第21話 北の人たちが見てる
ウロボロス大迷宮。十八層、激しい変動域のちょっと手前。
崩れ方の癖も、だいぶ読めてきた。今日は、いつもより奥まで行ける。
歩いてると、後ろに気配がひとつ。振り返らなくても、分かる。
「……ぽん酢さん?」
「よォ。気が向いた。隣、いいか」
「はい。どうぞ」
ぽん酢さんが、隣に並ぶ。文字じゃなくて、生身のほうだ。
不思議と、頭はぎゅうぎゅうにならない。一人と、変わらない。二人でも、この人とならいけるらしい。
〔だんちょー〕ロウさん降臨!?
〔ねむ〕例のタッグだ
〔名無し〕は????
〔名無し〕うおおお
〔名無し〕生で見れるの貴重
〔名無し〕これ実質コラボじゃね?
〔名無し〕コラボ!?
〔通りすがり〕罠師つき攻略、最強では
〔名無し〕www
〔名無し〕勝ち確やん
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しばらく歩くと、ぽん酢さんがぴたっと足を止めた。
「止まれ。来る」
言われた瞬間、目の前の壁が、ぐにゃりと書き換わった。変動だ。開いた隙間から——黒い影が、飛び出してきた。
四つ足の、痩せた獣だ。表面が、まわりの岩肌とおなじ色にぬめっていて、止まってると壁と見分けがつかない。やたら速い。爪が、床を削る音。
とっさに、横へ跳ぶ。爪が、さっきまで俺がいた場所を、抉った。
跳んだ先の壁も、ぐにゃりと動く。そこから、二匹目。さらに、背後の壁からも一匹。数が、分からない。ぜんぶ、同じ黒い獣だ。壁から湧いて、壁に沈んで、また別の壁から顔を出す。
〔だんちょー〕でた!?
〔名無し〕はやっ
〔ねむ〕にげて
〔名無し〕やばいやばいやばい
〔名無し〕は????
〔通りすがり〕囲まれてる!?
〔名無し〕死んだんでは?
逃げよう、と思った。いつもみたいに、避けて、抜ければいい。
でも、駄目だった。
一匹をかわすと、その逃げ道の先の壁が、もう書き換わってる。そこに、次の一匹が待ってる。まるで、示し合わせたみたいに。一匹が俺を追い立てて、別の一匹が先回りする。群れで、獲物を挟んでくる。どっちに逃げても、回り込まれる。
「そろぼっち。逃げるのは無理だ。シフターだ。しかも、群れてやがる」
「シフター……?」
「変動に紛れて、壁の中を渡り歩く獣さ。厄介なのは、こいつら群れで狩ることだ。一匹が追い立てて、残りが先回りする。逃げ道を、先に塞がれる。追う相手じゃない。囲んで、追い詰めてくる相手だ」
「……ですよね」
初めてかもしれない。どいてもらう、が通じない相手。
やるしか、ない。
ぽん酢さんが、低く言った。
「いいか。変動を読めるのは、この世でお前だけだ。俺にも、こいつらの連携までは追えん」
「え。じゃあ、俺が」
「読め。どの壁が開くか、どこに出るか。……避けるんじゃなく、そこへ叩き込め」
「でも。俺、戦うのなんて」
「同じだ。罠を避けるのと。読んで、そこに身体を置くだけ。隙は、俺が作る」
「……はい」
息を、吸う。
ゴーグルの地図に、意識を沈める。変動の継ぎ目。崩れの癖。あいつらが、次にどこから来るか。……つかめる。
「右。来る」
自分で読んで、自分で動く。右へ半歩、爪をかいくぐる。ぽん酢さんが横から踏み込んで、シフターの意識を逸らす。その隙に、手の甲でシフターの横っ面をひっぱたく。重い手応え。でも、追い払った程度のダメージみたいだ。
「下。床が、抜けるぞ」
ぽん酢さんのアシスト。さっきまでの足場が、ごっそり落ちた。あのまま踏ん張ってたら、落ちてた。
群れが、また壁の中へ散る。書き換わる壁の、向こうへ。
でも、もう見えてる。こいつらの狩りには、順番がある。追い立てて、先回りして、最後に仕留め役が正面から来る。その仕留め役が、次にどの壁から出るか。……分かる。地図が、教えてくれる。
「左の壁。三秒後、そこが開きます」
俺は、左の壁に向き直って、構えた。
三、二、一秒。壁が、ぐにゃりと開く。
飛び出してきた、仕留め役の顎先に——渾身の一発を、叩き込んだ。
ぐしゃ、と骨の音。そいつが吹っ飛んで、壁にめり込んだ。動かない。
残りの気配が、びくっと止まった。
狩りのかなめが崩れたのだろう。連携がほどける。
一匹、また一匹。黒い影が、壁の中へ、するすると引いていった。もう、出てこない。
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……勝った。
肩で、息をする。手の甲が、じんじん痛い。久しぶりに、ちゃんと戦った。
〔だんちょー〕勝ったああああ
〔名無し〕心臓に悪い
〔名無し〕ひいいいいwwww(情緒不安定)
〔ねむ〕二人の連携やばすぎた
〔名無し〕そろぼっち手から血出てない?
〔通りすがり〕罠師つき、伊達じゃなかった
〔名無し〕ロウさんガチカッケェ
「……やるじゃないか」
「ぽん酢さんが、アシストしながら隙を作ってくれたおかげです」
「ばか言え。読んで、当てたのはあんただ。……そのお前の目は、地図を描くだけのもんじゃない。使い方次第で、武器になる」
武器。……よく、分からない。でも。
一人だと、避けるしかない。でも、隣に誰かがいて、読んだものを信じて振れたら——避けられない相手も倒せる。
それを、この人が、教えてくれた。
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いつも通り、埋めていく。ぽん酢さんは、ほとんど喋らない。たまに「右、抜けるぞ」って、罠だけ言う。それが、ちょうどいい。
チャットは、今日も賑やかだった。
でも、途中から、質問の毛色が変わってきた。
〔名無し〕二人の掛け合いすき
〔_____〕そこの広間、何人くらい籠れます?
〔名無し〕ロウさん無口でかっこいい
〔_____〕補給ってどこで取れますか。水源とか
〔_____〕上の階層に抜ける隘路、他にもあります?
〔名無し〕↑さっきから質問多いなこの人ら
〔_____〕ここ、大人数で通れる幅ありますか
〔だんちょー〕なんか毛色違くない?
〔ねむ〕攻略っぽいけど攻略じゃない感じ
〔通りすがり〕言葉が少し硬いというか
〔名無し〕www
……なんか、変だ。
いつもの攻略の質問とは、何かが違う。広間に何人籠れるか、とか。補給がどこか、とか。ダンジョン攻略に必要な情報ではあるんだけど。
何て答えよう。一瞬、口ごもった。
その時。
隣のぽん酢さんが、すっと手を上げた。喉のあたりを、指で横に払う。たぶん音声を切れ、の合図だ。
俺は、配信のマイクをミュートにした。映像は、そのまま。音だけ、切る。
〔だんちょー〕あれ音切れた?
〔名無し〕ミュート?
〔名無し〕草
〔名無し〕きこえん
〔ねむ〕急にミュート
〔名無し〕なになに
〔名無し〕内緒話やめろwww
〔名無し〕おーい
〔通りすがり〕ぽん酢さんと何話してんだ
〔名無し〕↑きになる
〔名無し〕www
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「……どうしました?」
「あの質問、ダンジョン攻略者のじゃない」
ぽん酢さんが、低い声で言った。
「広間の収容人数。補給。水源。隘路の数。——軍が攻め込む時に、いちばん先に知りたがるやつだ」
軍。
ぴんとこない。でも、ぽん酢さんの目は、いつもよりずっと真剣だった。
「あんたの地図はな。タダで、完璧で、毎日更新される。ダンジョン攻略勢には、ありがたい。だが——国と国の力学でみたら別側面を持つ。ウロボロス大迷宮は国を跨いでるのは知っているな?」
「それは、はい。ダンジョンでの管理エリアとか責任範囲みたいなのは、ギルドや国同士で取り決めがあるって、聞いてます」
軽く、頷きが返ってきた。
「善良に考えれば、ダンジョンは中立で国としては非武装地帯とも取れる。だが、侵攻計画を立てるところもある」
「侵攻……」
「北だ。ノルド。寒くて、軍隊がやたら強い国。ここんとこ、あんたの配信、北からの客がやけに多い。俺の勘だと、もう目をつけられてる」
声が、さらに低くなる。
「北がこの手のことに動く時ゃ、決まって軍務卿のハーゲンって男が裏で糸を引く。政治も工作も握ってる、北のいちばん厄介な親玉だ。そんで、実際に戦場へ出てくるのが切り込みのヴァルグ。……どっちも、正面からやり合いたかない相手さ」
少し、間があった。
「ハーゲンってのはな。若い頃は、地図を読ませりゃ北で右に出る者がいねえって言われた、生粋の戦術家だ。自分の引いた線で軍を勝たせてきた男さ。……そういう手合いだからこそ、あんたの地図の値打ちが、誰よりも分かる。分かるからこそ、たぶん、いちばん我慢ならねえのさ。素人が、タダで、自分の一生ぶんを軽々と超えていくのがな」
軍務卿。ハーゲン。ヴァルグ。軍。北。侵攻。
どれも、俺の頭の中の地図には載ってない言葉だ。
「……ええと、俺、どうすれば」
「答えるな、とは言わない。あんたの配信だし、あんたの地図だ。好きにすりゃいい」
それから、少し考えて付け足した。
「でも、数字はぼかしとけ。『広いですよ』『水はありますよ』くらいで。正確な数は、言うな」
なるほど、と思った。それくらいなら、できる。
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マイクを、戻す。
「すみません、ちょっと音切れてました。えーと、その辺は……まあ広いですし、水もありますよ。ダンジョン攻略をする分には、困らないと思います」
〔だんちょー〕急に説明ふわっとした
〔名無し〕wwww
〔名無し〕さっきまで具体的だったのに
〔名無し〕なんかあったろ今
〔通りすがり〕ぽん酢さんに何か言われたな?
〔名無し〕草
〔名無し〕てかさっきの硬い質問の人たち、急に静かになった?
〔名無し〕↑たしかに
ぽん酢さんが、また歩き出しながら、ぽつりと言った。
「ま、覚えとけ。あんたが埋めれば埋めるほど、でかい話になる。隣にいる時は、後ろも見とくよ」
「はい。ありがとうございます」
俺は、ただ埋めたいだけだ。誰が見ようが、それは変わらない。
ただ、ぽん酢さんが気にしてるから。数字だけ、ちょっとぼかす。それくらいはできる。
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その日の配信のあと。ギルドに寄った。
ミナさんが、なんだか言いにくそうにしてた。
「トールさん。あの……最近、トールさんの地図のことで、問い合わせが増えてて」
「問い合わせ?」
「ええ。……うちのギルドだけじゃなくて。国の、機関みたいなところからも。それも、ソルナだけじゃなくて」
ソルナだけじゃない。
ソルナは、俺の国だ。うちの国の外からも来てるってことは——つまり、北。ノルド。ぽん酢さんの言ってた、あれか。
でも、俺は頷いて、それだけだった。
「ありがとうございます。でも、俺は、埋めるだけなんで。何かあったら、また教えてください」
ミナさんは、ちょっと心配そうに頷いた。
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外に出る。空はいつも通りだった。
誰かが、俺の地図を見てる。国が動いてるのかもしれない。
でも、それより。
明日埋めにいく、あのマスのことを考えてた。
……まだ、ずっと先まで埋まってないんだよな。




