第10話 次のエリアのために
翌朝。といっても、ダンジョンの中じゃ、ぴんとこないけど。リングの時計が朝を示した頃、俺は目を覚ました。
ころぼは、まだ俺の腹のあたりで寝てた。なるべく落とさないように、そっと寝袋から出る。
「おはようございます。……まだ見てる人、いますか? いたら、どうも」
〔だんちょー〕おはよ、徹夜で待ってた
〔ねむ〕ころぼおはよう
〔名無し〕寝落ちから復活した
〔通りすがり〕出勤前にちょっとだけ
〔名無しがWatching〕早朝のそろぼっち新鮮
〔名無し〕昨日見て張り付いてる新規です
……意外と、いる。早朝なのに。
「あー、けっこういますね。……じゃあ、今日はコモルのいちばん奥まで行きます」
軽く食べて、装備を整えて、また潜りはじめる。きのうの、下り坂。その先へ。
ころぼは、ぽてぽてと、ついてきた。
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下り坂は、思ったよりずっと長かった。
降りるほど、空気が変わっていく。古い坑道の匂いが、だんだん、土と岩の間から、なまぐさい匂いに変わっていく。壁も、人が掘った跡から、自然のままのごつごつした岩肌に変わっていく。
……これは、もう。坑道じゃ、ない。
そして、坂を降りきっところで、目の前がひらけた。
でかい。とにかく、でかい。ランタンの光が、天井にも奥にも届かない。コモルの坑道なんて、比べ物にならない巨大な地下空間。鍾乳石みたいなのが、ずらっと垂れ下がってる。遠くで、なにか地鳴りみたいな声がした。
「……うわ」
思わず、声が出た。
〔だんちょー〕えっ、なにここ
〔名無し〕ヤバい、空気変わった
〔通りすがり〕坑道の奥、こんなとこに繋がってたの!?
〔名無しがWatching〕寝落ちしてる場合じゃない
〔名無し〕早朝から事件起きてる
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視界の地図。コモルの坑道の、その先。広がってるのは、見たこともない、果てしない真っ黒だった。一マスも、埋まってない。とんでもなく、広い。
「……埋め放題だなぁ」
ぽろっと、いつもの口癖が出た。
埋めたい。すごく、埋めたい。あんなに広い空白、見たことない。うずうずする。
でも。
その入り口に、立て札みたいなのがあった。かなり古くて、半分朽ちかけてる。それでも、かろうじてギルドのマークが読めた。そして、今にも消えそうに薄く光る、結界。
[この先、高難度領域。指定ランク未満の立ち入りを禁ず]
……あー。
〔ぽん酢〕そこから先は、おすすめしません
〔ぽん酢〕コモルの下は、昔からヤバい領域に繋がってると聞きます。ランクを上げて、準備してからです
〔だんちょー〕ぽん酢氏の有益情報、再び
〔名無し〕また知識量バグってる
〔通りすがり〕この人いつも詳しすぎん?
素直に頷いておく。
さっきの、地鳴りみたいな声。あれはたぶん、寝てないゴーレムとか、そういう次元じゃない。
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結界に、手を当ててみる。びり、と軽く弾かれた。やっぱり、今の俺のランクじゃ通れない。
……そっか。
俺は、攻略とか、興味ない。強い敵を倒したいとも思わない。ランクとか出世とか、心底どうでもいい。
でも。
結界の、向こう。あの、果てしない真っ黒。あれを、埋めないまま引き返すのは。……無理だ。見ちゃったからには、埋めたい。じゃないと、一生、心残りになる。
「……ランク、上げますかー……」
たぶん、初めてだ。自分から、上に行きたいって思ったの。
強くなりたいからでも、有名になりたいからでも、ない。ただ、あのマスを埋めたいから。それだけ。
〔だんちょー〕おっ、そろぼっちが昇格を志す
〔ねむ〕動機が地図でぶれない
〔名無しがWatching〕この人ほんと一生こうだ
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結界の際を、端から端まで歩いておく。埋まるのは、指輪の届くひとマスぶんだけ。あとは、またランクを上げて出直す。
ころぼが、結界の手前で、心細そうに鳴いた。
「ああ、ころぼはここまでかな。……君は、ここで暮らしてるんだもんね」
〔ねむ〕ころぼ……
〔名無し〕お別れ寂しい
〔通りすがり〕ころぼまた会えるかな
〔だんちょー〕達者でな、ころぼ
頭を、指でちょんと撫でる。ころぼは、もう一回きゅうと鳴いた。
帰り道を引き返しながら、俺は考えてた。
ランクを上げるには、たぶん、いろいろ面倒なことがある。試験とか、推薦とか。人と、関わることも増えるんだろう。……正直、気が重い。
でも、その先に、あの空白が待ってる。
「……まあ、やるか。あのマス、埋めるまで終われないんで」
ラーデンの、たった一区画から始まった。それが今、見たこともない広い世界の入り口に、立ってる。
不思議な、気分だった。
でも、やることは、最初から何も変わらない。
ただ、目の前の空白のマスを埋めるだけだ。
「はい。じゃあ、今日はここまで。……次は、もうちょっと上のランクで、お会いしましょう」
俺は、地上への道を、のぼっていった。




