中から、そんなに離れてない。俺の周りを漂いながらも、必ず中央へ戻っていく。
観察ついでにいつもの癖で、大広間のへりをぐるっと歩いた。地図を埋めながら、目でも探す。視界の隅で、方眼がひとつずつ色づいていく。
床。壁。崩れた木組み。錆びた道具の山。
その隙間に、あった。
古い、坑夫のカンテラだ。ガラスの中で、消えかけの火みたいなのが、青白く灯ってる。レイスと、同じ色だ。
「……あれだ。ずっとあそこから離れないと思ったら」
〔だんちょー〕えっもう見つけたの
〔ねむ〕マッピング脳、探し物をみつけるの早い説
あとは、たぶん、簡単だ。あれは、実体がある。
俺は、レイスの冷気をかいくぐって、まっすぐカンテラに突っ込んだ。途中、何度も撫でられる。寒い。寒いけど、体力だけはある。歯を食いしばって、止まらない。
しゃがんで、カンテラを両手で持ち上げる。レイスが、ぐわっと覆いかぶさってくる。視界が、真っ青になる。
……けど。
カンテラを持ったまま、一歩、後ろに下がってみた。
すると——レイスも、ずる、とついてきた。カンテラから、離れない。
「……あ。やっぱり依代、これで合ってるっぽいですね」
〔だんちょー〕えっ、ついてきてる
〔名無し〕風船持って歩いてるみたいになってるw
なるほど。これなら壊さなくてもいいわけだ。こいつは、このカンテラにくっついてるだけ。だったら——
「……これ、どっかにどいてもらえばいいだけですよね」
カンテラを抱えて、バックステップでじりじり下がる。レイスは、律儀についてくる。さっき地図に入れた、すぐ近くの、人ひとり分の小部屋。あそこでいい。
「この先の小部屋に、入っててもらいましょう」
〔名無しがWatching〕ボスを物置に案内する配信者
〔名無し〕wwwwwww
〔通りすがり〕これなら俺もできそう!(できない)
小部屋の中に、カンテラをそっと置く。扉を開けたまま、外に出る。
レイスは、すうっと、当たり前みたいにカンテラのところへ入っていった。うーん、シュールだ。
「……はい。入りました」
〔だんちょー〕入ったwwwwwww
〔名無し〕すげえ、ほんとに入ってった
〔ねむ〕シュールすぎて笑う
〔名無しがWatching〕ボス、自ら物置に入室
俺は、静かに扉を閉める。
それから、荷物から紙とペンを出して、さらさら書く。扉に、ぺたっと貼っておく。
[この中に推定ボスのレイスが居ます。依代あり。倒してません! 注意]
貼った紙を、一歩下がって眺める。我ながら几帳面だと思う。
「……っと。これで、あとから来た人もびっくりしないでしょ」
〔だんちょー〕貼り紙www
〔名無し〕推定ボス、物置で待機中
〔通りすがり〕倒さずに片付けるなw
レイスがいた場所にしゃがんで、塞がってた最後の一マスを踏む。視界の方眼が、ぽっと色づいた。
「倒さずに、済みました。……まあ、こっちのほうが俺らしいんで」
アンデッドモンスターには、手は合わせなくていいかな。あれは悼むようなもんじゃない。カンテラに引っかかってただけの、なにかだ。物置でおとなしくしててもらおう。
「あ、そうだ。ぽん酢さん、今日も強力なヒントありがとうございました」
〔ぽん酢〕いえ。自分にわかなんで
〔だんちょー〕その「にわか」で毎回詰み回避してるんよ
〔ねむ〕ぽん酢いつもありがとう
顔を上げると、奥に下り坂がぽっかり口を開けてた。その先は——また真っ黒だ。
下り坂からは、まだ、うっすら冷たい風が上がってきてた。レイスは、もう物置の中なのに。
……この冷たさ、あいつのじゃなかったのか。
行きたい。けど、と俺は、手元の地図を見た。
ここまで来る途中、急いで通り過ぎたぶん、埋め残しがちらほらある。脇道。小部屋の隅。ぽつぽつと、まだ埋まってないマス。
……気持ち悪い。先に進む前に、あれ全部、埋めたい。
「すみません。奥は、また今度にします。先に戻りながら、埋め残し回収していきます」
〔だんちょー〕急に引き返すの几帳面すぎる
〔ねむ〕埋め残し許せない人
それに——そろそろ、ギルドにも、顔を出さないと。
……あ。そういえば、コモルのこと、まだ報告してない。
「あー。報告。……しなきゃ、でしたね」
〔だんちょー〕今思い出したのかよ
〔名無しがWatching〕絶対忘れてたじゃん
俺は、来た道を引き返しはじめる。埋め残しのマスを、ひとつずつ、ていねいに拾いながら。
奥の階層は、逃げない。マスは待っててくれる。
でも、まあ。
報告は、たぶんもう、待ってくれてない気がする。
〔だんちょー〕お疲れ! 今日も名シーンだった
〔ねむ〕どいてもらえます?からの依代お引っ越し、好き
〔名無し〕この人やっぱおかしい(褒めてる)




