Cace.39
「ジュリーさん」
車から降りて名前を叫ぶと、地図を持って睨めっこをしていたジュリーが顔を上げてアンドレイを見つけた。
「あっ、アンドレイけ…さん!」
うっかり刑事と言いかけたところを言い直して彼女は小走りで近づいてくる。その背中には長めの鞄を背負っていた。
「背嚢?」
「軍人じゃありませんってば」
ジュリーはアンドレイに反論するように言うと、狙撃銃を入れたバックパックを持ち込んでいた。
彼女はそのままアンドレイと共に覆面パトカーに乗り込む。
「お待たせしました」
「いやいや、よく迷わないでこれましたね」
「最近は慣れたんです!」
ルコックにジュリーはそう反論をすると、持ってきた鞄を隣の席に置いた。
「とりあえず、二日間ほど警部からここにいるように言われました」
「オッケ、仕事の引き継ぎは?」
「コードルさんがやってくれるそうです」
「了解」
ジュリーと共に出向した刑事に仕事を任せて飛んできた彼女にルコックは同僚に黙祷を捧げながら彼女に伝える。
「対象は反対のアパートの五階に暮らしている」
「はいはい…」
ルコックの言葉に合わせるように彼女は窓から見上げて対象がいる場所の確認をする。
「あのカーテンが閉まっているところですか?」
「そう」
そして彼女はアパートの一室で、綺麗な夕陽が見えているにも関わらずカーテンと窓が閉じられている部屋を見る。
「ヘディ・ストリープ。花屋の従業員で、帰り際に地雷型の魔法が用意されていたそうだ」
「え?市内で魔法ですか?」
「ああ、レーダーが反応しないくらい小さくて効率的な魔法だったそうだ。対象にも精神干渉の魔法が使用された痕跡も確認されている」
「…凄腕ですね」
思わず喉を鳴らしてジュリーは警戒心を見せる。
「ああ、特に精神干渉系の魔法は熟練した魔術師じゃ無いと使えないからな」
ルコック自身、認定証を持っている白魔術師であるので、その恐ろしさを十分に理解していた。
「先生曰く、ロンデニオンで出会したときは五つの魔法を使っていたそうだ」
「…」
「普通は二つか三つが別々で展開して限界だ。…相手はバケモンみたいな魔術師だな」
アンドレイが思わず言うと、ジュリーはそこで聞いた。
「あの…タバレさんは?」
「先生ならさっき『気になることがある』って言って河のほうに行った。警部補はとりあえずあのアパートを狙えそうな狙撃位置を確認して来てくれないか?」
「わかりました」
ジュリーは頷くと、本来は階級が下であるルコックの命令を聞いた。
警部補という階級で着任した彼女だが、ルコックの方が警察の経験でも上であるため、ジュリーはむしろ色々と彼やジェブロールから教わる側であった。
「すぐに出ますね」
「了解」
ルテティアに建築される建物は景観重視で高さ制限が加えられており、多くのアパートが立ち並んでいる。
「うーん…」
ジュリーは向かい側にある対象が住んでいる部屋を改めて確認をすると、周りの建物を見回す。
「狙撃に向いている場所か…」
彼女はそこで近くの建物の入り口に入ると、そこで一階の受付でアパートメントホテルの男に聞く。
「すみません。上空いてますか?」
「ええ、何階を?」
「六階。通りが見える部屋で」
「えぇ、何泊?」
「一泊で」
そして料金を支払うと、鍵を借りて彼女は狭いエレベーターのドアを開ける。
「相変わらずルテティアのエレベータは狭いったら無いんだからもう…」
そう文句を垂れながら彼女は誤解まで上がると、指定された部屋の部屋を開ける。
「おぉ、ちょうどいい場所」
そして彼女は背負っていた鞄を広げると、持って来たHTを取り出して電源を入れる。
「こちらジュリー。超いい場所見つけられた」
その無線は通りに止まっていた覆面パトカーに伝えられる。
『どこだ?』
「真反対の少し上。603号室」
『了解。警部補はそのままいつでも撃てる準備をしてください』
「了解」
そこで持って来た鞄を開けると、中から小銃を取り出して設置を始める。
「…」
狙撃眼鏡も装備されており、警察用に配備された旧式小銃である。
そしてその狙撃銃を入れていた底板を外すと、下には短機関銃も入っていた。
「一応、武器庫から色々と借りて来ました」
『え?狙撃銃以外で持って来たの?』
「はい。武器庫の人が『持ってけ』て言ってましたから」
『まじか…』
警察用に銃床が短縮可能な形式を持って来ており、制圧に事欠かない充実した装備を持って来ていた。
「でももしかすると犯人が出るんでしょう?」
『かもですよ。本当に出たら僕が困りますって…』
無線でルコックは苦笑気味に言うと、覆面パトカーの車内で聞いていたアンドレが言う。
「ははっ、警部補の装備やべえな」
「まあ、先生曰く軍用の魔法弾も防いでいたとか言う話だ。アンドレイ、後で警部補から武器借りてきたらどうだ?」
「俺射撃下手だぞ?」
「数撃ちゃ当たるだろ」
そんな事を話すていると、パトカーの窓ガラスがノックされた。
ルコック達は窓の外を見ると、そこでは帰ってきたタバレが二人を見ていた。
「戻って来ましたか」
「ああ、状況はどうだ?」
「さっきジュリー警部補が到着しました。狙撃銃と短機関銃持って来ていましたよ」
「そうか…重武装だな」
ジュリーが到着をしたことに良い報告を聞いたと思ったが、途端に不安に感じた。
「彼女は?」
「真反対のホテルの603号室です。狙撃の準備を始めていると思います」
「分かった」
タバレは頷くと、覆面パトカーを降りてホテルに入って行く。そしてエレベーターを使って六階まで上がると、部屋を三階ノックする。
「タバレです。開けてもらっても?」
『はーい』
中から知っている声が聞こえると、ドアが開いてジュリーが出迎えた。
「…なるほど」
そして部屋の窓辺のテーブルの上に小さい三脚で小銃を固定していた。
「それで狙撃するつもりですか?」
「え?だって犯人が来るかもって…」
そう言い、準備を黙々と進めていく彼女。その手元には弾倉に拳銃弾を込めて行く。
「あくまでも仮定の話であって…まあ確かに地雷はありましたけど」
彼は顔を引き攣らせて準備を整えるジュリーに言う。
「どうして短機関銃まで?」
「警部から持って行けと言われたら、おまけ感覚で渡されて…」
「あぁ…なるほど」
タバレはその一言で理解できた。旧式の軍用装備を渡され、その弾薬の使用期限が迫っていたのだろう。
「取り敢えず、これで犯人が現れても対応できます」
「ええ、ですが問題として…」
タバレはそこで窓の外を一瞥すると、部屋に戻ってジュリーに言った。
「彼女には、知らされていない監視がいる事ですかね」
「え?軍の監視ですか?」
「ええ、おそらく軍も彼女が狙われていると言うことに良い加減気がついたのでしょう」
彼はそう言い、ジュリーに話す。
「軍が国内にまだ大勢いるはずの砲兵の中でも彼らに気を使う理由。おそらく彼らは魔術師でしょう」
「え?どうして…」
断定したように言ったタバレになぜだと首を傾げたジュリー。
「説明をお聞きしても?」
「もちろん」
彼は頷いてその訳を解説する。
「まず二人目の被害者…まあ我々が始めて見た被害者は、降雨魔法を使っていたのでまず間違い無く魔術師です」
「でもどうして他の全員も魔術師だと?」
「私が注目をしたのは集合写真と砲兵勲章です」
タバレが言うと、ジュリーの脳裏にはあの写真と砲兵勲章が思い起こされる。
「戦時中、無数の砲兵勲章は授与されましたが、その六割は魔術師によるものです」
「…」
「そしてあそこにいた部隊。この前チェスをした際に施設を調べたところ、丁度三〇名程度の隊員が暮らすための宿舎がありました」
彼はそこでその時に見た宿舎の小ささと、立地に疑問を覚えた。
「あの写真の施設があった場所は戦後に払い下げられた場所で、本来の宿舎とは大部離れた場所に用意されていました。地元の住民の間では、彼らは植民地から来た外人部隊だと言うことです」
「え?植民地?」
ジュリーはそこですぐに違和感に気がついた。今まで照会を行った被害者のうち、数名は本国出身の戦災孤児である。
「おそらく本当のことでしょう。演習場近くの村の住人の話では、恐ろしく強い部隊が来たと話題になったそうですから」
タバレは部屋のベッドに座り込んでジュリーに言う。
「確かに非魔術師でも魔術師のいる砲兵隊に組み込まれます。ですが…」
彼はそこで被害者の家から持ち出してきた写真を手に取る。
「この部隊は、ジュール・ファブールという軍人が自らの構想を具現化する際に作られた部隊だと、犯人は語った」
「ジュール…ファブール…?」
知らない様子の彼女にタバレは言う。
「ええ、戦時中に有能な魔術師を集めて砲撃を行うことでより威力のある砲兵隊を組織する事で敵戦線に大穴を開けてしまおうと画策した軍人です」
「へぇ…」
ジュリーは数回頷くと、タバレは話しを戻して説明を続ける。
「些か不満ではありますが、犯人の狙いはこの部隊について私に正体を暴かせようとしているところでしょうか」
「え?それって…」
「ええ、貴女から依頼された事と似ています」
「…」
ジュリーはそこで唾を飲み込んで驚愕した目を見せた。
「少なくと軍…特にジュール・ファブールとジョージ・ルメイの二名は犯人から何かしら事前に接触を受けたのでしょう。だから軍の動きが速いんだ」
「ああ、メメント・モリですか?」
ジュリーが言うと、タバレは動きが止まった。
「…何で知っているんですか?」
「え?だって…タバレさんの部屋のボードに貼ってあったじゃないですか」
「…ああ、ロンデニオンに出かけた時ですか」
そしてすぐに彼はなぜその名前を彼女が知っていたのかを把握する。ロンデニオンに出向いている間、ジュリーには定期的に捜査資料を届けて欲しいと頼んでいたのだ。その時に見たのだと察した。
「ところで、調整は大丈夫ですか?」
タバレはそこで三脚を立てて準備をしていたジュリーに聞くと、彼女は答える。
「小銃で大体二〇メートルですから。狙撃眼鏡無しでも頭に当てられますよ」
「…流石ですね」
自信を持って答えたジュリーに、さすがの腕前だとタバレは舌を巻いていた。




