第33話 これが俺のスタンスなので
更に奥深く、北へ。
ぽん酢さんの案内で、ずいぶん奥まで来た。国境のずっと下。ここまで、気の抜ける瞬間は一度もなかった。罠。変動。魔物。……どれも、途切れない。それでも二人で喰らいついて、空白のマスをひとつずつ埋めてきた。まだ、ずっと先まで続いてる。
配信はつけてる。炎上はまだ終わってない。コメントには、相変わらず刃が混じる。でももう、いちいち気にしたりはしない。見たい人が、見ればいい。
〔名無し〕まだ侵攻ルート埋めてんのか
〔名無し〕自覚あんのかこいつ
〔だんちょー〕埋めるのがこの人の仕事だろ
〔ねむ〕…そろぼっちは、変わらないね
〔通りすがり〕この精神力どうなってんだ
ふいにぽん酢さんが足を止めて、喉を指で払った。ミュートの、合図。
俺はマイクを切った。
「……ここらで、話しておくことがある。ここが最重要地点なんだ」
ぽん酢さんが、その場にしゃがんだ。指先で、岩の床の砂を払う。そこへ、荒っぽい絵図を描きはじめた。丸をふたつ。あいだを、一本の線で繋ぐ。線の片っぽを、とんとん、と指で叩いた。
「ここが……?」
「ああ。お前が休んでた間、ここの道を描いて世に出せる奴は、どこにもいなかった。北だけが、こっそりこのエリアと在り処を握ってられた。お前が黙るぶん、あいつらの奇襲は安泰になっていく。そういう寸法だ」
砂の上の線を、指がなぞる。片方の丸から、もう片方の丸へ。指が、こっち側の丸のところで、上に跳ねた。
「で、このポイント地点。どこと繋がってくると思う。……ヒントは、お前の庭だよ」
俺の、庭。
言われて、地図の記憶をたぐる。
現在地点の緯度と経度。……似た数字を見たことがある。縦が違うとは思うけど……。
「あっ……! まさか!」
ぞっとした。この深層の道は全く違う入り口だったのに。
繋がる先が、見えた。
……ウロボロス中層。俺が二か月、何十周もして埋めた、あの中層。しかも、いつも降りてる縦穴とは、まるで別のところ。
思い当たるところはたったひとつ。前にぽん酢さんに教わった、ピット。下の層に落とされる、片道の穴。落ちたら戻れないから、印だけ付けて、ずっと避けてた。
「そう、あのピットの先が、ここなんだ」
こんな深くまで、通じてたなんて。
ピットは片道とはいえ物理的な仕組みだ。もしそれをクリアできてしまえば……ここから中層に行ける。中層にさえ抜けられたら、あとはもう、俺の地図で歩ける。そこから先は、既にソルナの内側だ。
地面のらくがきは、たぶん、配信のカメラにはただの砂いじりにしか映らない。それでいい。ほんとの中身は、まだ出さない。
「……でも」
「ん?」
「そんなに欲しいなら、俺を攫って先に歩かせりゃいいのに。なんで、炎上なんて回りくどいこと」
ぽん酢さんは少しきょとんとして、少しだけ吹き出した。
「そろぼっち。お前、自分のスキル忘れたのか? あんたはソロが一番冴えるんだろ。兵にぞろぞろ囲まれて、変動が読めるか?」
「……無理、ですね。たぶん、頭の中がぎゅうぎゅうになって」
ぽん酢さんは、砂の丸のまわりに、ちいさな点をいくつも打った。ぐるりと囲むみたいに。俺の絵を、兵で囲んでみせたんだと分かった。
「なら手練れを一人だけ横に付けて、二人で歩かせりゃいいと思うか? それも、駄目だ。あんたの言う『二人』は、頭から消せる相手の話だろう。味方なら隣にいても忘れてられる。だが敵の見張りは、一瞬も頭から消せない。隣に立たれた時点で、ぞろぞろ囲まれてるのと変わらんのさ」
「……たしかに。想像しただけでも……ウッてなりました」
ぽん酢さんは、点で囲んだ丸を、手のひらでざっと消した。
「そういうことだ。攫っても、あんたはただの荷物にしかならん。だから奴らは、あんたを"消す"しか手がなかった。世間から引きずり下ろして、この道を誰にも描かせず、秘匿したまま奇襲を行う。それが精一杯だったのさ」
休んでた間。
ぽん酢さんは、前にも言ってた。俺が消えれば、いちばん喜ぶのは北だ、って。
……ほんとに、そうだったのか。
俺が怖くて引っ込んでた間に。あいつらは、こっそり得をしてた。
じゃあ、と思った。
その逆をやればいい。
隠れたから、向こうの得になった。なら——隠さなければ、いい。
俺にできるのは、空白を埋めて出すこと。だったら、できることをやる。
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マイクを戻す。
地図を画面いっぱいに開いた。正規の入り口からここまで描いたぶん。全てを埋める余裕は無かったけど、一本道で来た空白だったところ。全部だ。
「えーと。この深層の地図、いま描いてるぶん、全部出しますね」
〔だんちょー〕ん?
〔名無し〕いつものことだろ?
〔ねむ〕どうしたの急に
「いつでも、誰でも、タダで見られるようにしときます。隠すと、ろくなことにならないんで」
ひとつ息を吸って、公開のボタンを押した。
俺の描いたノルド側のルートが、まるごと、世界に放流された。
ついでに、と思って付け足した。
「その地図、北のノルド王国から俺の国ソルナまで地下で繋がってる道なんです。ウロボロスは、国境を跨いでるんで」
最初は、誰も意味が分からないみたいだった。
ぽん酢さんが、俺からも、と言ってカメラを向けるように言った。俺は頷いて、ぽん酢さんの正面に立つ。ゴーグルの視界に、この人をまっすぐ収めた。
いつもの気だるげな声じゃなかった。すっと通る、低い声だった。
「あー、つまり。そろぼっちに対する利敵配信者に関する情報は全てデマだ。では何故、そんな情報が出回ったのか。それはノルド王国による工作員によって、引き起こされた」
配信の向こうが、しんと静まったのが分かった。何万の目が、次の言葉を待っている。ぽん酢さんは、かまわず続けた。
「そろぼっちを吊し上げて地図の削除を大衆にさせ、その隙にノルドがガチで侵攻を進める。このタイミングで奇襲が本当に起きたら……お前らネット民は侵攻してきたノルドではなく、そろぼっちを更に攻撃するだろうな」
〔名無し〕は?????え???
〔名無し〕他国にだけ地図流してたんじゃ?
〔名無し〕↑そろぼっちは配信でそもそもずっと流してる。他国にわざわざ売る理由ない
〔通りすがり〕え、何がおきてる?
〔名無し〕やば
ぽん酢さんは、砂に描いた線を、もう一度ブーツの先で示した。片方の丸から、もう片方へ。
「俺がなぜ、そろぼっちをウロボロス大迷宮に……しかも、正規の入り口側から入るように誘ったか。それは正規の入り口側がノルド王国の領土に近いからだ。ノルド王国側の地図をソルナのあんたらに見せるため。どうせお前ら、拡散するだろ? じゃあ、このルートは一体、どういう道だと思う?」
何人かが、気づきはじめた。
〔名無し〕つまり、ノルドの侵攻ルートまるごとってこと
〔名無し〕……ってことは
〔名無し〕え、進軍路これで全部バラしたってこと?
〔通りすがり〕奇襲も何も、ネットに流してる時点で全世界公開じゃん
〔名無し〕やば
〔名無し〕とんでもないことしてない?
〔だんちょー〕君ら今やばいことしてる?
〔ワンモア〕ほー。なるほど、そういう感じ
〔名無し〕ん?今ワンモアいた?
〔名無し〕本物?なんでこの配信に
隣で、ぽん酢さんが、低く笑ったのが聞こえた。配信には乗らないくらいの、小さな声で。
「……中の道は毎時組み変わる。だからノルドは誰にも気づかれねえうちに一気に抜けるしか、手がなかった。その"気づかれねえうち"を、そろぼっちが今、ぶち壊した。国境の裏を軍で抜けようとしてたことが、世界中に晒されたんだ。奇襲は、種が割れりゃ終いさ」
ただ、いつも通り埋めて、マップを世の中に出した。それだけ。でも、画面の向こうの世界が、ざわざわと動き出すのが分かった。何千、何万の目が、いっせいにノルドの進軍路を見ている。
……もっとも、ほんとに攻めてくるのかまでは、俺には分からなかった。ぽん酢さんは、確信してるみたいだったけど。俺にできるのは、見えてるものを、隠さず出すことだけだ。
俺は、また次の空白のマスに、足を向けた。
……まだ、終わってない。出すものは、まだある。




