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敵の根城と言われて身構えていたロキだったが、そこにあったのはダンジョン探索全盛期に置き去りにされた冒険者ギルドの跡地だった。レンガ造りの二階建ての廃墟は人が住むにはあまりにも似つかわしい悪意のある魔力が漂っていて、魔族にとって住みやすい環境が整っているように見える。
「ご令嬢申し訳ありません、これ以上は……」
「分かってます。帰りは歩いて帰りますから、ここまでありがとうございました」
深々と頭を下げてから馬車と共に来た道を戻っていく。ロキは遠ざかっていく馬車に一瞥してからリリアを見上げる。
「魔族の魔力は苦手?」
「いいや、もう慣れた」
「そう、じゃあ行こうか、迎えも来たことだし」
施錠されていた門が開き、中から使い魔の男が歩いてきた。
「ご令嬢お待ちしておりました。上でオーレン様がお待ちです」
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通された部屋には高級そうなソファーに座った男がいた。男は立ち上がると無表情のままリリアとその横に並ぶロキを一度視界に入れ、再びリリアに視界を戻した。
「ようこそお越しくださりましたご令嬢」
「再三のお招き感謝します。オーレン」
合わせるようにリリアは微笑みを返す。オーレンと呼ばれた魔族は顔に仮面をつけてるかのような嘘っぱちの笑みを引っ提げて目線をもう一度ロキに移した。
「……ところでその子は?」
「弟です」
「ヒト族の?」
「ンフフ、ヒト族の知り合いの子ですよ。昔から弟のように接してきたのですよ」
「ほほう、さすがは温厚な魔法様のご息女だ。しかしいつものボディーガードは連れてきてないのですか?」
「はい、彼らは別の用事で、そういえばオーレンも配下の魔族の気配がしませんが、大勢いた彼らはどこに?」
「別件で出払ってます。さぁ立ち話もなんですからソファーへどうぞ」
ソファーに座るとオーレンは手を叩いてテーブルに三つの紅茶を出現させる。右手を差し出してどうぞと促すがリリアは恐縮ですとやんわり断って笑みを零す。
「オーレン、私がここに出向いた理由は分かりますね」
「ええもちろん、私にこの村から立ち退けと言うのでしょう」
「話が早くて助かります」
「そりゃ、もう三回目ですからねぇ」
含みのある言い方で紅茶を口に入れる。
「オーレン、ヒト族と魔族の戦争は双方の和平により終結しました。お互いに多くの命を消耗しながら長い年月を経て平和という選択を選ぶことができたのです」
「ハハッ、相変わらずご立派なご高説だ」
持っていたカップとソーサをテーブルに置く音が響く。
「あなた父、魔王サジタリウスはヒト族との争いに終止符をうった。それを立派だと言う輩もいるでしょう……あとひと押しで勝てた戦いに匙を投げた。愚か者の魔王にね」
ロキは高圧的な魔力を感じ取っていた。目の前に座る魔族に警戒をしながらリリアの動向を窺っていた。
――微笑んでる。
リリアは殺意の魔力を向けながらも女神のように慈悲深い表情を浮かべてオーレンを見据えていた。
「何が可笑しいんだ小娘!」
テーブルに置かれていたカップがリリアの額に激突する。その瞬間、ロキはオーレンを殺すために両手を前に突き出した。
「殺すな!」
ロキは命令通り両腕を下げる。リリアは額から滴り落ちる血を気にも留めないでまっすぐオーレンを眺めていた。
「ハッ、魔王のご息女らしく勇ましい顔になりましたな、おいヒト族のガキ妙なことすんなよ。村の民が私の部下に屠られたくなかったらな」
「やはりそうですかオーレン」
「ご令嬢、私のように魔王様の判断に不満を持つものは多い。大人しくこの地から身を引け、見逃してやる」
「ンフフ、先に言われてしまいましたね……見逃してやるのはオーレンお前だ。男爵を垂らしこんでこの地の民に不必要な重税を課したな」
「何を言うかと思えば、魔族が言葉巧みにヒト族をたぶらかして何が悪い?」
「問題ありだよ、ヒト族と魔族が共存できる道筋が見えてきた矢先にお前みたいなやつがいたんじゃ平和なんて実現できない。さっさと魔界に帰れ」
「共存? うすら寒いことを抜かすな、我々は誇り高い魔族だ。どうしてあんな下等な者たちと仲良くしなくてはいけないのか?」
「勘の悪いやつだな、まだ分からないのか、今だったらバカな男爵が自らの保身と利益欲しさに民を苦しめた事案でかたがつくんだよ」
「ふんっ、バカバカしい」
オーレンは立ち上がりロキとリリアに背を向けると額に右手をあてた。
「ロキ」
リリアはロキの名前をつぶやいてからオーレンと同じように額に右手をあてる。
「……おいどうなってる、なぜ応答しない!」
「確かめてみるか?」
オーレンが振り返るとテーブルを踏み越えたリリアの瞳がゼロ距離にあった。驚くオーレンの額に自らの額を合わせてテレパシーを共有する。
『お嬢、男爵邸を警備していた魔族は制圧したぜ』『村に襲撃してきた馬鹿どもの制圧完了』
「バカな、戦闘特化の魔族たちだぞ」
「愚か者、平和のために散っていった同胞に詫びてこい」
初めて声を震わせたオーレンを前にリリアは肩を押して強引にソファーに座らせると、自らもソファーに腰を沈めてロキの肩に触れた。
「逝け」
ロキはリリアの号令と共に、蚊を潰す要領でパンと両手を鳴らす。ブチッという音が部屋中にこだまして破裂したオーレンの肉片が四散した。
「はい、終わった終わった~、ロキご苦労様」
「リリア」
「なぁに?」
「おでこ大丈夫?」
「大丈夫だよ、あたりどころ悪くて血が出ちゃってるけど、すぐに止まるよ……ンフフ」
微笑んでロキの身体に寄りかかる。ロキは困惑しながらもリリアの肩に腕を回し立ち上がった。
「あと一人使い魔が残ってるけど」
「あぁ大丈夫大丈夫、とっくに気配なくなってるし」
「それならいいけど」
「ンフフ、さぁみんなのもとへ帰ろう」




