第03話 天職なんで
ダンジョンの帰りに、俺はギルドへ寄る。
配信を切ったあとの俺は、ただの無口な男に戻る。受付の列に並んで、順番が来たら、拾った装備を台に出す。それだけのことが、毎回ちょっと、しんどい。
「……これ、買い取り、お願いします」
声が、小さい。さっきまで十数人に向かって喋っていたのと、同じ喉とは思えなかった。
「はい。そろぼっ……いえ、トールさん。いつもありがとうございます」
受付のミナさんが、伝票を受け取る。今、なにか言いかけて、飲み込んだ気がする。けど、ミナさんはいつもそうだ。気づいてても、踏み込んでこない。ギルドの人は、配信のことには触れない決まりらしい。だから、俺はここに来やすい。
台に出した中には、今日の隠し部屋の、あの指輪もある。ミナさんがそれを手に取って、目を丸くした。
「……これ、かなり良いものですよ。どこで?」
「……壁の、中です」
「壁ですか?」
言葉で説明するのは、早々にあきらめた。リングの地図を開いて、ミナさんに見えるように向ける。指で差す。
「……ここ、です」
ラーデンの奥から、記録にないほうへ、にゅっと伸びた通路。ミナさんが覗き込んで、それからゆっくり首をかしげた。
「……こんな道、ありましたっけ」
「今日、開けたので」
「開けた?」
あの坑道のこと、ちゃんと報告したほうがいいんだろうか。でも、報告とか聞き取りとか、考えただけでちょっと疲れる。まだ誰も知らないと思うし、困ってもないし。……そのうちで、いいか。
「……また今度、ちゃんと説明します。マッパーとして」
ミナさんは何か言いたそうだったけど、いつもの通り、踏み込んでこなかった。ありがたい。
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俺の稼ぎは、二つある。
ひとつは、こうやって拾った装備を売る路銀。もうひとつは、たまに売れる、地図だ。
ちなみに、配信は稼ぎになってない。投げ銭がたまにぽつぽつある程度で、機材代にもならない。じゃあなんでやってるのか、と言われると……記録用のためだったけど、今はもううまく言えない。ただ、あれがない生活は、もう考えられない。
マッパー。ダンジョンの地図を作る仕事。冒険者ギルドの、ちゃんとした公認職だ。ちゃんとしてるけど、人気はない。強い敵を倒すわけでも、財宝を持ち帰るわけでもない。ただ、歩いて、地図を描く。報酬も安い。だから、なり手がいない。
「マッパーのお仕事、今月の分になります。たくさんは売れてなくて……すみません」
ミナさんが、申し訳なさそうに、薄い封筒を寄越す。
「いえ。……埋めるのが、目的なんで」
売れなくても、いい。埋まれば、いい。
ただ、安いのは「マッパー」という職そのものの話だ。俺の地図は、たまに妙な高値で買われることがある。
「あ、そういえば。トールさんのメモ付き地図、この前、攻略パーティの人が指名で買っていきました。あのマッパーの図面なら間違いない、って」
「……それは、どうも」
「それでその方、『この図面の本人に、直接依頼はできないのか』とも聞いてきて。規定をお伝えしたら、いったん帰られたんですけど」
直接。俺に。……想像しただけで、ちょっと喉の奥が締まった。地図は、好きに使ってくれていい。でも俺自身は、勘弁してほしい。
地図は地図だ。埋まってるか、埋まってないか。それだけのことだと思う。
でも、自分が埋めたものが、ちゃんと地図として扱われてるなら。
それを誰かが信用してくれてるなら、それは、ちょっと嬉しい。
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マッパーになったのは、二年前だ。
登録に来たとき、受付にいたのも、ミナさんだった。
「マッパー登録、ですか?」
ミナさんは、ちょっと困った顔をした。
「珍しいですね。最近は、誰も……戦闘職のほうが、ずっと稼げますよ?」
「いえ。マッパーで」
「ええと、理由を聞いても?」
俺は少し考えて、言った。
「天職なんで」
ミナさんが、ぽかんとした。あんなに目を輝かせてマッパー志望に来た人間を、初めて見たんだと思う。
地図を埋めるのが、好きだ。歩いた分だけ、空白が減る。誰とも喋らなくていいし、埋めた分だけ、ちゃんと返ってくる。人と違って、地図は裏切らない。そういうのが大好きだから。
それを天職と呼ばずして、何が天職なのか。
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封筒を懐に入れて、ギルドを出る。
すれ違う冒険者は、誰も俺を気に留めない。当たり前だ。俺の配信には、顔を出してない。映るのは、声と地図と手元だけ。だから画面の向こうに何人いても、この街で俺を「そろぼっち」だと気づく人は、いない。
画面の中では、たぶん俺はほんのちょっとした人気者で。画面の外では、ただの無口な男だ。
……それで、いい。むしろ、そのほうがいい。
顔を知られたら、たぶんまた、喋れなくなる。
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帰り道、指のリングには、今日つないだ坑道の入り口がまだ薄く光っている。
明日は、あの真っ黒の続きを埋めにいく。左右に伸びてた、あの太い本線を。それを考えるだけで、ちょっと、楽しみだった。
……『本人に、直接依頼』。
ふと、さっきの言葉を思い出して、ちょっとだけ足が重くなる。ああいうのは、来ないでほしい。
稼ぎは安いし、友達もいない。
でも、天職に就いてて幸せだ。
俺は誰にともなくそう思って、家への道を歩いた。




