第19話 今日はのんびり回
今日は、のんびり回にした。
ウロボロス大迷宮ではなく、コモル旧坑道のはじっこ。外周の、まだ埋まってない細かいマスを、ちまちま拾っていく。
当然だけどコモルのマップは固定だ。埋めた分がずっと地図に残る。ウロボロスのあとだと、それがやけにありがたい。
だんちょーが言うところの、養生施設。何も起きない、ただの作業配信。これが、いちばん落ち着く。
……はずだった。
配信をつけて、気づく。
視聴者数が、いつもと桁が違う。
始めた頃は、十人ちょっとだった。それが、いつのまにか百ちょい。今日は、もう千に迫る勢いだ。
〔名無し〕生還のロウの人だ
〔名無し〕ワンモアの死体見つけた配信者ってここ?
〔名無し〕どこどこ
〔通りすがり〕今日はウロボロス行かないの?
〔名無し〕コモル? なんでこんな端っこ?
〔名無し〕は?
〔名無し〕ロウさんとのコラボまだ?
〔名無し〕初見です、何が面白いのこれ
〔名無し〕↑同じく
なんか、すごい速さでコメントが流れていく。
知らない名前ばっかりだ。みんな、ウロボロスの話とか、ロウさんの話をしてる。コモルの端っこの細かいマスには、誰も興味がなさそうだった。
人が増えるのは、悪いことじゃない。投げ銭も増えてるし、地図も前より見てもらえてるだろう。
でも。
なんか、昔と違う。
前は、もっと静かだった。
コボルトに「ごめんね」って言いながら薙ぎ払って。ねむさんが「寝ます」って言って。だんちょーが、しょうもないツッコミ入れて。たまにぽん酢さんがアドバイスくれて。あとは名無しさんと通りすがりさんがいて……。それくらいの配信だった。
画面の向こうに、顔の見えない何人かがいて。その、ちょうどいい距離が心地よかった。
今は人が多すぎて、誰がいるのか、分からない。
〔名無し〕この人顔出しNGなんだ、逆に気になる
〔名無し〕声若いよね、特定とかされてないの?
〔通りすがり〕中の人どんな感じなんやろ
……あ。
ちょっと、ひやっとした。
顔も名前も出してない。それが、俺の唯一の安心だった。声だけで、画面の手元だけで、いられること。
それを、めくろうとする声が混じり始めてる。
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「どーも。今日はのんびり配信になります。地味な絵が続きますので、作業用にでもしてください」
手元の、マッピングを続ける。壁を叩いて埋めて。
でも、いつものリズムにならない。
なんでだろう。前より、ずっと人がいるからか、全然集中できてない。
その時。
チャットの、速い流れの中に。見慣れた名前が、あった。
〔ねむ〕今日ものんびりでいいね
〔ねむ〕この細かいマス埋め、好きなんよ
〔ねむ〕作業音でうたたねします、おやすみ
ねむさんだ。
いつも通り。何も変わってない。ウロボロス大迷宮とか、ロウさんとか、ワンモアさんのことも関係なく。ただ、いつものマス埋めを、いつも通り見て。いつも通り、寝落ちしようとしてる。
〔だんちょー〕new多いから一応言っとくか
〔だんちょー〕ここはマス埋めをぼーっと眺める養生施設です
〔だんちょー〕攻略とか刺激が欲しい人は別の配信どうぞ
〔ねむ〕↑これこれ
〔名無しがWatching〕なるほど、こういうノリか
〔通りすがり〕……たしかに、なんか落ち着くなこれ
あ、と思った。
そうだ。増えたって、減ったって。ねむさんは、ねむさんだ。だんちょーは、だんちょーだ。
俺の心地いい距離で、ずっと見てる人は。ちゃんと、まだそこにいる。
新しい人が、増えたぶん。きっと、その中にも。いつか、ねむさんみたいになる人が、いる。
それで、いいんだ。
全員と、仲良くしたり楽しませたりする必要はない。俺は、そういうのできないし。ただ、いつも通り埋めてるだけで。見たい人が、見たいように見てくれたら。それで、十分だ。
「はい。じゃ、のんびり続けますね」
壁を、こんこん、と叩く。
「あ、これ。何してるかっていうと、音の確認です。叩いて、響きで分かるんですよ。見落とした隠し部屋とか、まだ触ってないギミックとか。たまに、あるんで」
新しい人にも分かるように、ぽつぽつ喋りながら、手を動かす。
「コモルの端っこなんて、地味でしょ。でも、こういう地味なとこ埋めるの、好きなんですよね」
だんだん、いつものリズムが戻ってきた。
手がスムーズに動く。口も勝手に回る。うん。やっぱり、これだ。
〔名無し〕確かになんかASMRみある
〔名無しがWatching〕作業音聞いてたら眠くなってきた
〔通りすがり〕なんか不思議と落ち着くなこれ
〔ねむ〕でしょ? これなんよ
足元に、ころん、と何かが転がってきた。ころぼだ。
「ンキュ!」
「お、ころぼ。……あれ、なんかちょっと大きくなった?」
前に会った時より、ひとまわり育ってる。白くて黒ぶちの毛玉のくせに、成長期らしい。
「ンキュ!」
足に、ぽふ、と頭を押しつけてくる。
「お、なんか意思表示も強めになったね?」
しゃがんで、頭を撫でてやる。それから鼻筋を、つーっと。気持ちよさそうに、目を細めた。
「ンキュ〜」
〔ねむ〕ころぼおおおおおおお
〔名無し〕何これかわいい
〔名無し〕ころぼ!?
〔だんちょー〕久しぶりに見た、でかくなってない?
〔名無し〕でかくなってて草
〔名無し〕すき
〔通りすがり〕ころぼ目当てで通うわ
〔名無し〕養生施設ってこういうことか
〔名無し〕↑↑
……あれ。
誰も注目してない、と思ってた。でも、チャットがころぼで埋まってる。
なんだ。こういうのも、みんな好きなんだ。
ころぼを、ひょいと持ち上げて、ゴーグルの前に近づける。
「お前は、いったい何のモンスターなんだろうね。やたら、懐っこいけど」
お腹を、つんと。足の裏も、ちょこんと見てみる。やわらかい。肉球みたいなのが、ある。
「ンキュ?」
きょとん、とした顔で、足をぱたぱたさせてる。
〔だんちょー〕足の裏!? 足の裏あるのその子!?
〔名無し〕かわいすぎ
〔名無し〕肉球ありがとうございます
〔ねむ〕かわいすぎて成仏した
〔名無し〕もふ
〔名無し〕ぱたぱたで死んだ
〔名無し〕すき
〔通りすがり〕このチャンネル何見せられてんの(歓喜)
〔名無し〕↑↑↑
ころぼにも助けられちゃったな。
今日はここで。ころぼと、のんびり埋めていく。




