Cace.30
「その部隊は…」
タバレは驚きを隠しつつも、少し背筋が伸びる。
ーー第731外人砲兵隊。
それはここに来る道中に老人が話した砲兵隊の名だ。老人の話を鵜呑みにするなら、ジョージ・ルメイがいたとされる砲兵隊だ。
「戦時中、この宿舎で訓練を行った、植民地から徴兵され外国人で編成された砲兵隊の一つです」
帝国との戦争中、植民地を多く持つ共和国では戦争末期になるとそれらから徴兵された植民地人が戦争に参加した。今までは広報の輸送物資任務に従事していた彼らが前線に駆り出されることになったのはこの国の限界を示しているようにもなり、後の終戦協定締結の理由の一つとなった。
「ジョージ・ルメイもそんな植民地から徴兵された軍人の一人ですよ」
「…」
戦争中に異名が付くほどの戦功を挙げた魔術師。一般的に東洋の呪術の対策でそうした優秀な魔術師というのは本名も顔も明かさないのが常識である。
「彼を知っているのか?」
「ええ、お会いしたことはあります」
メメント・モリは頷くと、タバレは今までの雰囲気や犯行方法とその後の関係者の動きから一貫して彼の中に燻る思考を推察する。
「君は軍を恨んでいるようだ」
「ええ、そりゃあ勿論」
タバレに彼は即答した。
「何故私が彼らを手にかけているのか。貴方ならそれが分かるはずだ」
「…」
タバレは言われ、自分の中で犯人の動機を推察する。
「(彼の目的は砲兵隊員を殺害して戦争を起こすことではない、というわけか)」
今までの彼の行動からして、帝国との戦争を望む人間による工作活動かと思われたが、彼の動機は共和国軍にあると推察する。
そして今までの事件と軍の関わり方。最初の頃に照会をかけた際にいないと答えられて、その後に間違いだったこと。国家憲兵隊を介した軍部の妨害行為。圧倒的に少ない人数で構成された部隊。そこからタバレは推察をした。
「…この部隊は公的には存在しないわけか」
「その通り」
彼は頷く。我が意中を得たりといった様子で話をする。
「私の調べでは、この部隊はジュール・ファブールという軍人が組織した部隊であるとか」
「ああ、その名は聞き覚えがある」
たしか戦時中に『砲兵隊の集結』と銘打って魔術師の精鋭化を提唱した軍人のはずだ。植民地と本土問わずに優秀な魔術師を集めて育成を行うと言う、戦争後期に提唱された育成理論だ。その中で彼はジョージ・ルメイと言う一級魔術師を育成し、実戦投入をしたことから今は中将まで昇進していたと記憶している。
「今は共和国軍中将で、陸軍魔導砲兵の特務師団師団長を務めています」
「粒揃いの軍務省直轄部隊だ」
技術試験部隊の様相も持つ特殊な部隊を指揮し、確か中将本人は帝国強硬派寄りの軍人だったはずだ。
「それで君はその部隊を殺し回り、目的を果たすと?」
「ええ」
明確な目的があっての殺人行為にタバレは違和感を感じなかった。
「(強い恨みの犯行?いや、使命を持った行為のようだ)」
目の前のメメント・モリと言う人物は慎重な性格をしている。犯行に及ぶ際も薬莢を現場に残さないと言う徹底ぶりである。
「(しかし、男だと言うのなら今までの目撃情報が間違っていると言うことになるのか?)」
タバレはそこで警察に配られた手配書の人物の特徴と目の前に人物との対比をしながら考える。
このメメント・モリはまず身長が違い、女性であるかと問われると歩き方や話し方から男性なのではないかと感じる。
話し方といえばそう。メメント・モリは共和国語に独特のイントネーションがあり、共和国生まれの人間ではない。つまり植民地出身の人間であると推察する。
「(被害者は絞れたか…)」
タバレはそこで目の前の犯人が狙っている被害者となる人物を想定する。
「他の砲兵にしなかったのはなぜだ?」
「先ほど言ったとおりです。『あるべきモノをあるべき場所に返す』そのために私は人を殺しているのですよ」
「…どんな理由があろうと、殺人は殺人だ。君も人間であるというのなら、その罪は裁かれなければならない」
「フッ、罪ですか…」
メメント・モリはそこで自分の両手を見つめる。
「いまだに戦争の中を生き続けている私にですか」
自嘲する様子で彼は呟くと、彼の耳にけたたましい音が聞こえた。
「おっと、お客様がいらしたらしい」
彼が反応をすると、施設の窓の外から軍用トラックのエンジン音とブレーキを踏む音が聞こえてくる。
『この中だ!包囲しろ!』
直後に多数の足音と怒号聞こえて来たので、おそらく軍隊である。
「そこの入り口から逃げてください」
「…君は?」
タバレが聞くと、メメント・モリはつけていた手袋に薄らと魔法陣を展開させる。
「私はこの程度は慣れている。だが貴方はそうではない」
その直後、彼は持っていた手榴弾の安全ピンを抜いて入り口のドアに投げつける。
「さ、行って」
直後、部屋に突入をしようとした兵士達に起爆した手榴弾が炸裂。
「「うわぁあっ!?」」
爆発したドアで蝶番が吹き飛び、二人はドアに叩きつけられる。
タバレはすぐにメメント・モリの言う通りに建物を出ると、素早く離れる。
「反撃だ!」
すぐに兵士たちは共和国製半自動小銃で発砲を始める。
施設の窓ガラスを貫通して銃撃が飛んでくると、その銃弾はメメント・モリの分厚い障壁魔法によって防がれる。
「魔法弾を防いでいるだと…!?」
「手緩い」
そこでメメント・モリは手を伸ばすと、黒手袋から暗赤色の魔法陣が浮かび上がるとバチバチと電撃と共に魔法が展開される。
「我この地に平穏を求めんとする者なり。故に我ら異界の民は恩寵を授けられし者なり」
彼はタバレには聞き覚えのない言語で呪文を唱えると、魔法陣の照らされる手を前に突き出す。
「展開」
直後、暗赤色の魔法陣から魔法光が溢れ出すと、建物の窓が一斉に吹き飛んで窓ガラスが散乱。電撃が四方八方に放たれた。
「うわっ!」
「た、退避!退避!」
乗ってきたトラックが電撃の直撃によってガソリンタンクに引火。爆発を起こすと、展開した兵士たちは驚愕をして退避を始める。
「畜生、これがただの魔術師かよ!?」
「強すぎる。うおっ!?」
すると直後に建物から凄まじい炎が噴き出す。それに思わず怯んで隠れる兵士たち。
「っ!?」
そして隠れた瞬間を狙って炎の奥から漆黒の影のような狼が炎を纏って飛び出してくる。
「接近させるな!」
指揮官が叫ぶと、共和国製短機関銃を持った兵士たちが食いつきにかかる狼の群れに掃射を加える。
狼の群れはその重激に身体中に穴が開くと、直後に魔術師の攻撃で次々と撃破される。
「突入!」
そして建物に入った部隊がそのままホールに突入をすると、銃口を向けて探索を開始する。
「い、居ない…!?」
「捜せ!魔法の痕跡がまだあるはずだ!」
銃を向けて困惑する兵士たちに、部隊長はそう叫ぶと所属している魔術師たちは魔法の痕跡を探し始める。
「逃げられましたか…」
「申し訳ありません」
報告書を前にジョージ・ルメイは軽くため息を吐く。
「構いません。奴の逃げ足が早いのはいつものことです」
彼は報告に来た部下にそう言うと、次に破壊されてボロボロになったあの施設を見る。
「…」
徹底的に破壊され、重軽傷者は出たものの、死者は一人も出ていない。
「また死にませんでしたか」
「はい。今までの追跡や戦闘においても、部隊の兵士の死亡は一切確認されていません」
部下は今までに集めた資料を参考に報告する。
「奴はあくまでも隊員を狙っているわけですか…」
彼は吸っていたパイプを少々強引に灰皿に叩いて灰を取り出す。
「(忌々しい殺人鬼め)」
そして表情を歪めて彼は次々と積み上がっていく報告書と事件の顛末書を見る。面倒なのは、この事件の模倣犯まで出てきてしまっていると言う事実である。
「はぁ…ここまで被害が広がってしまっては仕方ありませんか」
「…大佐、何をなされるおつもりで?」
部下の問いに彼は答える。
「これ以上、被害を拡大させるわけには行きません。最早、なりふり構ってはいられないでしょう?」
「…まさか!?」
「ここは名探偵のお力添えをしてもらいましょう」
「危険です。タバレ・ガボリオと貴方が顔を合わせるのは、要らぬ詮索を受けることとなります」
彼のなそうとしている事に部下は驚愕して止めさせようとする。
「中将閣下にも事前に相談はしております。穏健派が敵の敵である以上、強い味方を付けるしかありません」
「…しかし、穏健派は今や自滅寸前。何もせずともメメント・モリは動けなくなるのでは?」
すでにその証拠も挙げられてはいるが、穏健派がなぜメメント・モリに協力的であったのかと言う理由を察しているので迂闊に攻勢に出られない。少なくとも穏健派に握っていると推測する情報は、容易に強硬派を破滅させることのできるものであるからだ。
「すでに相手は我々の位置情報を掴んでいる。ロンデニオンの際に討てなかったことは痛恨の極みでした」
「…」
「穏健派は未だに主導権を握っている。失脚をしかけた場合に、強硬派をトカゲの尻尾切りに使う可能性もある」
彼の懸念に部下は軽く鼻で笑う。
「そんな勇気が彼らにあると?」
「大臣は違う」
「…」
ジョージはそう言うと、部下も薄々感じてはいたので黙り込んでしまう。
「モルト・ゴレップは歴戦の将軍でありながら、優れた軍政家でもある。彼の使命はフェリップ・ペタン政権の存続であり、その為ならどのような手でも使うだろう」
そこで新聞に書かれたデモに参加した人数を記した記事を見る。
「メメント・モリはすでに穏健派に強力な手札を与えた。我々が動くとき時は、穏健派の動向にも注意しなければならない」
軽く歯噛みをしてジョージは窓に近づく。
「幸いにも、彼とは『犯人を捕まえる』と言う一点で共通している。案外、話も聞ける人物だと聞いている」
彼はルテティアから離れているタバレの顔を思い出す。巷では有名な探偵であることを、彼は知っていた。
「ここは一つ、彼に協力を要請することもやぶさかではないかと」
「…分かりました」
部下はジョージの話を聞いて小さく頷くと、そのまま部屋を後にする。




