第22話 埋まってないとこ、まだ奥に
ウロボロスの十九層。最後の一マスを、埋めた。
ゴーグルの地図が、ぽう、と淡く光る。中層、ぜんぶ埋まった。
〔だんちょー〕中層コンプ!?
〔ねむ〕変動する層を埋め切るって何
〔名無し〕は????
〔名無し〕世界初では
〔名無し〕www
〔通りすがり〕変動を読み切る人類
「あー、なんかすごいことになってますけど」
いつも通り、配信向けの朗らかな声。説明、苦手なんだけど。
「この層の変動、だまし船みたいなもんで」
〔名無し〕だまし船?
〔だんちょー〕折り紙の?
「そうそう。持ってるとこは、そのまま。なのに、ぱたぱたやられると。開いたら、船首と帆が入れ替わってる。あれ」
画面に、地図を出す。さっき通った部屋に、印をつけて。
「ここの変動も、同じで。部屋とか通路が、いつのまにか入れ替わる。さっきいた場所が、別の場所に化ける。だから、みんな迷う」
地図の上で、二つの部屋を、指でなぞる。
「でも、よく見ると。部屋の数も壁の広さも、変わってないんです。増えも減りもしてない。ただ、入れ替わってるだけ」
へえ、と自分でも思う。最初は、ただ崩れてるだけに見えた。でも、何周も埋めてたら、気づいた。
「でたらめに見えて、ちゃんと決まった変わり方をしてる。法則が、あるんですよ。それさえ覚えれば、今どこにいるか分かる」
〔名無し〕なるほど(わかってない)
〔ねむ〕分かったような分からんような
〔名無し〕だまし船は分かった
〔名無し〕つまりどういうこと
〔通りすがり〕とりあえずすごいのは伝わった
〔だんちょー〕この人さらっと世界の謎解いてない?
「数えたら、一層につき五パターンでした。層ごとに、ばらばらに切り替わるんで。一パターンで地図一枚。十層で、ぜんぶ五十枚です」
〔だんちょー〕五十枚!?
〔名無し〕層ごと独立なら全体の組み合わせ5の10乗じゃん
〔名無し〕↑約977万通りで草
〔ねむ〕一周でも命がけの場所を五十周した男
〔名無し〕コンプの意味が重すぎる
〔通りすがり〕重みが違う
「全体の形で数えると、そうなりますね。でも、一層ずつ見れば五個なんで。分けて覚えれば、いけます」
言ってから、ちょっと考えて、付け足した。
「中層、全部でふた月くらいかかりましたかね。最初の三週くらいは、解読で。どの層がいつ、どの形になるか。それが読めてからは、サクサクでしたね。一日一枚、多い日は二枚」
〔だんちょー〕サクサク(一日一枚)
〔名無し〕解読に三週間かけるのが凄いんよ
〔ねむ〕先回りして埋めてたのか…
〔通りすがり〕攻略勢が泣くぞこれ
ここまで、いろいろあった。
ランクを上げた(パーティは、いまだに苦手だ)。スポンサーを断った。ぽん酢さんの正体を知った。明るい大手が、目の前で死んで、また生きた。北の誰かに、見られてるらしい。
好きにやってるだけじゃ、難しくなってきた。何度も、そう思った。
でも。
俺は、まだ埋めてる。
やり方は、変えてない。
一人で、黙々と。ちょっとだけ、地図を見せて、信じてもらって。たまに、隣を誰かが歩く。
それで、ここまで来れたんだ。
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十九層のいちばん奥。そこにでかい縦穴があった。
底が見えない。風が下から、吹き上げてくる。冷たくて、重い風だ。
ゴーグルの地図は、その先を空白のままにしてた。誰も、埋めてない。たぶん、誰も行ったことがない。
ここより、ずっと変動が激しいに違いない。もっと、広くて。もっと、危なくて。もっと、空白。
……うわ。
埋めるとこ、まだこんなにある。
胸の奥が、ぞくっとした。怖いんじゃなくて、たぶんこれは楽しみってやつだ。
〔ぽん酢〕その下は、危険領域だ。気をつけろよ
〔だんちょー〕急にシリアス
〔ねむ〕でも行くんでしょそろぼっち
深いほど、地図は価値が上がる。深いほど、欲しがる人が増える。ぽん酢さんの言ってたことが、たぶんここから本当になる。
でも、俺の見てるのは、そこじゃない。
俺は縁に腹ばいになって、下を覗き込んだ。ゴーグルの倍率を、上げる。
暗がりの奥で、壁が動いてた。
「ちょっとだけ、ここから観察します。下の変動が、ここのあたりと同じ法則かどうか。……ここ、大事なとこなんで」
判別した五パターンを、頭の中で下の壁に当てはめていく。
一番。違う。二番。違う。三番も、四番も、五番も——どれでもない。
切り替わる間隔も、おかしい。中層は一時間に数回くらいだ。下は、見てるあいだに、もう三回動いた。
……慎重に、いこう。こういうのは、急ぐと読み間違える。
〔だんちょー〕地味な絵面が続いております
〔ねむ〕この集中モードすき
——で。
さっきから、うるさい。
縦穴の壁を、爪音が登ってくる。黒い犬の群れ。シャドウハウンドだ。深層の魔物が、境界を越えて湧いてくる。
「すみません、いま忙しいんで」
右から跳んできた一匹を、見ないで手の甲で薙ぐ。手応えと鈍い音がして飛んでいった。数を数えるのに忙しい。
壁がぐにゃりと動いて、岩の出っ張りが、剥がれて起き上がった。翼のある岩。ガーゴイルだ。変動のたびに、壁から生えてくるらしい。きりがない。
「そこ、生えたてのとこ悪いんですけど」
ゴンッ、ゴスッ。
左のハウンド、上のガーゴイル。順番にいなす。目線は、ずっと縦穴の底だ。
〔だんちょー〕おい、片手間で何してんの
〔名無し〕分析しながら魔物捌いてるんだが
〔ねむ〕戦闘RTA(ながら作業)
〔名無し〕手元と目線が別の生き物
〔通りすがり〕本場の戦闘RTAだ
一人だと、冴えるんだ。こういう時だけは。どこから来るかは、音で分かる。地形は、全部頭に入ってる。だから、見なくていい。
ふっと、視界の端に青白い灯りが浮いた。
ゆらゆら。音もなく、ひとつ。ふたつ。みっつ。
手が、止まった。
「うお……。ウィルオフィプス」
〔だんちょー〕ウィスプな
〔名無し〕嚙んだ
「あ、はい。それ。……鬼火とも精霊とも言われてます。敵意があるタイプと、ないのがいるんですけど」
じっと、見る。灯りは、俺の周りをゆっくり回ってる。近い。熱はない。こいつの敵意の有無は、観察しないと分からない。
「……どっちかな。敵意があるタイプなら、逃げます」
〔ねむ〕逃げの選択肢が出た!?
〔だんちょー〕この人が逃げるって言うの初めて聞いたぞ
〔名無し〕急に緊張してきた
チャットが、しんとした。俺も動かない。手だけが、横から来たハウンドを勝手に薙いだ。頭は止まってても、手は止まらないらしい。
灯りがすうっと寄ってきた。ゴーグルのライトの前で、ゆらゆら揺れる。
……うん。
「……敵意、ないやつでした。これ、ゴーグルのライトの明かりに集まってるだけですね。虫みたいなもんか」
〔だんちょー〕鬼火(虫扱い)
〔ねむ〕よかったぁ…
〔名無し〕緊張返せwww
ウィスプたちは、そのまま俺の周りに居ついた。おかげで、縦穴の下のほうまで、ぼんやり照らされてる。
「……見やすくなった。ありがとうございます」
〔通りすがり〕鬼火にお礼を言うな
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観察、終わり。結論は出た。
「下の変動、中層の法則が一個も通じませんでした。同じ法則で動いてるのは、十層から十九層まで。この縦穴から下は——別のルールです」
〔だんちょー〕中層の定義が今きっちり確定した
〔ねむ〕考察班、メモれ
〔名無し〕別のルールってなんだよこわい
その時だった。
ウィスプの明かりの先。縦穴の底に、でかい影が見えた。岩と鉄の混ざったみたいな巨体が、じっと、こっちを見上げてる。ロックゴーレムの比じゃない。
巨体の肩が、ぐ、と鳴った。
——嫌な音。
俺は、考えるより先に、縁から飛び退いた。
直後。さっきまで顔があった場所を、岩の弾丸が、まっすぐ突き抜けていった。ごう、と風が来る。
軌道の上にいたウィスプが、ふつっ、と掻き消えた。二つ、まとめて。風圧だけで、だ。火の粉も、残らなかった。
弾は天井に当たって、砕けた破片が、ぱらぱら降ってきた。あたりが、一段暗くなる。
〔名無し〕アイアンゴーレム!?
〔だんちょー〕今の撃ってきたぞ!?
〔名無し〕逃げてよかった…
〔ねむ〕ウィスプちゃん……
〔通りすがり〕覗いただけで狙撃される階層
「……めちゃくちゃ、怒られました」
残ったウィスプたちが、天井の高いところへ、すうっと逃げていった。賢い。
そっと、もう一回だけ覗く。巨体は、追ってこない。登っても、こない。ただ、底からこっちに照準を合わせたまま、動かない。
あれは、どかせない。手の甲じゃ、たぶん俺の骨が先に折れる。
……番人、ってやつか。境界から先は、覗くのも有料らしい。あそこから下は、格が違う。
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俺は、縁から二歩ぶん離れて、あらためて縦穴を見た。
下は、真っ黒。底なしの空白。
……埋まってないとこ、まだ奥にある。
行きたい。今すぐにでも。
息を静かに吐いて、足を止めた。
深層は、ここよりずっと危ない。いつもの装備にわずかな補給じゃ、たぶんもたない。
この世界に、蘇生はない。無理して降りて、帰れなくなったら。地図は、誰にも残らない。
ちょうど、中層も埋まった。区切りとしては、悪くない。
……そういえば。下へ続く道は、この番人の縦穴だけじゃない。埋め切った中層の地図に、ひとつだけ片道のピットがある。落ちたら戻れない一方通行の罠だ。マスは埋めたが、その下は空白のまま。片道で降りたら別の出入り口がなければ戻れないし、丸腰で飛び込むには下が物騒すぎる。……あそこも、いつか埋めに来なきゃな。
「……今日は、ここまでにしときます」
縦穴に、背を向けた。
「さすがに、このまま降りるのは無謀なんで。ちゃんと装備揃えて、補給も積んで。それから、改めて降ります」
〔だんちょー〕おっナイス慎重
〔ねむ〕無理しないの偉い
〔ぽん酢〕それでいい
〔名無し〕生きて帰ってからが本番
〔通りすがり〕次回、深層編か
引き返す前に、消えた二つの、ウィスプがいた場所を見た。死体はない。灯りだった連中だから、何も残らない。
魔物に手を合わせたことはない。魔物は、どいてもらう相手だ。悼む相手じゃ、なかった。
でも。さっきまで、そこにいたのが、消えた。敵意もなくて、勝手に照明までやってくれてたし。
なんとなく、いた場所に軽く頭を下げた。それくらいは、いいだろう。
深層に行っても変わらない。たぶん、これからも。一人で、埋めるだけ。
でも、気づけば——一人で始めた配信に、こんなに人がいる。
待ってろ空白。ぜんぶ埋めに来るから。




