第09話 今日も平常運転
「はいどーも、そろぼっちでーす。今日はラーデン側から入っていきまーす」
ラーデンの、いつもの入り口。受付で札をもらって、地下へ降りる。今日は、ここからコモルまで通しで埋めていくつもりだ。
「えー、今日はちょっと長くなります。コモルの奥のほうまで行くんで」
背負った荷物を、軽く見せる。寝袋。携帯食料。ランタン。ダンジョンで一泊する用の、ひととおり。
「なので、泊まりの装備で来ました。長くなるんで、みなさん自由に出入りしてってください。ずっと見てなくていいんで。作業用に、流しといてもらえれば」
〔だんちょー〕お、泊まり配信だ
〔名無し〕ダンジョンで寝るの!?
〔ねむ〕こういう日の配信、好き
〔通りすがり〕寝落ち用に最高
「寝ますよ。安全なとこ選べば、わりと平気なんで」
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ラーデンの奥、地下三階。いつもの回転床ゾーンに差しかかる。
ぐるぐる回る床と、暗闇。何度来ても、方向感覚がおかしくなる。でも、大丈夫だ。あの人が、いるから。
暗闇を抜けたところに、“革ローブ”さんが、いつも通り壁にもたれてる。
「お、革ローブさん。今日もありがとうございます。こっちで合ってる、っと」
いつもの癖で、しゃがんで、手を合わせる。先に来て、ここで力尽きた人。おかげで、俺は迷わない。
と——
〔みち〕うちの兄です
コメントが、ひとつ流れた。
あんまり見ない名前だ。みちさん。
〔みち〕ずっと見つけてもらえなくて。でも、おかげでみんな迷わないって知れて。……ありがとうございます
コメント欄が、しん、となった。だんちょーも、ねむも、しばらく何も言わない。
俺は、もう一度、ちゃんと手を合わせた。
「……そうだったんですね。お兄さん、すごい人ですよ。毎日、何回も他の人を助けてます。では、いってきます」
立ち上がって、また歩きだす。湿っぽいのは、性に合わない。たぶん、革ローブさんも、そうだと思うから。
〔みち〕はい。いってらっしゃい
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回転床を抜けて、コモルへの連絡路。崩した壁を、くぐる。
しばらく、黙々と埋めていく。センチピードを踏んで、スケルトンを割って、方眼をひとつずつ。
……と。
足元で、なにかがちょこんと跳ねた。
見ると、手のひらくらいの、まんまるい毛玉みたいなのがいた。短い脚が、四本。真っ黒なつぶらな目が、二つ。俺を、じっと見上げてる。
「……なんだ、君」
モンスターでは、あるんだろう。でも、襲ってくる気配はゼロ。ただ、ぽてぽてと、俺の足元についてくる。
〔だんちょー〕えっ、なにそれ
〔名無し〕かわいい!!!!
〔ねむ〕まって、なにこれかわいすぎ
「うーん。坑道の小動物系……ですかね。害は、なさそうですけど。……あの、君。家、こっちじゃないと思うよ」
言っても、ついてくる。ぽてぽて。ぽてぽて。マスを埋めて進むと、ちゃんと後ろからついてくる。
〔通りすがり〕完全に懐いてるじゃん
〔名無しがWatching〕名前つけよ
〔だんちょー〕じゃあ「ころぼ」
〔ねむ〕ころぼ、かわいい
「ころぼ、っていうらしいですよ。……君、よかったね」
「キュウ!」
たぶん、肯定だと思う。
モンスターだから、連れて帰るわけにはいかないけど。まあ、好きにさせとくか。追い払うのも、なんか、忍びないし。
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ダンジョンの中じゃ、日が暮れたかどうかも分からない。でも、リングの時計は、もう夜を示してた。
俺は、前に見つけておいた安全な小部屋に入る。行き止まりで、魔物も湧かない。今日の野営地だ。
ランタンを灯して、寝袋を広げる。携帯食料を、かじる。ころぼは、俺の膝のあたりで、まるくなってた。
「……君、お母さんとか探してない? さらったって勘違いされて殺されるの、わりと怖いんだけど」
〔だんちょー〕急に物騒な心配
〔ねむ〕やさしいのか心配性なのか
ころぼは、ふぁとあくびをして、また丸くなった。……案外、こう見えて成体なんだろうか。
ランタンを小さくして、寝袋にもぐる。ころぼが寝ぼけながらもぞもぞと、横にくっついてくる。あったかい。
「……配信、つけっぱなしにしときますね。寝顔は映りませんけど。寝息くらいは、ASMRってことで」
〔だんちょー〕寝落ち配信の鑑
〔名無し〕おやすみ〜
〔ねむ〕おやすみ。いい夢を
配信はつけたまま。流れは、ゆっくりだ。夜だし、寝落ちした人も多いんだろう。
〔ねむ〕おつかれさま。今日も、いい埋まりだったね
「ねむさん。まだ起きてたんですね」
〔ねむ〕こういう静かな時間が、好きで
「分かります。……俺も、これがいちばん好きかもしれないです」
ぱちぱち、とランタンの火が揺れる。ころぼの寝息。遠くで、ぽたん、と水の落ちる音。
〔ねむ〕ねえ、そろぼっちはさ。なんで、地図埋めてるの?
ちょっと、考える。
「……埋まると、安心するんですよ。空白って、なんか落ち着かなくて。……歩いた分だけ、ちゃんと返ってくるんで。人と違って、地図は裏切らないし」
言ってから、ちょっと喋りすぎたな、と思う。素の俺が、ぽろっと出た。
〔ねむ〕……なんか、分かる気がする
〔ねむ〕そろぼっちのこと見てる人、いっぱいいるよ
「……ですね」
顔も名前も知らない人たち。でも、今日もこんな時間に、何十人かが俺の作業を見てくれてる。
〔ねむ〕地図みたいに裏切らないかは、分かんないけどさ
〔ねむ〕わたしは、けっこう長くいるよ
「……はい。知ってます。ありがとうございます」
なんだか、こそばゆくて。俺はほんの少し、照れ隠しみたいに笑う。
ふ、と。
遠くで、低い音がした気がした。地鳴りとも、風ともつかない、長い音。ころぼが顔を上げて、小部屋の外の気配を探るみたいに、扉をじっと見た。
〔ねむ〕……今の、なに?
「聞こえました? ……水音か、風だと思いますけど」
音は、もうしない。ころぼはしばらく奥を見てたけど、やがて興味をなくしたみたいに、また丸くなった。
深いとこに繋がってるのかも、って、この前思ったやつ。……やめよう。寝る前に考えることじゃない。
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明日は、コモルのいちばん奥まで行くつもりだ。あの下り坂の、その先。まだ見ぬ、真っ黒なマス。
……でも、それは明日。
今日は、ここまで。ころぼのあったかいのと、遠くの水音と。それから、画面の向こうの、誰かと一緒に。
俺は、ゆっくり目を閉じた。




