第05話 ぽん酢、何者だよ
次の日も、その次の日も、俺はあの坑道に通った。
配信をつけて、ゴーグル越しに、奥へ奥へ。
ラーデンの小綺麗な石壁とちがって、ここはごつごつして、薄暗い。ときどき、ひやっとする。古い坑道だ。崩れかけた箇所もあるし、ラーデンには出ないような魔物も、ぽつぽつ湧く。
でも、それ以上に——マスが、ある。真っ黒な未踏破が、どこまでも。
「今日も、埋めていきます!」
〔だんちょー〕おっ、坑道三日目
〔ねむ〕だんだん奥深くなってる
〔名無し〕初見です、これどこのダンジョン?
〔通りすがり〕記録にない廃坑らしいよ
途中の壁に、古い文字が彫ってあった。すり減って、半分も読めない。それでも、「コ」と「ル」は、なんとか読み取れた。
「……やっぱり、コモル坑道で、合ってそうですね」
〔だんちょー〕おー、確定っぽい?
〔ねむ〕ロマンある
〔名無しがWatching〕忘れられた廃坑とか胸熱すぎる
〔ぽん酢〕……コモル、か
記録でしか見たことのなかった、廃坑。それを自分の足で埋めてる。ちょっと、感慨深い。
〔だんちょー〕てかそろぼっち、このコモルのことギルドに報告したん?
……あ。
「……してないです」
〔ねむ〕えっ
〔だんちょー〕隠しエリア見つけたら届け出る決まりじゃなかった?
〔名無し〕おいwww
〔通りすがり〕届けてないんかい
「……ですね。します。あとで、ちゃんと。……埋めてから」
〔だんちょー〕埋めてからて
〔ねむ〕絶対忘れるやつ
〔名無しがWatching〕この人ほんと地図しか見てない
まあ、たぶん、する。そのうち。
今は、目の前のマスのほうが、大事だし。……すみませんミナさん。
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ラーデンのコボルトとは、出てくるやつも違った。
まず、センチピード。犬くらいある百足の魔物が、坑道の暗がりから、かさかさと這い出てくる。何十本もの脚で、古い鉄の支柱をかじってた。
「うわ、センチピードだ。久々に見たな」
〔だんちょー〕でっか!! センチピードじゃん
〔ねむ〕ラーデンじゃ見ないやつ
〔名無し〕うわキモッ
〔通りすがり〕足の数www
「ですね。ちょっと深い階層のイメージなんですけど。……まあ、出るもんは出るんで」
やることは、いつもと同じだ。
「はいはい、ちょっとごめんね。そこ、通るんで」
足を上げて、頭のあたりをぐっと踏む。ぶちっ、と嫌な感触。マスの上から、どいてもらう。
〔だんちょー〕えっ今の一撃で!?
〔ねむ〕センチピード一発か……
〔だんちょー〕容赦ないの好き
〔通りすがり〕ごめんね〜しながら踏むの怖いってw
「いや、踏んだだけですよ。……ほら、マス、空いたんで」
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問題は、その先だった。
通路の真ん中に、ごつごつした岩がある。地図を埋めようと、近づく。癖で、こんこん、と叩いた。
……と、その岩がもぞっと動いた。
岩じゃない。のっそりと、腕みたいなものが生えて、脚みたいなものが伸びる。
鈍く光る、岩の巨体。
「……え」
手が、止まった。
〔だんちょー〕は!?!?
〔だんちょー〕ロックゴーレムじゃんそれ!!!
〔ねむ〕なんでここにいるの!?
〔名無し〕ゴーレム!?!?
〔通りすがり〕嘘でしょこんな浅層で
〔名無しがWatching〕配信事故では?
「いや、待って。待ってください。……ロックゴーレム、ですよね。これ」
知らない魔物じゃない。むしろ、有名なやつだ。でも——
「ゴーレムって、もっとずっと奥の魔物でしょ。こんな、浅いとこに……なんで?」
〔だんちょー〕それこっちが聞きたいわ
〔ねむ〕コモル、なんかおかしくない?
〔名無し〕急に難易度バグってる
身構える。けど——ゴーレムは、起き上がったきり、それ以上動かなかった。
「……あれ。襲って、こないですね?」
そろそろと近づいてみる。よく見ると、巨体がゆっくり上下してた。岩の隙間から、ぼう、と低い音が漏れてる。寝息みたいに。
「……これ、寝てます? 寝ぼけて、ちょっと起きかけただけ?」
〔だんちょー〕寝てるゴーレムwww
〔ねむ〕かわいいとこあるじゃん
〔だんちょー〕てか起こしたのお前だぞ
〔名無し〕起こすなwww
〔通りすがり〕そっとしといてあげて
「あ、すみません。……じゃあ、起こさないようにどいてもらいましょうか」
背筋の、ひやっとしたのが、ちょっとゆるんだ。
でも、引っかかりは残る。寝てようが、ゴーレムはゴーレムだ。
「……こんな浅いとこにゴーレムがいるってことは。この坑道、思ってたより深いとこに繋がってるのかもしれないですね」
〔だんちょー〕急に冷静な考察
〔ねむ〕わくわくしてる?
「……してます。同じくらい、ちょっとこわいですけど」
とはいえ、今は目の前のマスだ。寝てるなら、なおさら好都合。
硬い。手の甲で叩くんじゃ、びくともしない。俺は両手でゴーレムの腕を掴み、体力と筋力にものを言わせて、そうっと脇へどかした。ずず、と重い音。ゴーレムは、むにゃと少し身じろぎして、また岩に戻った。
空いた床を踏むと、地図の方眼が、ひとつぽっと色づいた。
「はい、ありがとうございます。……はぁ、重かった」
〔だんちょー〕力業www
〔ねむ〕全振りビルドが活きてる
〔だんちょー〕寝てるゴーレム動かす配信者おる?
〔名無しがWatching〕語録「寝てるゴーレムはどかす」
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通路の先に、小部屋があった。床に、見慣れない紋様が刻んである。
「あ、罠ですね。……なんだろう、感圧式かな。縁を踏めば——」
〔ぽん酢〕そこ、感圧式じゃないです
足が止まった。
〔ぽん酢〕魔力感知式です。リング、光らせたまま入ると作動します。一度切ってください
……マジか。
言われた通り、リングを一度止める。視界の地図が、ふっと消える。それから、そろっと、部屋に足を踏み入れた。
……作動しない。
ほんとだ。感圧式だと思って縁を選んで踏んでたら、たぶん、リングの魔力で引っかかってた。オートマッピングでは埋まらなかったので、手動でマッピングをする。
「……ぽん酢さん。今の、助かりました」
〔だんちょー〕いやぽん酢何者だよwww
〔だんちょー〕ぱっと見で分かる? 普通
〔ねむ〕毎回さらっと正解出してくる
〔名無し〕ぽん酢の解説だけ妙にプロいんよ
〔ぽん酢〕いえ、ただのにわかなんで
〔だんちょー〕にわかはその知識量にならんのよ
ぽん酢さんというのは、いつの間にか俺の配信に居着いた常連だ。普段は、あんまり喋らない。でも時々、やたら的確なことをぽろっと言う。
罠の種類。魔物の湧き方。隊列の組み方。どれも、にわかが知ってる範囲じゃない。
まあ、……でも。俺はあんまり気にしてなかった。
画面越しの人たち。それが何者でも、いい。助かるもんは、助かるし。それに……人の素性を詮索するのは得意じゃない。自分が訊かれたくないから、人にも訊かない。
「ぽん酢さんが何者でも、俺はマス埋めるだけなんで。……これからも、よろしくお願いします」
〔だんちょー〕お前のそういうとこな
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部屋を抜けて、さらに奥へ。
道が、二手に分かれてた。左は、ゆるい下り。右は、崩れかけて、瓦礫で半分ふさがってる。
でも、迷わない。
全マス埋めるなら、片方の壁伝いに行くのが基本だ。右壁か、左壁か。……俺は、ずっと右壁派でやってる。右手をずっと壁に当てて、それをたどる。そうすれば、どんなに入り組んでても、いつかはぜんぶ回れる。
「なので、瓦礫のほうから行きます。右壁派なんで」
〔だんちょー〕出た、右壁の人
〔ねむ〕几帳面
〔通りすがり〕右壁派と左壁派で争うやつだ
瓦礫を、よじ登る。半分ふさがった右の道は、その先で、細く続いてた。新しい方眼が、ぽつ、ぽつと埋まっていく。
誰かに教わった道じゃない。自分の足で、たどった道だ。
……うん。これが、いちばんいい。
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その日は、たっぷり埋めた。
右壁伝いに行った道は、ぐるっと回って、さっきの分かれ道の左の下りに繋がってた。なるほど、こういう構造か。頭の中に、坑道のかたちが、少しずつ立ち上がってくる。
配信を切る前に、地図を眺める。コモル坑道の、ほんの入り口あたり。それでも昨日より、ずっと黒が減ってた。
「今日も、いい感じに埋まりました。……ぽん酢さん、罠の助言、助かりました。改めてありがとうございました! また明日」
〔名無し〕おつかれ〜
〔通りすがり〕今日も平和だった(ゴーレム以外)
〔ぽん酢〕いえ。楽しそうで、何よりです
楽しそう、か。
……まあ、楽しい。これ以上ないくらいに。
顔も名前も知らない常連に、そう言われるのは、なんだか悪くなかった。
俺はゴーグルを外して、それから、まだ真っ黒な奥のほうをちょっとだけ見上げた。
明日も、来よう。




