第11話 ランク上げます(埋めたいので)
コモルから戻ったその足で、ギルドに寄った。
受付のミナさん。配信は切ってある。素の無口な俺だ。
「あの。……ランク、上げたいんですけど」
ミナさんが目を丸くした。たぶん、初めてだと思う。俺が自分からそんなこと言うの。
「……トールさんが、昇格を? どういう風の吹き回しですか」
「コモルの奥に、行きたくて。結界で止められたんで」
「……ちょっと詳しく、お聞かせいただけますか?」
俺は配信した内容を要約して伝える。
ミナさんは分厚い本を何冊も並べてにらめっこをし始めた。
「ああ、なるほど。……おそらく、その結界の先はウロボロス大迷宮の高難度領域です。見てください。ここの記述。古い地図ですが、ここにウロボロス大迷宮のマークが書いてあります」
蛇が二匹、絡まり合うようなマーク。そういえば、ギルドの紋章以外にもこのマークがあったような……?
「該当しそうな情報はこれだけですが……可能性は高いと思います。立ち入りには、最低でもB級が要るんです」
ウロボロス大迷宮。名前だけは、知ってる。国境を跨ぐ、世界一でかい迷宮。コモルの奥が、あそこに繋がってたのか。
B級。俺は今E級だ。下から二番目。登録してから二年、ずっと低層のマッパーで、昇格なんて一度も考えてこなかった。
ミナさんが端末を叩いて、書類を出してくれた。
「本来なら、D・C・Bと一段ずつ試験を受けるんです。何年もかかるのが普通で」
「……はい」
「でも、トールさんはコモル坑道と、今おっしゃったウロボロス大迷宮(推定)の発見もありますから。実績を考慮した特例で、三つの試験を立て続けに受けられるよう手配します。受かれば、E級から一気にB級まで」
「三つ……」
「ええ。一つ受かるごとに、一つ上がります。まずD級へ。次にC級へ。最後がB級へ。三つ抜ければ、晴れてB級です」
ミナさんが少し言いにくそうにした。
「それぞれ、見るところが違うんです。最後の一つが……たぶん、トールさんは苦手です」
ぴんとこない。でも、頑張ろう。受かって結界を抜けられるなら。
「……受けます。やれるだけ、やってみます」
好きにマスを埋めてるだけだった。一人で黙々と。それでずっとやってこれた。
でも、その先に行くには、それだけじゃ足りないらしい。
……まいったな。
でも。
結界の向こうの、あの真っ黒が頭から離れない。
埋めたい。どうしても。
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試験当日。ギルドに許可を取った上で、配信をつけた。
「はいどーも。今日はちょっと特別で。……昇格試験、受けてきます。三連戦になりますので、暇な方はお付き合いください」
〔だんちょー〕えっ、試験!?
〔ねむ〕そろぼっちが昇格
〔名無し〕三連戦て聞こえたけどそんなんあるの??
〔通りすがり〕てか人と組むやつだったらヤバくない?
みんなよく分かってる。だよな。最後のが俺も心配だ。
でも、まずは一つ目から。
一つ目。D級への試験は、試験官との組み手だった。
「規定の、一対一だ。三十秒、立っていられたら合格」
一対一。……それなら大丈夫だ。
俺のスキルは「孤独」。複数人といると著しく能力が下がる。裏を返せば、一人なら能力が上がる。だから、差し向かいの組み手はむしろ得意な部類だ。
俺のステータスは体力と筋力に全振りしてある。歩き続けるためと、邪魔な魔物をどかすため。
試験官が踏み込んできた。
俺は避けた。罠を避けるのと、同じだ。右へ半歩。相手の手が空を切る。
そのまま足を止めない。魔物の間合いを抜けるみたいに、軽くかわす。
「っ、ちょこまかと……!」
〔だんちょー〕当たらねえ
〔ねむ〕試験官が見えてないやつだ
〔名無しがWatching〕脳筋RTAの回避力で草
三十秒。鳴った。一度も触られなかった。
あっさりと合格した。
二つ目。C級への試験は、拍子抜けするものだった。
「問題解決能力を見る。君の普段の配信記録を、正式に提出してくれ。審査員が通しで見る」
いつもの配信。
隠し通路を出して、罠を避けて、ただマスを埋めるだけ。
「……あれで、いいんですか」
「うむ。あれがいいんだ」
審査員たちが画面を見ている。コモルを見つけた、あの回だ。崩れた壁の奥。誰も知らない坑道を、右壁伝いに一マスずつ埋めていく。
「……この隠し通路の判断は」
「罠の予測、当たってるな。事前に」
「待て。改めて見たが、この未踏区画を、独力で……?」
ただの日常的な場面でも、審査員の顔がだんだん真剣になっていった。
合格。問題解決能力、満点。
〔だんちょー〕いつもの配信で試験パスできるとかあるんだ
〔通りすがり〕昇格RTAじゃん
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最後。B級への試験。これが本命だった。
「指定区画を、四人パーティで踏破する。協調性を、見る」
四人。
よりにもよって、四人だ。俺が実力の出なくなりはじめる人数。
ソロなら最強。二人でもいい。三人からは、きつい。四人になると、誰が何をしてるか分からなくなって、頭がぎゅうぎゅうになる。
……まいった、ここか。ミナさんが言ってた意味が分かった。
集合場所に行くと——見覚えのある三人組がいた。
「よォ! 久しぶり! まさか、あんたと組めるとはな!」
レントだ。戦士のギルも、盗賊のニケもいる。前に一回だけ、パーティを組んだ三人。ギルドが組んでくれたらしい。
「あの時は、お先に失礼して、すみませんでした」
「いいっていいって。あれで、あんたのこと分かったからさ」
レントがにっと笑う。気のいい男だ。
俺は少し考えて、口を開いた。普段なら、絶対に言わないことだ。
どうしても埋めたい。そのためにはB級になりたい。だからこの試験は絶対にパスしたい。
「……一つ、提案が。俺のスキルって『孤独』なんです。四人だと、実力が出なくて。誰が何してるか、分からなくなるんで。指示を出すのも受けるのも、合図を見るのもできません」
「お、おう」
「だから、こうしませんか。俺が先に行って、埋めながら安全なルートを出す。みなさんは、それを見てついてくるだけ」
レントがきょとんとして——それから、笑った。
「なんだそれ ……いいぜ。あんたが地図で、俺らが足。それで行こう」
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俺はゴーグルの地図を、三人にも見えるように共有設定にした。普段はやらないことだ。
「地図だけ、信じてください」
「おう!」
あとはいつも通りだった。
俺は一人で歩くみたいに、試験用ダンジョンを進む。ただマスを埋めていく。壁を叩いて、隠し通路を出して、罠を避けて。三人の気配は、背中でちゃんと感じられた。
不思議と、今日は頭がぎゅうぎゅうにならない。状態を把握しようとしないからだ。俺は俺で、勝手に進む。三人は、俺の地図を勝手に追う。それだけ。
〔だんちょー〕あっ、これは…
〔ねむ〕ソロのまま4人連れてってる
〔名無しがWatching〕孤独スキル保ったまま攻略してて草
指定区画を抜けた。罠ひとつ踏ませず、最短で。
試験官がぽかんとしてた。
「……協調性の、試験なんだが。これは、協調と言えるのか?」
「結果、全員無傷で踏破してんだ。文句ねえだろ。自分の個性を理解して、その上でちゃんとパーティを組む! それが協調の基本! そうだろ?」
レントが肩をすくめる。試験官はしばらく唸って——それから、ため息まじりに判子を押した。
合格。
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ギルドの廊下。昇格の手続きを終えて、出てくる。
「ありがとうございました。……レントさんたちの、おかげです」
「いやいや。あんたの地図のおかげだろ。……じゃあな、そろぼっち。また見るよ!」
三人と別れる。
三つの試験。組み手も、配信も、最後の踏破も。考えてみれば、全部いつもやってきたことだった。一人で黙々と積み上げた二年分が、そのまま通った。
好きにやってるだけじゃ、難しくなってきた。一人で黙々と、それだけじゃ、進めない場所が出てきた。
でも、やり方を全部変える必要はなかった。一人のまま。地図を埋めるまま。ちょっとだけ、それを人に見せて、信じてもらう。それで、通れた。
……まあ、なんとかなるもんだな。
ゴーグルの地図に、B級の印が灯る。E級から、一気に三つ上。これであの結界を抜けられる。
「はい。じゃあ……いよいよ、次回は高難度領域に行きまーす」
〔だんちょー〕おめでとう!!
〔ねむ〕ついに
〔通りすがり〕普通に考えてこんなサクサク上がるのもレアだぞ
〔名無し〕昇格回でこんな良い話ある?
結界の向こう。果てしない真っ黒。
待ってろ。今、埋めに行く。




