第38話 卵は敵だ
ドンドンドン!!
「開けろ!」
アレクシスが重厚な扉を拳で叩く。
〈今それどころじゃない!〉
扉の向こうから。
住民の裏返った声が返ってきた。
「中で何が起きている!」
〈だから分からないんだよ!〉
ガコン!
「!」
扉の横。
小さな搬送口が開いた。
〈うわぁぁぁ!!〉
〈早く出ろー!〉
住民たちが。
転がるように飛び出してくる。
「今だ」
レイナが動いた。
すれ違いざま。
狭い搬送口へ滑り込む。
「勝手に入るのか!?」
「今さらだろう」
「……それもそうだな!」
アレクシスとノヴァも続いた。
◇
《判定区》。
三人が中央へ飛び込む。
まず。
鼻を突いたのは。
あの臭いだった。
「……濃いな」
甘い。
なのに。
腐ったような臭い。
頭上では。
太いレーンが何本も走っていた。
その上を。
光る塊が次々と流れていく。
《糖質――栄養》
《脂質――栄養》
《タンパク質――栄養》
「ここで判定してるのか」
アレクシスが表示板を見る。
その時。
「来た」
レイナが呟いた。
レーンの奥。
黄色い光。
《卵由来成分》
三人の目が。
同時にそこへ向く。
黄色い塊が。
判定位置へ入った。
ピピッ。
《卵由来成分――判定:栄養》
「……」
アレクシスが目を見開く。
「栄養……?」
次の瞬間。
ザザザザッ――!!
黒い線が。
表示板を横切った。
緑の文字が。
黒く染まる。
《卵由来成分――判定:栄養》
ザザッ――。
《敵性物質》
「……!」
ガコン!!
警報が鳴り響いた。
赤い光が。
判定区全体を染める。
〈また変わった!〉
〈俺たちは《栄養》って出したぞ!〉
〈防衛区へ連絡!〉
〈卵を止めろー!〉
住民たちが一斉に走り出す。
だが。
ノヴァは。
表示板を見ていなかった。
「……見つけた」
「何がだ!」
ノヴァが指さす。
壁。
さっきの黒い線が。
そのまま奥へ伸びていた。
「追うよ」
「それだけでいいのか!?」
「十分だよ」
レイナがすでに走り出す。
「発信源へ行く」
「お前たち決断が早すぎるぞ!」
その時。
〈外来異物三体、確認!〉
「っ!」
背後。
聞き覚えのある声。
〈判定区へ侵入!〉
〈逃がすな!〉
〈――包め!〉
「また来たのか!!」
白衛隊。
パカッ!!
白い殻が開く。
バシュシュシュッ!!
捕縛膜が飛んだ。
「散れ!」
三人が跳ぶ。
バンッ!!
白い膜が床へ叩きつけられる。
〈第二班、回り込め!〉
〈第三班、先へ!〉
「急げ!」
レイナが叫ぶ。
三人は。
黒い線を追った。
右。
左。
細い通路。
階段。
〈待てー!〉
「待つわけないだろう!」
アレクシスが叫び返す。
「お前らは本当にカナタの一部なのか!?」
〈本体を守ってるんだ!〉
「俺たちも本体を助けに来たんだ!!」
〈知らん!〉
「少しは話を聞け!!」
走る。
さらに。
走る。
だが。
進むにつれ。
少しずつ。
街が変わっていった。
「……?」
レイナが周囲を見る。
光が。
減っている。
道も細い。
さっきまで並んでいた建物も。
なくなっていた。
そして。
「……誰もいないな」
アレクシスが呟く。
住民が。
一人もいない。
あれほど騒がしかった街が。
静まり返っている。
黒い線だけが。
壁を這い。
さらに奥へ進んでいく。
「まだ続いてる」
ノヴァが言う。
「追うぞ」
レイナは止まらない。
背後からは。
白衛隊の足音。
前には。
黒い線。
それを頼りに。
三人は。
さらに身体の奥へ進んだ。
やがて。
通路が。
途切れた。
「……行き止まりか?」
アレクシスが足を止める。
目の前。
巨大な。
真っ黒な壁。
「……」
左右。
上。
どこまで続いているのかも分からない。
光さえ。
吸い込んでいるように見えた。
そして。
黒い線だけが。
その壁へ伸びている。
するり。
壁の中へ。
消えた。
「……入ったぞ」
「ああ」
レイナが黒い壁を見上げる。
ノヴァも。
解析機を向けた。
ピピピピッ――。
《生体反応――なし》
《測定不能》
「……」
ノヴァの眉が。
わずかに動く。
「何だ?」
アレクシスが訊く。
だが。
ノヴァは答えない。
もう一度。
解析機を向ける。
ピピピピッ――。
《生体反応――なし》
《測定不能》
「ノヴァ」
「……おかしい」
「何がだ」
その時。
背後。
ドドドドドドッ!!
〈いたぞ!〉
〈追い詰めた!〉
〈逃がすな!〉
白衛隊が迫ってくる。
「まずいぞ」
アレクシスが振り返る。
レイナは。
黒い壁を見たまま。
剣の柄へ手を置いた。
「進むしかない」
「あの中へか?」
「黒い線は入った」
一歩。
前へ。
「なら、私たちも行く」
「待って」
ノヴァの声だった。
レイナが止まる。
「何だ」
ノヴァは。
黒い壁を見つめていた。
さっきまでの。
楽しそうな笑みはない。
足元から。
ずっと感じていた鼓動も。
この場所では。
ひどく遠い。
ノヴァが。
静かに呟いた。
「……この先」
一拍。
「僕の知っている人体じゃないよ」
(第38話・完)




