第17話 見覚えのある顔
ウロボロスの中層、十七層。配信をつけて、まだ誰も埋めてない区画を埋めにいく。大手の攻略勢でも、足が止まりはじめる深さだと思う。ウロボロス大迷宮で俺よりも先に潜ってる人はちらほら居るけど、ほとんどマッピング無し、退路のみの確保で進んでしまう。というより、埋める余裕がないのだ。モンスターは強いし、罠も多い。
変動は、相変わらず。でも癖が少しずつ読めてきた。今日は、奥まで行ける気がする。
暗がりの奥で、何かが動いた。
ひとつ、ふたつ——増える。低い唸り声。黒い犬みたいなのが、闇に溶けて、こっちを囲んでくる。
〔だんちょー〕うわ群れだ
〔名無し〕シャドウハウンドじゃん、深層の
〔ねむ〕黒いのがいっぱい……
〔名無し〕この層で出るのこわ
〔通りすがり〕そろぼっち囲まれてる!?
シャドウハウンド。
囲まれても、慌てない。俺は、ここの地形をもう埋めてある。どこから来るか、ぜんぶ地図に出てくる。
右の一匹が跳ぶ。
来る方向は、分かってる。手の甲で薙ぐ。鈍い音。一匹、闇に吹っ飛ぶ。
左、二匹。半歩下がって、壁を背に。これで、囲まれない。あとは、来た順にどかすだけ。
〔だんちょー〕壁を背にして各個撃破、教科書か
〔ねむ〕戦闘RTAのお手本
〔名無しがWatching〕囲まれてんのに安心感やばい
〔名無し〕そろぼっちの戦い方ってなんて言うの? カラテカってやつ?
〔通りすがり〕拳メインだし“魔物どかし”が正解では
〔ぽん酢〕右奥、もう一匹隠れてる
「お。ありがとうございます、ぽん酢さん」
言われた方を向く。確かに、一匹。気配を殺してた。
でも教えてもらえれば、もう見えたも同然だ。それは投擲用のナイフで仕留めた。
「ふう。アイテムだけ漁らせてもらいますかね」
〔名無しがWatching〕おつおつ
〔名無し〕なんかあると良いね
〔通りすがり〕シャドウハウンドだと何が出んだろ
静かになった。
ウロボロスの魔物。コモルのとは、やっぱり格が違う。でも、地図さえあれば、なんとかなる。
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さらに奥へ、奥へ。通路が広くなる。
そこに。圧倒的な存在感を放つものがいた。
でっかい蛇。とぐろを巻いて、通路をまるごと塞いでる。鱗が、ぬらりと光る。こちらには気付いていないようだ。
俺は気配を消すスキルなんて、持ってない。たぶん俺に殺気がないから、気付かれてないだけだ。俺は、埋めたいだけ。どいてもらいたいだけ。
〔だんちょー〕でっか
〔ねむ〕グランドサーペント……ボス級では
〔名無し〕それ起こしたら終わりや
〔通りすがり〕ウロボロスって蛇の名前だしご本尊か?
グランドサーペント。ボス級、らしい。
そういえば、ウロボロスに入った初日。地鳴りみたいな低い音を、遠くで聞いた。……こいつの息遣いだろうか。
手の甲じゃ、無理だ。叩いたら、さすがに向かってくる。たぶん俺じゃ勝てない。
でも——俺は、埋めたいだけ。戦わなくて済むならそれでいい。
ゴーグルの地図を見る。
この蛇が塞いでる通路の、横。多分グランドサーペントがいるところの床は、端を踏めば埋めたことになる気がする。問題らその後、そのまま退避するか、進むかだ。
反対側はすでに埋めてる廊下だが、明らかに不自然な隙間がある。おそらく隠し通路か小部屋がありそうだ。右壁をたどってきた甲斐が、あった。
「じゃあ、ちょっとした作戦実行です」
敵意を抱かれないように、そっと。グランドサーペントの脇をすり抜ける。舌がチロチロと出て、俺の姿を認識はしているようだった。ただ、俺に殺気がないからか、襲う気配はないままだった。
「ふう。……さすがに、ドキドキしました。罠床でもなさそうでしたし、無事埋まりましたね」
〔だんちょー〕ボス無視して横通った
〔ねむ〕戦わない攻略の極み
〔名無しがWatching〕「どいてもらう」すら省略して草
〔名無し〕珍しく本音漏れてて草
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隠し通路の先。
ぱたっと、音が消えた。
魔物の気配も、ない。変動も、ここだけ止まってるみたいだ。妙に静かな、小部屋。
その真ん中に——人が倒れてた。
冒険者だ。鮮やかな黄色と青で揃えられた、しっかりした装備。もう、動いてない。ほとんど乾いている状態だ。それなりに前からここにいるみたいだった。
この世界に、蘇生はない。死んだらそれっきり。だから、こうして残ってる人には、手を合わせる。俺のいつもの作法だ。
膝をつく。手を合わせる。
顔を、見た。……どこかで、見たような。
「あれ、この方……」
チャットが止まった。
それから、一気に流れ出した。
〔だんちょー〕えっ
〔ねむ〕その顔
〔名無し〕ワンモアじゃね?
〔名無し〕いや装備もワンモアでしょ
〔通りすがり〕は?ワンモア昨日配信してたが??
〔名無しがWatching〕生きてるよな?? なんで死体があるんだ
ワンモア。
聞いたことがある。死にゲーで有名な、大手の配信者。何回死んでも、平気で笑ってる人。……噂のあの人か。
でも、おかしい。
この人は、ここで死んでる。ずっと前から。蘇生は、ない。一度死んだら、それきりのはずだ。
なのに本人は、生きてる。昨日も、配信してたという。
背中を、冷たいものが這い上がった。
死体は、嘘をつかない。ずっと、そう思ってきた。死んでる人は、死んでる。それが、地図のいちばん確かな情報だった。
なのに、この死体は……
「どういうこと……、なんでしょうね」
……いや。
考えても、分からないことは、分からない。
俺は、マッパーだ。死んでる理由も、生きてる理由も、俺の領分じゃない。分かるのは、ここにこの人がいる、ってことだけ。
もう一度、手を合わせた。
生きてようが、死んでようが。ここで眠ってる人に、しておくことは変わらない。
位置を、地図に記録する。
「ギルドに一応、報告しますね。……ワンモアさん、配信してるらしいんで。本人のスキル、なのかもですけど」
……気にはなる。でも、今日のところは、ここまで。
〔だんちょー〕そろぼっち平常運転すぎる
〔ねむ〕でも手は合わせるんだな
〔名無し〕ワンモアの謎、深すぎだろ
〔通りすがり〕続き気になる…
立ち上がって、また歩き出す。
この小部屋にも、まだ踏んでないマスがある。
それを埋めてから、先に行こう。




