第32話 正規の入り口
俺が中層に設置してきた不動門は、国の指示で止められてる。そしてコモルが閉まってる以上、ウロボロスの深層に降りるには、別の道を使うしかない。
だから、正規の入り口を使う。
コモル旧坑道とウロボロス大迷宮は繋がっていてそこの出入りも可能だ。コモルはソルナ管轄なので、繋がってる道とその範囲のウロボロス大迷宮の通過管理もソルナ管轄。ただ、ウロボロス大迷宮自体は三国が共同で管理してる、一番規模がでかいダンジョンだ。
正規の入り口は、俺の家からはとんでもなく遠い。けど、ぽん酢さんにもらったマジテックのワープ装置で、ひとっ飛びだった。自宅の玄関のドアにかざしたら、ピカッと魔法陣のようなものが光って飛ばされた。
目の前には、ウロボロス大迷宮の厳かな門。その門の前で、ぽん酢さんと合流する。規定ランク以上じゃないと、通してもらえない場所だ。
すでに配信はつけてる。
「よく来たな。B級もってりゃ通過は問題ない。あんたには資格がある」
「……はい。お願いします」
〔だんちょー〕ロウさんまた来てくれた!
〔ねむ〕コラボ続いてうれしい
〔名無し〕炎上中の奴と組んでロウさんも終わりだな
〔名無し〕S級が利敵行為の片棒担ぐのか
〔名無し〕↑それは違くね
〔名無し〕傷の舐め合いきっつ
〔通りすがり〕外野うるさすぎだろ
〔名無し〕堂々と隣にいるの普通にすごいと思うけど
炎上はまだ続いてる。コメントにも、たまに刃が混じる。でも、ぽん酢さんは気にした様子もなかった。むしろ、わざわざ隣に立って、配信に映ってくれてる。それが、たぶんこの人なりの返事だった。
門のところで、職員がちょっと渋い顔をした。最近のあれこれを知ってるんだろう。通していいものか、迷ってる感じ。でも、ぽん酢さんが書類を出して、低く言った。
「コモルとウロボロスの接続地点が見つかった時、例に漏れず改めて共同管理の取り決めがされてる。新しい出入り口や接続点がある場合は、新ダンジョンと同等扱いだからな。特に厳重だ。その中にはこの正規の門についても、当然更新がされている。規定は『B級以上の登録者』であること。それだけだったはずだ。その立入を、ソルナ単独の都合で止められはしない。——なあ、そうだろ?」
ぽん酢さんは、配信にものる声の大きさで職員の人にそう言った。……職員は、しばらく渋ってたけど。結局門を開けた。
ソルナはコモルには鍵をかけられても、三国で管理してるここを、勝手には閉められない。……ぽん酢さんは、こういうのに、やたら詳しい。
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「正規の門から入るの、初めてです」
「だろうな。まあまあ辺鄙なところだ」
辺鄙というか、人家もない岩でできた山岳地帯……という景色。ソルナの領土ではあるが、国内の人間でも滅多に来ることのないところだ。ここらがぽん酢さんの最寄り……と言っていたけど。本当なんだろうか。
門をくぐる。すぐに大きな岩にぽっかりと空いた口があった。その大きさは俺を縦に三人積んでもまだ余りそうなほどだ。とにかく大きい。
初めてのエリアなので、マップは埋まっていないところばかり。だがほとんど一本道だった。
長い下り坂。降りるほど、空気が重くなる。
「……ここからだ」
かなり進んだところで、ぽん酢さんが足を止めて、その先の景色を見るようにジェスチャーで伝えてくる。
「いけるな?」
「はい、もちろん」
壁がずっと書き換わってる。いつも入ってるウロボロス大迷宮の深層と、同じパターンに見えた。層を巻き込んで、縦横無尽に入れ替わっているようなパターン。
この迷路がどう組み変わっていくか——変動の流れは、俺が読む。そこに潜む罠や魔物は、ぽん酢さんが読む。役割は、自然と分かれた。
でも、その分担すら、追いつかないほどだった。
一歩進むごとに、何かが起きる。床が抜ける。壁が組み変わる。暗がりから、何かが這い出てくる。罠、変動、会敵。それが、途切れなく襲ってくる。順番なんて、守っちゃくれない。一秒でも気を抜けばどっちかが死ぬ。深層はそういう場所だった。
「そこ、床板が抜ける。半歩右だ」
「はい」
「来る。左の物陰、ヘルハウンドが二匹。……上のガーゴイルに警戒」
「右、壁が動きます。三秒後」
「わかった。抜けるぞ」
息をつく暇もない。ぽん酢さんの警告と俺の変動読みが、交互に、途切れなく飛ぶ。それでも、まだ足りないくらいだった。
どうにか、危ないところは避けられた。さすが、S級の斥候だ。罠と気配を読むのは、たぶん、世界でこの人がいちばん上手い。
でも、この壁がこの先どう動くかは、ぽん酢さんにも読めない。そこだけは、俺の仕事だ。俺が変動の先を示して、ぽん酢さんが足元の罠を払う。二人なら、いける。……いや、二人でも、ぎりぎりだ。
コメントなんて、見てる余裕はない。でも、視界の端で、文字が滝みたいに流れ落ちてるのは分かった。
〔名無し〕情報量の暴力
〔名無し〕さっきから息できないんだが
〔だんちょー〕右!左!床!ってこっちが叫んでるわ
〔名無し〕S級と組んでこの難易度とか深層こわすぎ
〔ねむ〕見てるだけで心臓もたないよ
〔名無し〕コメントする間もねえ流れ速すぎ
〔通りすがり〕二人の連携えぐい
〔ワンモア民〕大将ここ好きそう
〔名無し〕手に汗握りすぎて手が滑る
しばらく行くと、道の先にでかい影がわだかまってた。
太い胴から、首が生えてる。一本じゃない。五本、六本、……数えるのをやめた。ぬめった鱗が、灯りを鈍く返す。首のぜんぶがばらばらの方向を向いていたが、そのぜんぶが、こちらを向いた。
〔名無し〕ヒュドラ……!?
〔だんちょー〕深層、ヒュドラいんの!?
〔ねむ〕首、多すぎるよ……
〔名無し〕蛇きた
〔通りすがり〕ウロボロスのお膝元だもんな…
「……戦いますか」
「よせ。あれは、殺し切れん。首を落とせば、落としたぶんだけ増える。S級が束でかかっても、ジリ貧になるだけだ」
〔名無し〕倒す選択肢が存在しない魔物
〔だんちょー〕ロウさんが"殺し切れん"って言うレベルよ
〔ねむ〕逃げて、無理しないで
倒せない。なら、いつも通りだ。倒せる魔物にだって、してこなかったんだから。
ゴーグルの地図に、意識を沈める。変動の継ぎ目。崩れの癖。……あった。
あのヒュドラのいる一画。あと十数秒で、壁がひとつ、せり出してくるはずだ。
「ぽん酢さん。あいつを、あの角へ。……そっと、追ってもらえますか。ぽん酢さんはその一角には足を踏み入れずに」
「……何する気だ」
「壁にやってもらいます」
ぽん酢さんが、ヒュドラの首の間にひとつナイフを投げ、殺気を集めた。素早い身のこなしでブレスを避け、じりじりと、ヒュドラを狙った角へ。
——ぐにゃり。
「来ます! ぽん酢さん離れて!」
変動が来た。せり出した壁が、あいつを首ごと取り込んで、固まった。
『ギュゴァァァァァ!!!』
ヒュドラの劈くような鳴き声。思わず耳を塞ぐ。
最後の首の一本が、壁の中に沈む寸前まで、こっちを見てた。
ヒュドラの居た位置は、せり出した壁になった。あとには静かな通路と、埋めるべき空白のマスだけが残った。
〔名無し〕は???今なにした
〔だんちょー〕ヒュドラを壁に閉じ込めたぞ今
〔名無し〕変動にやらせるってそういうこと…
〔名無し〕不死身の代名詞が迷宮にしまわれた
〔名無し〕てか中で生きてんのかあれ…
〔だんちょー〕平和的にどかしたと思ったら容赦なさすぎる
〔通りすがり〕戦わないマッパー、こわい(褒めてる)
「……こういう使い方も、あるんだな」
ぽん酢さんが、感心したみたいに呟いた。俺はヒュドラを呑み込んだその壁を、今の変動のかたちのまま地図に写した。……この一瞬も、ちゃんとした一マスだ。
不死身なら、たぶん中でも死んでない。次の変動で壁が開いたら、またどこかに出てくるんだろう。
……その時は、その時だ。会ったら、またどいてもらう。
〔名無し〕で、その地図がまた敵に回るんだろ?
〔名無し〕埋めるほど侵攻に使われるのにな
〔だんちょー〕見てられないなら帰れって
〔ねむ〕…そろぼっちは、埋めるだけだよ
〔名無し〕擁護民必死
〔通りすがり〕煽りは置いといて。無料公開で危ない情報がタダで広まるの、普通に怖くない? 叩きたいんじゃなくて
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しばらく進んで、ぽん酢さんが、ふっと足を止めた。比較的、変動が緩やかなエリアに入ったようだ。喉のあたりを、指で払う。音声を切れ、の合図。
俺は、マイクをミュートにした。
〔名無し〕ミュート?都合悪いと音消すの草
〔名無し〕隠し事多すぎだろこいつ
〔名無し〕裏で何企んでんだか
〔だんちょー〕ただの戦術相談だっつの
〔名無し〕それ信じてる信者おめでた
〔名無し〕ミュートの中身が証拠だろ
〔通りすがり〕疑い出したら何でも怪しく見えるやつ
「……ここから先は、国境の下だ」
「国境」
「ああ。ここを抜けると、地図はノルドの真下に伸びていく。北がいちばん、人に見られたくない道だ。侵攻に使うなら、ここを通る」
「……戦争に、なるんですか」
ぽん酢さんは、軽く息を吐く。
「映像、一瞬オフにできるか」
「あっ、はい」
一時停止に見えるよう、映像を固定にする。
ぽん酢さんは、折りたたんだ紙を渡してくれた。その中に、前に言っていた『ぽん酢さんの考え』が書かれていた。俺はそれを読み進めて、ぽん酢さんが俺に何をさせようとしているのか、初めて知った。
ざっくりといえば、ノルドはもう侵攻を開始してる。そしてその様子を俺が暴く。話としてはシンプルなものだった。
「本当ならな、迷宮を戦に使うのは禁じ手だ。三国が結んだ協定で、はっきり禁じられてる。北は、それを承知で破ろうとしてる」
「そんな……」
「だから、こっちも手は打ってある。ギルドのミナさんに、筋を裏で整えてもらってる。……いざって時の、保険だ」
それに、とぽん酢さんが奥の暗がりへ、ちらと目をやった。
「……北のやつら、もう斥候を放ってる。切り込みのヴァルグ——前に名前を出した、あの男だ。この一、二層うしろを、さっきからずっと嗅ぎ回ってる。深層をここまで潜れる斥候は、そう多かねえ」
「……気づきませんでした」
「あんたは変動で手一杯だからな。なに、声が届くほど近くはねえ。それに、よほどの無謀を犯さないかぎり、ここから先へは追ってこれないだろう。あいつも変動を読む口だが、"途中まで"だ。この最奥まで読み切れるのは、あんただけだよ」
協定とか機構とか、よく分からない。でも、見た目はただの通路だった。ただの、埋まってないマス。それだけにしか見えない。
「……でも、埋まってないんで。埋めますけど」
「……だろうな。あんたは、そう言うと思った」
ぽん酢さんが、苦笑した。
国境とか、侵攻とか。そんなことより、ずっと前に。目の前に、埋まってない地図がある。だから、埋める。埋めずにいられない。それだけのことだ。たぶん、この一歩が、すごく大きい意味を持つ。頭では、なんとなく分かる。
歩きながら、ぽん酢さんが世間話みたいに言った。
「そういや。あんたのそれ、変動をリアルタイムで読み切る目な」
「はい」
「攻略勢が何十年やっても、完全に読み切れた奴はいねえ。俺だって罠は読めるが、変動そのものは読めん。あの北のヴァルグでさえ、途中までがやっとだ。……あんたみたいに、底まで即座に、なんてのはな。あんた、自分がどれだけ異常なことしてるか分かってねえだろ」
「……埋めるのに、必要なだけなんで」
「その"埋めるのに必要なだけ"が、とんでもない切り札なんだ。……自信持て」
よく分からなかった。切り札、なんて言われても。俺は、深く考えずに、目の前のマス埋めに集中した。
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マイクと映像を戻す。しばらく、黙々と埋めた。
ふと、気になって訊いてみた。配信に乗ったままだけど、これくらいは、いいかと思って。
「ぽん酢さん。なんで、こんな俺に付き合ってくれるんですか」
炎上中の俺に関われば、この人にも火の粉がかかる。S級の有名人なのに。
「……あんた、前に言ったよな。共闘してほしい、勉強させてほしいって」
「はい」
「あれ、嬉しかったんだよ。生還のロウに自分から声かけてくる奴なんざ、滅多にいねえ」
ぽん酢さんは、少し間を置いて、訊き返してきた。
「あんた。なんで俺が、生還のロウって呼ばれてるか。知ってるか?」
「……いえ」
俺は正直に首を振った。界隈のことは、ほんとに知らない。
「深いとこを、何年も潜ってきた。死ねば終わりの場所だ。罠が見えすぎてな。俺のスキルに関係するが、俺はどこで人が死ぬか、先に分かっちまう。だから、俺と組んだ奴は一人も死んでない。生きて還る。それで、生還のロウだ」
「……すごい、ですね」
「そう呼ばれてからはな。だから、俺にとってはダンジョン攻略はただのビジネスなんだよ。腕を雇いたい奴か、名前を使いたい奴か。あとは、遠巻きに眺めるだけだ」
ぽん酢さんが、肩をすくめた。
「〝勉強させてくれ〟なんてまっすぐ言ってきたのは、後にも先にも、あんただけだろう」
別に、すごい人だから声をかけたんじゃない。ただ、なんとなく自分と同じような空気を、纏ってる気がしたからだ。
ぽん酢さんが、ちょっと笑った。
「それに、単純に面白い。あんたが地図埋めるのを、最後まで見届けたい。——俺は、最初っからあんたのファンなんだよ」
〔だんちょー〕でた!ファン公言!
〔ねむ〕泣く
〔名無し〕ファンって建前で弱みでも握られてんじゃね?
〔名無し〕S級が無償でつくとか裏あるだろ
〔名無し〕↑陰謀論好きだな
〔名無し〕金で雇われてる説
〔通りすがり〕素直に受け取れない人多すぎ
最後まで。
その言葉が、なんでか胸に残った。喉の奥が、少しだけ熱くなる。炎上しても。国に睨まれても。隣にこの人がいる。それだけで、足がまた一歩、前に出た。
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深層を奥へ。空白のマスを、ひとつずつ。
俺は、相変わらずただ埋めてるだけだ。でも、その一歩一歩が、知らないうちに北の喉元へ近づいてた。
……まだ、ずっと先まで空白だ。
俺はその空白のほうへ進んでいった。




