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第37話 神殺しの身体は休まない

〈だから塞げって!〉


〈どこを!?〉


〈目の前だよ!〉


〈傷口がないんだよ!〉


「……?」


 修復区の奥から。


 また怒鳴り声が聞こえた。


 アレクシスが顔を向ける。


「今度は何だ」


「忙しい街だねえ」


「楽しそうに言うな」


 三人が声の方へ向かう。


 途中。


「……臭いな」


 アレクシスが鼻を押さえた。


 鉄の匂いに混じって。


 焦げたような。


 鼻の奥が痺れる、奇妙な臭い。


 角を曲がる。


 そこで。


 三人は足を止めた。


「……なんだ、これは」


 巨大な壁。


 そこに。


 一本の白い亀裂が走っていた。


 刃物で切ったようでもない。


 殴られた跡でもない。


 まるで。


 壁の内側を。


 何かが焼きながら走り抜けたような傷だった。


 その前で。


〈白糸持ってきたぞ!〉


〈待て! まだ張るな!〉


〈なんで!?〉


〈どこから直せばいいか分からん!〉


〈じゃあ呼ぶなよ!〉


〈人手はいるんだよ!〉


「おい!」


 アレクシスが思わず割って入る。


「お前たち修復班だろう!」


〈だから困ってるんだ!〉


〈こんなの見たことない!〉


「胸を張って言うな!!」


 その横を。


 ノヴァがするりと抜けた。


「へえ」


「何が『へえ』だ」


「面白い傷だね」


「医者の感想か、それが!」


 ノヴァは気にせず解析機を向ける。


 ピピピピッ。


「……」


 角度を変える。


 ピピッ。


 もう一度。


「熱じゃない」


「では何だ」


「衝撃でもない」


「だから何だ!」


「刃物でもない」


「分からないなら最初からそう言え!」


「それと」


 ノヴァの笑みが。


 少しだけ薄くなった。


「新しい」


「新しい?」


「ああ」


 解析機を傷の奥へ向ける。


「しかも――外から受けた傷じゃない」


「何?」


 レイナが反応した。


 ノヴァが白い亀裂を目で追う。


「身体の内側から、何か強いものが通った跡だ」


「内側から……」


 レイナの目が細くなる。


 アレクシスも。


 すぐに思い当たった。


 異星。


 《飢餓の悪魔》。


『じゃあ、切ればいいんですね』


 カナタが。


 短剣を振った。


 スッ――。


 たったそれだけで。


 悪魔と住民を繋いでいた《連動の概念》が消えた。


「……あの時か」


 アレクシスが呟く。


「《連動の概念》を切った時の……」


「たぶんね」


「たぶんね、じゃない!」


 アレクシスが亀裂を指した。


「あいつ、何事もなかったような顔をしていただろう!」


「してたね」


「そのあと悪魔そのものまで消したぞ!」


「それも見たよ」


「その裏で身体はこんなことになっていたのか!?」


 ノヴァが肩をすくめる。


「本人は知らないんだろうね」


「……」


 レイナが白い亀裂へ近づいた。


「痛くはないのか?」


「たぶん感じてない」


「……そうか」


 レイナは。


 白い傷を見つめたまま。


 小さく呟いた。


「何も言っていなかった」


 ノヴァも。


 今度は笑わなかった。


 その時。


〈もういい!〉


 修復班の一人が叫んだ。


〈傷から考えるから分からないんだ!〉


〈じゃあどうする!?〉


〈無事なところから囲え!〉


 シュルルルッ!


 白い糸が飛ぶ。


 亀裂ではなく。


 その周囲へ。


〈ここは無事!〉


〈こっちも無事!〉


〈先に境界を作れ!〉


 白い糸が。


 傷を囲んだ。


《正常側――確保》


《境界固定》


「……傷を直す前に」


 ノヴァが目を細める。


「無事な場所を決めた?」


「何の意味がある」


「まだ分からない」


「おい」


「でも」


 ノヴァは白い境界を見た。


「覚えておこう」


〈よし! 入れー!〉


 次の瞬間。


 白い糸が一斉に亀裂へ流れ込む。


〈足場張れ!〉


〈壊れたところだけ外せ!〉


〈急げー!〉


 住民たちが。


 次々と白い亀裂へ飛び込んでいく。


 先ほどまで。


 どこから手をつければいいのかすら分からなかった傷が。


 少しずつ。


 塞がっていった。


「……なんだかんだで直したな」


「優秀だね」


「お前より頼りになるな」


「ひどいなあ」


 その時だった。


「……臭い」


 レイナが顔を上げた。


「ん?」


 アレクシスも気づく。


 焦げた臭いではない。


 甘い。


 なのに。


 腐ったような。


「さっきまでなかったぞ」


 アレクシスが大剣へ手を伸ばす。


 同時に。


 住民たちの動きも。


 ぴたりと止まった。


〈……来た〉


「何が?」


 ザザッ――。


 壁を走っていた淡い光へ。


 黒い染みが落ちた。


 じわり。


 じわり。


 光を食うように。


 黒が伸びていく。


〈まただ!〉


〈離れろ!〉


 住民たちが一斉に逃げる。


 黒は。


 一本の線となって壁を走った。


 その後を追うように。


 文字が浮かぶ。


《警戒対象――卵》


《排除命令――継続》


「……卵」


 レイナの目が鋭くなる。


 ノヴァが解析機を向けた。


 ピピッ。


 黒い線は。


 止まらない。


 修復区の奥へ。


 奥へ。


 伸びていく。


「追えるか?」


 アレクシスが訊いた。


「ああ」


 ノヴァはもう走り出していた。


「行こう」


「分かったのか?」


「十分だよ」


 レイナも駆け出す。


「発信源を探す」


「最初からそう言え!」


 三人が走る。


 その背後。


〈白糸足りないぞー!〉


〈さっき持ってきただろ!〉


〈あの変な傷に使いすぎたんだよ!〉


〈本体、次は普通の怪我にしてくれー!〉


「本人に言え!!」


 アレクシスの絶叫が響いた。


 ノヴァが笑う。


「言っても『気をつけます』で終わりそうだけど」


「想像できるのが腹立つな!」


 レイナだけが。


 走りながら。


 小さく呟いた。


「……本当に気をつけてほしい」


 修復区を抜ける。


 鉄の匂いが遠ざかる。


 焦げ臭さも消えていく。


 それなのに。


 甘く腐った臭いだけは。


 どんどん濃くなった。


「近いぞ」


「ああ」


 黒い線の先。


 巨大な扉が見えた。


 頭上には。


 短い表示。


《判定区》


「……ここか」


 三人が扉の前で止まる。


 黒い線は。


 扉の隙間から中へ入り込んでいた。


 その時。


 扉の向こうから。


 声が聞こえた。


〈搬入物、確認〉


 三人が耳を澄ます。


〈卵由来成分――〉


 一拍。


〈判定――栄養〉


「……?」


 アレクシスが眉をひそめた。


 次の瞬間。


 ザザザザザッ――!!


 黒いノイズ。


 甘く腐った臭いが。


 扉の隙間から一気に吹き出した。


〈……待て〉


 中から。


 震えた声。


〈判定が――〉


 ドンッ!!


 巨大な扉が閉じた。


「……」


 ノヴァの笑みが。


 消えた。


(第37話・完)

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