第27話 公開情報ってだけなんです
ウロボロス大迷宮深層に今日もトライしていた。存分に埋めまくった。外壁すらも果てがないくらい広いし、罠は見たこともないものばかり。古典的な大岩のつぶてが毒ガスをまとっていたり、石弓の矢がなんと石化させる魔力を持っていたり。基本的なものに見せかけて、油断すると命取りになるものばかりだ。
配信を締める。
「えーと、今日は罠のレパートリーがすごかったですね。ではこの辺で。見てくれて、どうも」
〔だんちょー〕おつー
〔ねむ〕今日もころぼ尊かった
〔名無し〕深層やばすぎ
〔通りすがり〕作業用のはずだったのに見入ってたわ
〔名無し〕おつおつ
配信を切る。
地上に戻って、ギルドに顔を出す。ついでに昨日見かけた門の傷について報告しよう。
……なんか、外まで、ざわついてた。
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扉を開けて、固まった。
ギルドの中が、人で埋まってた。それも、ただの人じゃない。
ソルナの紋章をつけた役人。見るからにお金のかかった、企業っぽい一団。受付の前で、みんなして押し合いへし合いしてる。
その真ん中で、ミナさんが揉みくちゃになってた。涙目だ。
「あっ、トー……そろぼっちさん! た、助——」
トールさん、と言いかけて。ミナさんは、とっさに俺のハンドルへ言い直した。
……そこまでして隠すってことは。この人たちは、俺の本名を知られたら、まずい相手なんだろうか。ミナさんの必死さで、なんとなく、そう思った。
「いたぞ!」
「ご本人だ」
ざっ、と全員がこっちを向いた。
……帰りたい。
なんか立派そうな面子が、よりによって全員俺に用事らしい。……いや、偶然じゃないのかもしれない。俺は顔も名前も出さないし、配信の外じゃまともに喋れない。普段はずっと深層にこもってる。こうして人前に出るのは、ギルドに立ち寄るくらい……そういう人たちが、この日を狙って張ってた。みたいな感じかもしれない。……ただの憶測だけど。
配信は切ったあとだ。ミナさん相手なら、ぽつぽつくらいは喋れる。でも、知らない大人がこれだけ集まると、駄目だ。喉に蓋がされたみたいに、声が出ない。
役人らしき男とその一団が、詰め寄ってくる。
「そろぼ……いや、トール殿。ソルナ政府として、正式にお話が」
「お待ちを。弊社が先にお約束を」
「マッパー職の管轄は国にある。お引き取り願おう」
「ご本人の同意が最優先のはずでは?」
俺を間に挟んで、言い合いが始まった。すごい剣幕だ。
声が出ない。何も言えない。ただ、突っ立ってるだけだ。手のひらに汗がにじむ。心臓だけがやたらとうるさくて、まわりの背が壁みたいにせり出してくる。逃げ場が、どんどん埋まっていく気がした。
……どうしよう。
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考えて。
俺は、ゴーグルに手をやって配信をつけた。
「……えーと。今、緊急で動画回してるというか……。俺、配信つけないと喋れないので。ちょっと力をください……」
なんとか声が出た。配信してると喋れる。いつもの俺になる。
画面の向こうで、コメントが、どっと噴き出した。
〔だんちょー〕は???ここどこ
〔ねむ〕ギルド?なんでこんな人いるの
〔名無し〕スーツの集団なに
〔名無し〕人口密度おかしくねwww
〔通りすがり〕そろぼっち配信つけないと喋れないとかいってたもんな
〔名無し〕配信を盾にするなwww
〔名無し〕受付のお姉さん揉みくちゃで草
役人も企業の人も、配信に気づいて、ちょっとだけ声を抑えた。さすがに、世界中に流れてるとなると。
企業の一団から、スーツの女の人がすっと前に出た。
「お久しぶりです、そろぼっちさん。先日の独占のお話、覚えていますか」
あの人だ。スポンサー契約を持ちかけてきた、仕事ができそうなお姉さん。
「……あの、お断りさせていただいた件ですかね?」
「ええ。あれは取り下げます。——あなたを囲うのは、やめました」
〔名無し〕誰あの人
〔だんちょー〕企業の偉い人っぽい
〔ねむ〕独占断られたのに笑顔こわい
〔通りすがり〕なんか含みある
「方針を変えたんです。あなたのやり方に、こちらが合わせることにしました」
「……それ、儲かるんですか」
「いいえ。今は、ぜんぜん」
きっぱり言われた。なのに楽しそうだった。よく分からない人だ。
〔だんちょー〕きっぱりwww
〔名無し〕儲からないのに方針転換?
〔ねむ〕この人だけ別の絵を見てる感じ
「ギルドとソルナの間で取り決めがある。彼はギルド所属のマッパーなのだろう。ならばこちらが優先されるはずだ」
「あら、彼はわたくしどものプラットフォームで配信する配信者の一人です。個人が挙げた成果を国が巻き上げると仰るので?」
役人と企業の人が、また言い合いを始めようとした。
その時。
ふっと、空気が変わった。
壁際に、いつのまにか、もう一人立ってた。黒っぽい外套の、知らない男。笑ってない。目だけが、こっちを測ってた。
言い合ってた二人が、口をつぐむ。
〔名無し〕急に静かになった
〔ねむ〕なんか怖い人いる
〔通りすがり〕空気変わったな
男は、配信中の俺を、ちらっと見た。ゴーグルのカメラのことも、その向こうの何万の目のことも、ぜんぶ承知の上で——それでも眉ひとつ動かさない。むしろ、こんな衆目のある場に自分が映ることを、鬱陶しがってる目だった。
それから、ほんの少しだけ、口の端を上げた。
「……話は、正式な場で。カメラのないところで、な」
名乗りもしない。役人にも企業の人にも、目もくれない。誰なのか、どこの誰なのか。何ひとつ明かさないまま、それだけ言って、男は人混みに紛れて消えた。
配信を、嫌ったみたいだった。
〔だんちょー〕カメラのないところでとか怖すぎ
〔名無し〕誰だあいつ、名前も言わずに消えた
〔ねむ〕あの人だけ、空気が違った
〔通りすがり〕配信つけといてよかったやつでは
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その隙に、俺は、ミナさんを人混みから引っぱり出した。
まだ何か言いたそうな立派そうな人たちに、地図を見せて頭を下げた。
「あの。俺、ほんとに地図を埋めたいだけなんで。……こんなに人が来るってことは、俺の地図、価値あるものなんですかね。よく分かんないですけどなんとなく、分かりました。話は、ちゃんと聞きます。書面をいただければ、落ち着いて確認できるので……そうしてもらえませんか」
〔名無し〕今さら価値に気づくなwww
〔だんちょー〕国と企業まとめて「書面で」あしらったぞ今
〔名無し〕草
〔ねむ〕今日はいつもの十倍疲れてそう
〔通りすがり〕大物の扱いが雑で最高
〔名無し〕国も企業も謎の人も全部「また今度」で草
〔名無し〕配信を盾にしたの伝説だろ
〔名無し〕そろぼっち世界一忙しいぼっち
〔名無し〕同接えぐいことになってる
ギルドの裏口から、こっそり出た。
外は、いつも通りの夕方だった。
「……えーと。今日は、こんなところで。バタバタして、すいません。また、ゆっくり埋めます」
配信を締める。
国の役所。企業のスーツの人。北の知らない男。
みんなして、俺の地図をほしがってる。
……みんなして、地図ほしがるなあ。
声に出すと、ちょっとおかしかった。
俺は、ただ埋めたいだけなのに。
と、荷の中のころぼがンキュ、と鳴いた。
……あ。
こいつ、コモルに帰してない。深層から、そのまま連れてきちゃった。
「……やべ」
俺は、ゴーグルにまた手をやった。配信をつけ直す。
「えーと、すいません。こいつ、住みかに戻してから帰るので。このまま連れてったら俺、密輸犯になっちゃうし色んなものに違反するので。速やかに行きます。……もうちょっとだけ、いいですか」
〔だんちょー〕結局また配信つけてて草
〔名無し〕放送事故じゃねえかwww
〔ねむ〕ころぼまだいたの!?かわいい
〔名無し〕密航犯の護送はじまった
〔通りすがり〕今日の主役ころぼだろ
〔名無し〕そろぼっち配信ないと生きていけない説
荷から、ころぼがぴょこっと顔を出した。
「ンキュ!」
「イェイ! みたいなこと言うんじゃないよ」
〔ねむ〕ころぼご機嫌で草
〔だんちょー〕送還されるのにノリノリなのかわいい
〔通りすがり〕いい最終回だった(最終回ではない)
まったく。
俺は、コモルのほうへ歩き出した。




