第26話 番人には、どいてもらえないんで
# 第26話 番人には、どいてもらえないんで
朝、家を出て、街のギルドの脇まで歩く。不動門を、くぐる。
一歩で、中層十九層。
……通勤時間、体感で十秒。
「はいどーも、そろぼっちでーす。今日も深層、潜っていきまーす。……この門、ほんとに便利ですね。設置した俺が言うのもあれですけど」
〔だんちょー〕自画自賛で草
〔ねむ〕世界一贅沢な通勤
〔名無し〕19層が最寄り駅の男
不動門にいたころぼが、ンキュ、と鳴いた。今日も、当然のように付いてきてる。
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縦穴の縁。降りる前に、やることがある。
そっと覗くと、底で、あの巨体がこっちに気づいた。アイアンゴーレム。深層の番人。肩が、ぐ、と鳴る。
すっと顔を引っ込めた。一拍おいて、岩弾が縁をかすめて、天井で砕けた。
「……はい。今日も、撃たれました」
〔だんちょー〕日課みたいに言うな
〔名無し〕挨拶(岩弾)
〔ぽん酢〕射線は把握したか。降りる筋、間違えるなよ
「はい。それなんですけど」
地図を出した。縦穴の断面。降りるルートと、番人の位置。
「あの番人、どいてもらえないんですよ。近づけないし、話も聞いてくれない。おまけに、撃ってくる。……なので、考えました。壁を使って、どいてきてもらいます」
〔だんちょー〕どういうこと??
〔ねむ〕日本語が新しい
「深層の変動、ずっと回ってるんで。じきにでかい壁が一枚、あいつと縦穴のあいだに割り込みます。射線が、切れる。その十数秒で、降ります」
目を閉じて、変動の癖を数える。……来る。
「今です」
ロープを蹴って、一気に降りた。落ちるあいだ、息を止める。途中、視界の端で、壁がぐうっとせり出してくる。番人の姿が、岩の向こうに隠れた。
着地の衝撃が膝から腹に抜けた。すぐ、壁の陰へ転がり込む。
一拍遅れて、ごんごん、と鈍い音がした。せり出した壁の向こう側に、岩弾がめり込んでる音だ。背中越しに、その振動が伝わってくる。
〔だんちょー〕壁が盾になった!?
〔名無し〕変動を遮蔽物にするの頭おかしい(褒めてる)
〔ねむ〕心臓に悪いよぉ
「はい、深層二十層です。……番人さん、また帰りに。どうも」
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二十層は、この前の連中のホームだった。
歩き出して、すぐ。暗がりから、爪音。シャドウハウンドの群れだ。境界で会った時より、数が多い。ここが、巣なんだろう。
「はいはい、地元の皆さんすみません。通るだけなんで」
ゴンッ! ズゴンッ!
来た順に、いなす。ただ、中層と勝手が違う。踏んでる床が途中で動く。壁だったところが開く。地形ごと回る。
いなしながら、埋める。埋めたそばから、崩れる。崩れた分を、また埋める。
……忙しい。最高に。
〔名無し〕戦闘と作業と変動が同時進行してる
〔だんちょー〕処理落ちしそうな絵面
〔ねむ〕本人はいつもの声なのが逆にこわい
ガーゴイルもいた。壁から生えかけたやつが、生えきる前に壁ごとぐるんと回されて、どこかへ運ばれていった。
「あ。……回されてった」
〔だんちょー〕ガーゴイル(配送中)
〔名無し〕深層、ガーゴイルにも厳しいwwww
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ふっと、青白い灯りが寄ってきた。
ウィスプだ。ひとつ、ふたつ。俺のライトの周りに、ゆらゆら集まってくる。
「あ、どうも。……この層にも、いるんですね」
〔ねむ〕ウィスプちゃん!元気でよかった…
〔名無し〕たぶん別個体だぞ
〔だんちょー〕夢を壊すな
別個体かどうかは、分からない。ただ、ひとつだけ、言っておくことがある。
「あんまり、俺の周りにいないほうがいいですよ。俺、たまに撃たれるんで。……ほどほどの距離で、お願いします」
灯りは、聞いてるのか、いないのか。少しだけ離れて、天井の近くで揺れはじめた。ちょうど、俺の手元が見やすい高さだ。
……聞いて、くれたのかもしれない。
〔ねむ〕ちゃんと避難してるの賢い
〔だんちょー〕鬼火と車間距離の交渉に成功した男
〔通りすがり〕この配信、生態記録としても一級では
ころぼが、荷の上から、ウィスプをじっと見てた。ンキュ、と一声。灯りが、ゆらっと揺れて返した。
何の会話かは、分からない。
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その日は、二十層の三割を埋めて、切り上げた。分かったことは、層を巻き込んでの変動であっても、最も外側の壁は変わらないということだった。これは大きな収穫だ。
帰りの縦穴も、壁の割り込みに合わせて、一気に登る。背中で、岩弾が二発、壁に沈んだ。
「はい。今日はここまで。……明日は埋めたあとに、報酬の手続きでギルドへ」
〔だんちょー〕おつかれ!
〔ねむ〕番人さん、また明日
門をくぐって、一歩で、街。
夕方の光が、まぶしかった。深層と地上が、一歩でつながってる。まだ、ちょっと変な感じだ。
埋めたそばから崩れる地図と、崩れない通勤路。
……どっちも、悪くない。
——ん?
しみじみとマッパーとしての幸福に浸っていたが、目が引っかかった。門の脇の岩に、見慣れない刻み目がある。白くて小さいのが、等間隔に三つ。落書きって感じじゃない。どっちかというと、測量の印みたいな。指でなぞると、まだ新しい。
誰かが、この門の場所を測ってる?
うなじのあたりが、ひやりとした。
……まあ、目立つしな、この門。
帰り道、ギルドの前がいつもより騒がしいのを、遠目に見た。




