Cace.41
警察と軍隊。両者の奇妙で静かな協力関係はしばらくの平穏ので続いていく。
「…」
ホテルの最上階から設置した小銃の狙撃眼鏡を覗き込んで彼女は反対に住んでいる監視対象の女性の足元の通りを見ていた。部屋には一人だけ残っており、下でルコックとアンドレイがアパートの入り口から出てくる人物に職質をかける人物を探していた。
「賑やかな街だ…」
ジュリーは下の道を歩く人々や、走り去っていく車を眺めながらそんな事を溢す。
昼間に殺人事件があったとは思えないほど街は賑わいを見せており、人々は夕食を求めて街を歩く。
それとももう、四回も殺人事件が起こった事ですっかり慣れてしまったからだろうか。彼らは自由気ままに外を出歩いている。
「治安は悪くなさそうで何より」
絶賛、部屋でいつでも射撃ができるように薬室に銃弾を装填済みの小銃で彼女は卓上に短機関銃を置いている。
先ほどまでルコックは部屋にいたのだが、何か思いついた様子で部屋を出て行っており、まだ帰ってくる気配はない。
タバレからの話で、監視対象の住んでいるアパートから郵便局員やらに職質をかける人物は、監視対象に秘密裏に軍が送った監視員の可能性が高いという。
「(ロンデニオンの再来、って訳か…)」
ジュリーはそこで軍がどのような思惑で動いているのかを察してその安易な考えに苦笑する。
あらかじめ盗聴されていることを前提にタバレは動いており、軍側の人間が職質をかければ以前に提出したあのリストに裏付けが取れるという。
そして軍が撤収を始めてもそれは証拠となるため、とにかくアパートから出てきた人物に注意しろと言っていた。
「無線盗聴を前提に動くって…軍は一体何をしたのやらね」
そもそもな話、あのリストも元々軍は知っていたと言う事になる。となると、下手をしなくとも軍は犯人がどのような動機で動いているのかをわかっていて、尚且つ犯人の目星もついているのではないかと思った。
「最悪、突入をしたらポイントマン役かね?」
窓は分厚いカーテンが閉められていることで、中で何が起こっているか分かっちゃあいない。これにより、外からの狙撃は間取りを見ても困難であるとわかる。
犯人の性格からして確実に殺害したいことから、入ってくるならアパートの入り口からであると推察している。
ルテティアに建つ建築物の大半は似たような構造をしているので、狙撃が可能な場所というのもある程度想像が可能だった。
「これならライオットかバリスティックでも持ってきたかったな〜」
そんな事を呟くと、部屋の外から足音が聞こえたのでジュリーは振り返って部屋のドアが開くのを確認する。
「どうですか?」
「ええ、特に異常はありませんね」
そして入ってきたタバレにそう答えると、ジュリーは質問をした。
「どこに行っていたんです?」
「ルコック達のところにね。増援の警官が到着をしたので、彼らにはアパート裏手の階段を見張らせています」
「なるほど」
今回派遣された警察官達は二人一組のグループで、グループごとに一台の携帯式無線機を持たせていた。
「つまり入口を見張っていれば良いと言う訳ですか」
ジュリーはそう言うと、彼は頷いた。
「ええ、ジュリー警部補は明日には帰ってしまいますので、代わりにルコックをここに呼びます」
「分かりました。…まあそれまでに何事もないのを祈るばかりですね」
「ええ、全くです」
タバレも頷くと、狙撃眼鏡越しでアパートに入っていく郵便局員を見る。
「あっ、アパートに郵便局員です」
「わかりました。特にその人物に注意してください」
後ろでタバレはそう言うと、五分後にアパートの入り口から制服の郵便局員が出てきて乗ってきたバイクに戻ろうとした。その動きをじっくりと観察していたジュリーは、バイクに跨る直前に郵便局員が二人組のスーツ姿の男達に話しかけられたのを見た。
「っ!来ました」
「職員証は?」
「出してます」
「わかりました」
タバレはうまく行ってくれたことに安堵し、同時にあのリストに書かれた全員が被害者の候補たり得ると言う確証が持てた。
「…ん?」
その時、ジュリーは職質をしている二人組の男の片方がしきりに上を見上げている事に疑問を感じた。
「タバレさん。片方が仕切りに上を見上げています」
「監視対象の部屋ですか?」
「いえ…彼女の部屋ではなく、見回している感じですね」
ジュリーは詳細に動きを伝えると、すぐにタバレは納得する。
「であれば、軍は我々の思惑に気がついたと言う事でしょう」
相手も勘のいい奴がいるようだと彼は言った。
「では、あれはわざとと言う事ですか?」
「そう言う事になる」
タバレは頷くと、ジュリーは首を傾げた。
「じゃあなんで撤収しなかったんですか?」
向こうがこちらの思惑に気がついたのなら、撤収をして軍側の監視員が居なくなれば、あのリストに確証が持てなくなってこちらの捜査に不安を残す事になると言うのに。と脳内でジュリーは思うと、タバレはそんな疑問に答える。
「おそらく、彼らにとってこのリストはもう隠す必要もなくなったと言う事でしょう。すでに内務大臣にまで報告が上がるような事件です。軍もある程度の妥協を始めたと言う証拠です」
「…」
ジュリーはすぐに答えを導き出したタバレに相変わらずのことながら恐ろしい推察を当てていくと思っていると、彼は部屋に置いてあった無線機を手に取る。
「ルコック、やる事は終わりました」
『了解』
「ですが仕事があります。気を抜かないように」
『分かってますよ。定時連絡も問題ありません』
そして無線が切れると、そこでタバレは盗聴をしている軍の監視員にも『犯人が来ても問題ない』と言う意思表示を済ませた。そして同時に、今裏手から行くと怪しまれるぞと言う警告も兼ねている。するとそこでジュリーがタバレに質問をした。
「でも不思議ですね。先に軍の方の人員が色々と知っているなら、我々よりも先に犯人の目星とか動機も分かっているんじゃないんですか?」
その疑問にタバレは答えた。
「それは恐らく、軍の方でもこの殺人は寝耳に水の案件だからだと思われますよ」
「え?どう言う事です?」
その疑問にタバレは理解する表情を見せてわかりやすく説明をしてくれる。
「今の軍は政権に従順な穏健派が主に主要なポストを押さえています。そして強硬派は政権を打倒する事でそれを塗り替えようとしている」
「はぁ…」
ジュリーはなんでそこでいきなり穏健派と強硬派の人間が出てくるのかを質問するかは藪蛇だろうと感じて質問をしなかった。
「そして今回の事件、恐らく戦時中に軍…それも強硬派の軍人は何かヤバい事をしました。少なくとも表沙汰には絶対できない事です」
「?はい…」
タバレの言葉に首を傾げるジュリー、しかし言葉には説得力があった。
「犯人がピンポイントでこのリストに載った人物達の殺害を始めたことに、まず軍部は気がつかかなった。
恐らくこのリストの中でいまだに行方が取れていない四人がいなくなった頃辺りにようやく軍は違和感に気がついた」
タバレはそう言い、自分なりの推理を並べていく。
「まず初動で軍は対応を遅らせ、警察にこれが殺人事件であることを感付かれてしまった。
そしてこの事態で最も慌てたのが軍の強硬派。今までの被害者達は全員が魔術師で、恐らく能力は戦略か、戦術級の能力を持った武装集団で構成されており、あの集合写真は強硬派の力の根源でもある」
彼はそう言い、同じ写真が飾られていた今までの被害者達を思い出す。
「そして警察よりも先に犯人を押さえる必要があった」
「なぜですか?」
「少なくともこれほどの実力を持った魔術師を野放しにできないから。そして彼らすら容易に暗殺できる能力の魔術師をあわよくば戦力に数えたかったからでしょう」
「…」
タバレの推測にジュリーは絶句をした。
確かに魔法の力で人を操作できる術は存在しているが、それはいわゆる禁術に入る部類の魔法であり、この国では使用が凶悪犯罪者以外では厳しく禁じられていた。
そして軍の犯罪者であろうと、使えるものは使うなりふり構わない姿勢に人としての倫理観を疑った。
「もし軍に犯人の目星がついているなら、我々にすでに指名手配の情報を流しているはずです。そして逮捕後に難癖をつけて回収すればいいだけですからね」
「な、なるほど…」
タバレの推理にジュリーも納得した様子を見せると、彼女は再び狙撃眼鏡を覗き込んで聴取を終えた二人組の男達を見送る。
「犯人は来ると思いますか?」
「分かりません」
「えぇ…」
タバレの即答にジュリーは表情を引き攣らせる。
「襲撃はありましたが、それ以降に一切動きが感じ取れません。もしかすると、私をここから離れられないようにする為に動いたのかもしれません」
「…嫌ですよ?二日続けて殺人事件が起こるなんて」
「それは犯人に言ってください」
至極真っ当な返答をされたような気がすると少々不満げにジュリーは窓辺に座った。
「取り敢えず、ジュリー警部補は明日まで宜しく頼みますね」
「了解しました」
彼女は頷くと、カーテンの閉まった部屋の監視を続けた。
「で、結局現れませんでしたか」
ルコックがそう言って三脚で監視対象の部屋に固定された小銃を横に双眼鏡を使って監視を続ける。
「まあこの際仕方ない。向こうとの根比べだ」
その後ろでタバレはジェブロールから届いた報告書を読む。あれから五日ほど経過し、ホテルに滞在の延長を申請し続けて監視を続けていた。
「先生は、犯人が二人いると推測していましたね」
「ああ、だかまだ確証が持てない」
タバレはそう言って報告書をまとめてベッドに置いた。
「しかし、証言と先生が見た姿には相違点があります」
「身長以外は確固たる証拠がない。犯人は男だが、こんなに変装をしている場合もある」
「では身長は?」
「シークレットシューズの可能性を捨てきれない。犯人は内股に偽装して歩いていたが、身長の底上げのために履いていたのなら、足元が不安定で内股になっていた可能性もある」
彼は次々と自分の立てた推測の反論を並べていくと、それにルコックは苦笑した。




