第34話 ワンモア流のススメ
地図を全部出してから、ひっくり返ったみたいに騒がしくなった。配信の同接は、見たことのない桁になってる。でも、コメントの流れは、まだ真っ二つに割れていた。
〔名無し〕侵攻ルート公開とか言ってるけど、ほんとに侵攻なんてあんの?
〔名無し〕どうせ炎上から論点逸らししたいだけでしょ
〔名無し〕証拠は?証拠だせよ
〔だんちょー〕いや地図見りゃ分かるだろ
〔名無し〕地図だけじゃ妄想と変わらん
〔名無し〕結局こいつのポジショントークじゃん
……証拠。
そう思うのも当然だ。俺が出したのは、地図だけ。そこに本当に軍がいるところを、誰も、自分の目では見ていない。俺ですら、本当に侵攻なんてされてるのか疑問に思う。地図は線と記号だ。それだけじゃ、人は信じない。
隣のぽん酢さんも、難しい顔をしていた。腕を組んで、低く唸る。
「……分かりやすく証拠の映像でもありゃ、話は別だが。今、軍が居るところにカメラを向けられる奴なんざ——」
その時だった。
配信の画面に、もう一つ別の映像がぬるっと割り込んできた。
〔ワンモア〕どーも! 出番っぽいんで、来ちゃいました!
〔ワンモア〕俺の音声とカメラ、共有するので承認してもらえます?
わけも分からない。でも一応、確かめた。俺の顔を隠す設定は、いつも通り効いてる。あっちのカメラに、俺やぽん酢さんが映り込むこともない。……なら、いいか。承認のボタンをさっと押す。
その瞬間、あれだけ流れてたコメントが、ぴたっと止まった。誰もが、画面の意味を、測りかねてた。
「あー。音声と動画、届いてます?」
明るくて、軽い声。ワンモアさんだ。あの、目の前で死んで平気な顔で生き返った、残機持ちの大手配信者。
……そういえばさっき、コメントの隅で、この人の名前をチラッと見かけた気がする。
割り込んできた映像の中で、ワンモアさんは、暗い岩の陰に身をひそめていた。声をぐっと落としてる。
「いやー、そろぼっちさんの中層の地図、見たんすよ。で、思ったわけ。"この深層の更に先、今どうなってんのかなー"って。だから来てみました! ちなみに俺、正規の門はランクで通れないんで、入口はぜんぜん別っす。でもウロボロスなんて、地下でぜんぶ繋がった一個の迷宮でしょ? 深いとこ目指してひたすら潜れば、どのみち同じ底に出るわけだし。あとはそろぼっちさんの配信で"今どのへんか"だけ確かめながら、死んで死んで、独りでここまで。……で、ここ! 深層の、いちばんヤバい変動地帯。生身の配信者なら絶対来れないとこっす。死ぬんで!」
〔だんちょー〕は?ワンモア!?
〔名無し〕ワンモアきたあああ
〔名無し〕大手降臨
〔ワンモア民〕大将ーーー!
〔ワンモア民〕うちの大将がすみません
〔名無し〕なんで二人が繋がってんの
〔だんちょー〕てかワンモアどこにいんの
〔ねむ〕やめて、危ないよ
〔ワンモア民〕どうせまた死ぬやつだこれ
〔名無し〕まさかこいつ
〔名無し〕やめとけって死ぬぞ
〔名無し〕嫌な予感しかしない
止める間もなかった。
ワンモアさんが、カメラを岩の陰からそうっと前に向ける。
……息が、止まった。
そこには、軍がいた。
ずらりと並んだ、ノルドの兵。国旗を掲げた武装した列が、暗い坑道の奥の奥まで、びっしり続いている。整然と隊列を組んで、今まさに、そこへ踏み込もうとしている。
線と記号じゃ、なかった。本物の軍隊だった。
〔名無し〕は
〔名無し〕は????
〔名無し〕うそだろ
〔名無し〕ほんとに軍がいる
〔名無し〕やばいやばいやばい
〔名無し〕うわうわうわ
〔名無し〕兵の数えぐすぎ
〔名無し〕地図、ほんとだったのか
〔名無し〕いや手の込んだヤラセの可能性まだあるだろ
〔名無し〕↑こんな規模のヤラセできるかよ
〔通りすがり〕これ、生放送だぞ……
コメントが、滝になった。同じ言葉の連打で画面が埋まって、もう一個ずつは読めない。
隣で、ぽん酢さんが画面にぐっと顔を寄せた。低く唸る。
「……あの列の、先頭。あれが、ヴァルグだ」
ヴァルグ。深層で、ずっと後ろを嗅ぎ回ってた、北の切り込み役。ぽん酢さんが、前に名前を出してた男だ。
「……とうとう、出てきましたね」
「ああ。あいつが自分で出張ってきたってことは、もう遊びじゃねえ。……本気で獲りにきてる」
カメラの先。兵の列のいちばん前で、ひとりの男が、微動だにせず立っていた。ほかより上等な装備。感情の読めない、平らな横顔。周りが殺気立つ中で、その男の周りだけが、氷みたいに静かだった。
その手に、折り目のすり切れた紙の地図があった。時々それを開いて、短く何かを書き込んでは、また畳む。部下に任せず、自分の手で。……あの人も、地図を読む側なんだ。画面越しなのに、なんとなく分かった。敵だってのに。ほんの少しだけ、同じ匂いがした。
街で俺に詰め寄った、あの黒外套の男とは、別の男だ。あっちが裏で糸を引く親玉なら、こいつは、戦場に出てくるほうの手駒。北ってのは、そういう連中を、何枚も抱えてるらしい。
「ね? いたでしょ。隠す気どころか、侵攻する気満々っすね!……あ。やべ、見つかった」
その、ヴァルグという男が。こちらを——ワンモアさんのカメラのほうを、ちらりと見た。そして、低い声で、短く言った。
「潰せ。撮らせるな」
感情の、こもらない声だった。道端の虫でも払うみたいな。
その一言の直後だった。
画面が激しく揺れた。怒号が響く。何かがワンモアさんを撃って、映像がぐるんと回って——地面に叩きつけられた。赤い、しぶき。それきり、動かない。
〔名無し〕死んだ
〔名無し〕撃たれた!?
〔ねむ〕いやあああ
〔名無し〕嘘でしょ
〔ワンモア民〕o7
〔ワンモア民〕o7
〔ワンモア民〕o7
〔ワンモア民〕一機目、いってらっしゃい大将
〔ワンモア民〕慣れてるから泣くな新規
配信の前で、世界中が息を呑んだのが、分かった。
俺もぞっとした。何度見ても、慣れない。人が死ぬのは。
……でも。
数秒して。倒れたカメラが、またぐらりと持ち上がった。ワンモアさんの声が、聞こえた。さっきと、まったく同じトーンで。
「あー、死んだ死んだ。一機、損しましたー。……いやでも、撮れ高はバッチリっすよね?」
ワンモアさんが、カメラを兵士たちに向けたまま、声を張り上げた。どこか、たがの外れた声で。
「さぁ! どんどん俺を殺せェ! 撮れ高! 証跡! 成果物!! 俺、そういうのだぁいすき♡」
「撃てェ!」
彼は、たった一人で軍の前に立って命を散らす。そしてまた立ち上がっていた。カメラを構え直して、世界中に、ノルドの軍を映し続けるために。
……ああ、この人にしか、できないことだ。
死んでも、戻れる。だから、誰も行けない場所に行ける。俺とは別の入口から、デタラメな進み方と、俺の地図と、配信でこぼす読みだけを頼りに。この底まで、独りで死んで死んで死んで、ひたすら死んで潜ってきたんだ。生身なら何十日もかかる道を、何度も死んで、無理やりに縮めて。ここに来るまでに、いったい何機、溶かしたんだろう。軽い口調の裏で、彼はどれほどの犠牲を払った?
残機で戻る死だって、一つ減れば、二度と戻らない。前に、この人に訊いたことがある。減った残機にお墓はあるんですか、って。ワンモアさんは、笑顔を止めて、「考えたこともなかった」と言った。……つまりこの人は、自分の死を、いちいち数えたりしない。数えないまま、今も笑って一つずつ使ってる。
だったら、せめて俺が数えよう。俺は、画面の向こうの一回きりの死に、そっと手を合わせた。いつも、死体マーカーにそうしてきたみたいに。
〔だんちょー〕ワンモアお前、気くるっとるわ
〔名無し〕命がいくつあっても足らない
〔ワンモア民〕大将輝いてる!
〔ワンモア民〕通常運転で安心した
〔名無し〕てか残機ってどう補充してんの……?
〔ワンモア民〕てかここ来るだけで大将何機溶かしたんだよ
〔ワンモア民〕移動に命使えるのまじ大将
〔名無し〕死ぬとテンション上がる病気にでもかかってんのか
〔ワンモア民〕それ持病です
〔通りすがり〕笑いながら何回も死んでるの怖すぎ
また撃たれた。画面が跳ねて、暗転して。数秒で、また持ち上がる。
「はい、問題なく復活ー! ちなみにこのカメラ、俺の『装備』なんで。死ぬたび、俺とセットでまるごと湧き直します。何回撃っても、無駄無駄ァ!」
〔ワンモア民〕装備ごと無限湧きは大将の十八番
〔名無し〕もう笑うしかない
〔だんちょー〕軍のほうが困惑してて草
俺は、もう一度だけ手を合わせた。二回目。ちゃんと、数える。
画面の向こうで、兵の列が目に見えて戸惑ってた。撃てば撃つだけ、世界への放送が増えていく。兵の一人が、取り押さえる構えでヴァルグをうかがう。ヴァルグは、首を横に振った。
「よせ。あれは死ねば、体を置いて抜ける。拷問も無駄だろう。縛れるのは死体だけだ。……もう構うな。弾の浪費だ」
感情のない、帳尻だけの声だった。それきり、軍はカメラを無視することに決めたらしい。
カメラは、回り続けた。もう、誰も止めようとしないまま。
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軍の映像は、世界中に流れ続けた。もう誰も自演だなんて言えなかった。
だが、その時。配信の隅に、警告みたいな表示が、ちらつきはじめた。
ぽん酢さんが、舌打ちした。
「来やがった。どこかが、この配信を握り潰しにかかってる。北か、ソルナか。どっちにせよ上からの圧力だ。証拠ごと消す気だぞ」
世界がこの軍の様子を見られなくなる……。
そう思った、瞬間だった。
画面に、別の通知が割り込んだ。アウレリアの公式アカウント。あのスーツの人……リーザさんの会社だ。
続けて、配信に音声がつながった。
「お久しぶりです、そろぼっちさん。——うちのプラットフォームに、配信を止めろと、ずいぶん強い"お願い"が来ています。国の、上のほうから」
リーザさんの、落ち着いた声。
……配信を続けたければ、専売契約を。そう言われてしまうだろうと思った。
「……リーザさん、あの」
「ですが。当社は、その要請を拒否します」
「えっ」
すっと、息を吸う音。
それから、リーザさんは世界中に向けて、はっきりと言った。
「アウレリア連邦企業連合は、軍事的理由による配信停止要請を受諾しません。当社のインフラを、軍事利用に供与することもありません。——これは、当社の方針です」
……どうしていち企業が、俺の配信を止めたり守ったりできるんだ? 一瞬そう思って。でもすぐに気づいた。
「うちのプラットフォーム」。……そうだ。俺がいつも配信してるこの土台は、元からアウレリアのものだった。マネジメント契約は断ったけど、配信する場所そのものは、ずっとこの会社に乗っかってたんだ。
〔だんちょー〕アウレリアが盾になった!?
〔名無し〕うおおおおお
〔名無し〕は?かっこよすぎだろ
〔名無し〕鳥肌
〔名無し〕企業が国の圧力蹴るのかよ
〔名無し〕アウレリア株買うわ
よく分からなかった。でも、前にリーザさんが言っていたことを、思い出した。
あなたを囲うのはやめる。あなたのやり方に、こちらが合わせる日が来る、と。
タダで、隠さず、出す。それが俺のやり方。それに、でかい企業が丸ごと乗っかってきたと取れる。
……これが、その日だったのかもしれない。
ぽん酢さんが、ふっと笑った。
「これで配信は、誰にも止められん。証拠も、告発も、ぜんぶ世界に残る。……お膳立ては、整ったぞ。そろぼっち」
ぽん酢さんが、俺のすぐ隣に来た。配信のマイクには乗らない、小さな声で囁く。
「そろぼっち。ここからは、言葉のいくさだ。今から俺が言うことを、そのまま繰り返してくれ。あんたの声で、世界に向けて」
「……俺が、ですか。そういうの、ぜんぜん分からないんですけど」
「分からなくていい。むしろ、それがいい。世界が見てるのは、俺じゃない。あんただ。あんたの地図で、あんたの口から言うから、意味がある」
数百万にせまる目が、こっちを見てる。みぞおちが、きゅっと縮んだ。大丈夫、配信だ。吊し上げられてたのとは違う。これは俺の配信だ。
それに、隣にぽん酢さんがいる。別のところで、命がけで撮ってる人がいる。配信を守ってくれてる人がいる。
……逃げない。
俺はマイクに向き直った。
ぽん酢さんが囁く。俺は一語ずつ繰り返した。
「ウロボロス協定、第十二条。迷宮のいかなる軍事利用も、これを禁ずる」
「ウロボロス協定、第十二条……迷宮の、いかなる軍事利用も、これを禁ずる」
「ノルド王国の行為はこれに違反する。よって三国共同管理機構へ、正式に告発する」
「ノルド王国の行為は……これに、違反します。よって……三国共同管理機構へ、正式に、告発します」
たどたどしくて、平坦で。意味だって、半分も分かっちゃいない。
でも、その言葉は、何百万もの人に確かに届いた。
その時、ギルドのミナさんから、短い連絡が入った。『機構に、正式な申し立て、受理されました。こちらは大丈夫です』と。
そういえば、ぽん酢さんが下で言ってた。ミナさんに、筋を整えてもらってる、って。……あれが、これだったのか。ミナさんは、ギルドの専用回線でこの配信に張り付いてた。俺が告発を口にする、その瞬間を待っていたんだ。
侵攻は、協定違反として正式に記録される。三国の査察と制裁の、対象になる。もう、無かったことにはできない。
……ミナさんも、ちゃんと動いてくれてた。俺の知らないところで。
〔だんちょー〕は????今なんつった
〔名無し〕国を、告発した
〔名無し〕個人が国家を告発する配信www
〔名無し〕うおおおおおお
〔名無し〕声震えてんのにやることデカすぎる
〔名無し〕スクショ撮ったわこれ
〔通りすがり〕マス埋めおじさんが世界動かしてる
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証拠は世界に映った。配信は止まらない。告発は機構に受理された。
やれることは、ぜんぶやった気がした。
……でも。
画面の中の、ノルドの軍はまだ、そこにいた。
隊列を崩していない。退きもしない。これだけのことをされて、なお変動地帯の手前で、じっと機会をうかがっている。
言葉も証拠も、軍そのものを押し返せはしない。受理されたとしても軍がその場で消えるわけじゃない。
ぽん酢さんが、低く言った。
「……まだだ。あいつら、引く気がない。最後の一押しが、要る」
最後の、一押し。
証拠はワンモアさんが撮ってくれた。配信はリーザさんが守ってくれた。筋はミナさんが通して、言葉はぽん酢さんがくれた。ここまで、ぜんぶ借り物だ。
……なら、最後のは、俺の番だ。
地図のことだけは、誰にも借りられない。
俺は、ずらりと並んだ兵の映像を、まっすぐ見た。




