Cace.40
今回、狙われている可能性の非常に高い女性の建物を前に狙撃銃を準備するジュリー。ルテティア市内の住宅街の一角でタバレは話す。
「取り敢えずいつまでコチラに?」
「二日間です。五日後にはまた捜査会議ですから…」
「それはそれは…」
タバレはそこでジュリーが今置かれている苦労な現状に哀れみの目線を向けてしまう。
「今日だけで二件の事件ですからね。はぁ…仕事をコードルさんに押し付けたら殺されるかと思った…」
「コードルか…」
タバレは苦笑まじりに疲れ切った表情のジュリーを見る。今の時間は陽が落ちて少しした頃合い。下の道路では観光客や住人が夕食を食べていた。
「本当に軍の監視があるんですか?」
「ああ、必ずある。彼らはわざわざロンデニオンに赴いてまでメメント・モリを釣り出そうとしたんだ」
タバレはそう言うと、そこでふと思い出したようにジュリーが言った。
「そうそれ。その犯人がどうやって入国をしたのか、まだ分かっていないんです」
「ほう?偽造パスポートではないと?」
タバレはそこでジュリーからの話に首を傾げる。
「近隣国家の大使館や領事館に伝えたんですけど、紛失したパスポートで入国した履歴が無かったそうなんです」
「では出生手続きは?」
「まだ調べていますが…一切出てこないそうです」
「そうですか…」
それを知り、彼は少し考える仕草を取る。
「しかし狙撃事件から射殺までの期間は短いです。紛失パスポートでの出入国がないと道は三通りですね」
「密入国か正規の方法、もしく事前に作られたパスポートですか?」
「ええ。しかし密入国は三四キロ以上を渡らなければならい上に連合王国の屈強な沿岸警備隊の監視を抜けなければなりません。そしておそらく、犯人は共和国以外でのパイプを持っていない」
犯人がもし外国人であれば、彼の性格からまず共和国外から始末を始めるに違いない。リストの中でも海外に出ていたのは彼女だけだから、始末も容易に行えるだろう。
「私も言ったんですけどね。そしたら警部に同じように一蹴されてしまって…」
「でしょうね。正規の方法でも、今の犯人像であればいけるかもしれませんが、後々に指名手配になると逃亡する際に面倒になるので無いでしょう」
タバレは頷くと、最後の事前に作成された偽造パスポートでの線が濃厚だと思う。
「なので現在、出生リストからすでに死亡した人物の出入国が無いかを調べているんですが…」
「戦死者が多くて難しいんですね?」
「はい…」
力なく彼女は頷いた。今は戦後二年、間も無く三年目に突入する。
まだ戦後間もない時期で、未だに死んだと思っていた家族が帰ってきたなどと言うニュースが時折ある。
戦争末期は人が足りないと言う理由で植民地から外人部隊を連れてきて、731部隊のような強力な砲兵隊も組織される事となった。
「戦時中の死者の総計は?」
「今の所、民間人も含めて一七〇万人近くで…」
「…絶望的な数だ」
「せめて犯人の手がかりさえあればなぁ…」
ジュリーはそう言うと、タバレも考え始める。
「(メメント・モリははるか昔、黒死病が大流行を見せた時代の芸術に現れたモチーフ。
元はこの地域をも支配した大帝国の将軍が戒めのために使用人に言わせていたとされる警句…しかし後にそれは黒死病を生き抜いた人々によって『死から勝利』と言う意味合いに変わっていった言葉だ)」
犯人が自らを死と警句と同じ名にした理由。タバレは疑問に思う。
「(そもそも奴があの部隊を狙っている理由は明確な理由あってのこと。奴は被害者の死を求めている訳ではない)」
犯人と直接話したことで彼は多くの情報を引き出していた。
軍への恨み以上に彼の中には成し遂げなければならないと言う使命があった。
言葉というのは何にも変え難い証拠になる。話し方、口調、音量、唾の飛び方。全てが証拠となり、判断材料となる。
「(ならば犯人の求めているものとは何だ?)」
そもそもの話、タバレは二回も彼に助けられた。一度目は地下水道で、二度目は集合写真を撮ったあの施設で。
追われる側が追う側を守る理由もまた彼の中で疑問に思っていたが、今までに集められた証拠やあのチェスで理解できた。
「(一体、この部隊にはどれほど軍の暗い部分が隠れているのか…)」
犯人は自分を通じてこの部隊について暴いて世間に公表しろと言っているのだ。そしてこの写真に写っている兵士達を殺害することは素晴らしい事であると信じている。
「(接触をしたが、彼は帝国のスパイではなく、あくまでも独断行動で動く一個人だ)」
陸軍の強硬派の人間なのかとも思えるが、それにしては強硬派の軍人であるジュール・ファブールが動く理由がわからない。
「(そして必ず警察関係者の中に犯人が紛れ込んでいる。もしそうでなくとも協力者がいるはずだ)」
タバレは確信して言えた。犯人が有していた情報や殺人現場に来ない事実。彼のような慎重な性格であれば、ほぼ確実に殺人現場に戻ってくるに違いない。しかしそれが今まで一度も確認されたことがない上に次々と犯行を繰り返している時点で、犯人は内部の状況を知っているのだ。だから国家憲兵隊が妨害していることを知って余裕を持った殺人を行うことができた。
途中から自殺に見せなくなったのはその必要がなくなったという事。そしてその時期は正式に連続殺人と非公開捜査で認められた直後のことだった。自殺に一時は勘違いされるほど綿密な殺人計画を立てていた犯人が、内部情報を知っていなかったらこんなに直ぐに動くわけがない。
「(そしてルテティアでの四件の殺人事件は今年に入ってから行われたこと…)」
しかしルテティア以外でも殺害はされているので、単純にこれは割合の問題だろう。
そしてそんな犯人でも予想外だったのがロンデニオンでの一件。彼の中で必要なことはすでに終わったのだろうが、タバレはどこか引っ掛かりを覚える。
「ジュリー警部補」
「は、はい!」
タバレが話しかけると、いつの間にか買ってきていたのだろう。サンドウィッチを食べていたジュリーは驚愕した声をあげて振り返った。
「あのアパートから出てきた時に話しかけるか、連行をする人物がいたら教えてください」
「わ、わかりました!」
タバレの命令にジュリーは敬礼をしてしまうと、それを見たタバレは苦笑する。
すると彼女が三脚を立てていた机の横に携帯式無線機があった事に気が付く。
「すまん。ルコック達に連絡を繋いでいいかい?」
「あっ、どうぞ。あっ、使い方は?」
「問題ない」
「わかりました」
タバレはジュリーにそう言うと手慣れた仕草で無線機の電源を入れてルコックに連絡を取る。
「ルコック」
『はい、なんでしょう先生』
「建物に入った人物に職質をかけてくれ。ああ勿論、休憩してからで構わない」
タバレはそう言うとルコックはすぐに返事をした。
『了解しました』
「ああ、頼んだ」
そして無線機を切ると、タバレはそこでどこかで監視をしているだろう軍の監視員が動くことを期待した。
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ある部屋で待機していた人影が無線を受け取って指示を出す。
「大佐から伝令だ」
そう言い新たに届いた文を読む。
「…了解した」
私服姿のその男は軽く頷いてから文章を返す。
「大佐からだ。警察がヘディ・ストリープに私服警官を送り込んだ。今の人数は二人だが、今後も増える可能性が多い」
「監視ですか?」
「だろうな。向こうも気がつき始めたと言うことだ」
そこで彼は部屋に用意された機械に触れる人員に聞く。
「そっちは?」
「二人の警察官の他に女性警官を呼んだらしい」
「名前は?」
「ジュリーという女警官だ」
「…」
名前を聞き、資料を探す男。
「ジュリー・ジュネスト、春に着任した新人警部補だ。国家警察総局の捜査会議にも参加している」
警察の無線と電話の盗聴を行なっていた彼らは、警察側の動きを探りながら監視対象の動きを双眼鏡で確認していた。
「部屋は?」
「ダメです。狙撃対策なのか四六時中窓も閉めてる」
「…あの探偵屋がたらし込んだな」
彼らは監視対象がタバレと共に帰ってくるところを見ており、その直後からカーテンが閉じられた理由を察する。
窓も閉められ、外から中で何が起こっているかはさっぱり分からなかった。
「警察の方は狙撃銃と短機関銃を持ち込んだそうですよ」
「重武装だな。ありがたい、突入をするなら彼らに任せよう」
そして無線盗聴で仕入れた情報を聞き、彼らは考える。
「おい、中に入ってく人は?」
「住人以外ではいません」
監視を行なっていた彼らは次々と送られてくる軍部からの情報を確認する。
「郵便配達員がいたら職質をかけろ」
「了解」
そう指示を飛ばすと、盗聴を行なっていた監視員が報告を入れる。
「奴ら、真ん前のホテルで監視をしてますよ」
「部屋は見えていないのにか?」
監視員の言葉に男は顎に手を当てて呟く。
「…してやられたな」
「どう言う事ですか?」
首を傾げた監視員に男は言う。
「連中が狙っているのは、俺たちだ」
「何故?」
男はそこでタバレの思惑に勘づいた様子で言う。
「アパートに入った連中に職質をかけた後にもう一回職質をする気だ。そしたら俺たちが彼女を監視していることがわかる」
「そうだとしてもどんな意味が?」
「分からないか?」
彼はそこで卓上に置かれたリストを指差す。
「最近証拠に上がってきたリストだ。見事に部隊員と合わさっている」
「…これが何か?」
「ああ、警察がこれを証拠品として扱って内務大臣まで報告が上がった。だが連中は確信を持ててない」
「何故です?提出された頃には二人が殺害されましたが」
「だからこそだ。俺たち軍人が動いたと分かれば、これが本物だと裏付けられる。警察は俺たちのことを全く信用しちゃあいないからな」
彼はそう言い、リストを指で叩く。
「撤収しますか?」
部下が聞いてくると、男は言う。
「いや、大佐からこのリストに関して情報提供することは許可されている。まあ、今回ばかりは警察とともに事件を防ごうと言うお考えらしい」
「大佐にしてはらしくないですね」
「そうも言ってられんだろう。もう半分近くやられ、今日だけで二人も一気にやられた」
そこで彼は今日の新聞を手に取る。
「これ以上、被害がデカくなると強硬派の主戦力が削がれる事になるからな」
彼はそう言うと、その新聞を少々忌々しげに見てから放り投げた。




