第36話 世界一位、体内で指名手配
巨大な捕縛膜が。
三人へ降りかかった。
「っ!」
レイナが両腕を伸ばす。
右手でアレクシス。
左手でノヴァ。
二人の服を掴み――。
「飛ぶぞ!」
「待――」
ドンッ!!
床を蹴った。
三人の身体が、白い膜のわずかな隙間を一気に抜ける。
直後。
バシュン!!
背後の道が真っ白に覆われた。
〈逃げたぞ!〉
〈第二搬送路、閉じろ!〉
〈上から回れ!〉
ガコン!!
前方。
巨大な壁がせり上がる。
「右!」
レイナが曲がる。
ガコン!!
「こっちもか!」
また壁。
さらに。
頭上。
〈殻開き!〉
パカッ!!
「またそれか!」
〈――包め!〉
バシュシュシュッ!!
白い膜が雨のように降ってくる。
アレクシスが身体をひねってかわした。
「ええい、鬱陶しい!」
着地。
そのまま大剣へ手を伸ばす。
「まとめて吹き飛ばす!」
「いいけど」
隣を走るノヴァが言った。
「一体二体じゃないよ」
「何?」
前。
後ろ。
上。
白い装甲が、次々と姿を現す。
「何千、何万と倒したら――」
ノヴァが笑う。
「カナタ君の免疫、なくなるかもね」
「……」
アレクシスの手が。
すっと大剣から離れた。
「逃げるぞ!!」
「判断が早いね」
「うるさい!」
三人が全力で走る。
その横を。
レイナが一瞬で追い抜いた。
「待て!!」
世界第一位と第二位が。
真正面から戦えば負けるはずのない相手から。
本気で逃げていた。
〈第三班、前へ!〉
〈逃がすな!〉
〈周りを壊すなよ!〉
〈本体優先!〉
「しつこい!」
「免疫だからね」
「嬉しそうに言うな!」
その時。
ザザッ――。
三人の通信機にノイズが走った。
『……レイナ……』
「!」
『……状況を……報告しろ』
エドワードの声。
「追われている」
『何にだ』
「カナタに」
沈黙。
『……なっ、ミナセさんが暴走してるんですかぁぁぁ!?』
副官の絶叫が響いた。
「違――」
ザザザザッ!!
プツッ。
「……」
通信が切れた。
アレクシスが走りながら叫ぶ。
「最悪のところで切れたぞ!!」
「事実ではある」
「お前はもう少し説明しろ!!」
〈前を塞げ!〉
前方。
左右。
背後。
次々と道が閉じていく。
「まずいね」
「見れば分かる!」
その時。
レイナが壁を指した。
「そこだ!」
表示。
《修復区――関係者以外立入禁止》
その下。
巨大な穴へ、白い糸や光る資材が次々と流れ込んでいる。
「立入禁止だぞ!?」
「今さらだ!」
「それはそうだが!」
三人が穴へ飛び込む。
〈待て!〉
白衛隊も追ってくる。
だが。
〈止まれ!〉
〈資材の搬送を止めるな!〉
〈本体の修復が先だ!〉
〈追うなら別の道から行け!〉
「助かった!」
アレクシスが息を吐く。
次の瞬間。
身体が落ちた。
「うおっ!?」
右。
左。
急降下。
大量の白い糸や資材と一緒に、暗い管を滑っていく。
「ノヴァ!」
「何?」
「止められないのか!?」
「僕、今何もしてないよ」
「なお悪い!!」
さらに曲がる。
上下がひっくり返る。
「楽しそうだね!」
「どこがだ!!」
前方。
光。
「出口だ!」
三人が勢いよく放り出された。
「ぐっ!」
アレクシスが着地しようと足を伸ばす。
その瞬間。
〈そこ踏むなぁぁぁ!!〉
「何!?」
反射的に足を引っ込める。
空中で一回転。
少し離れた場所へ着地した。
「なんだ!?」
〈今直したところだぞ!〉
〈またやり直しになるだろ!〉
「知るか! 今来たばかりだ!」
〈来たばかりなら端歩け!〉
「そんなルール知らん!!」
怒鳴り返すアレクシスの横を。
小さな丸い住民たちが走り抜ける。
〈裂け目、押さえるぞ!〉
〈せーの!〉
ぺたっ!
数人が壁へ張りつく。
傷口を膜が覆う。
〈白糸追加ー!〉
シュルルルッ!
別の住民が、白い糸を何重にも張っていく。
〈ゴミ通るよー!〉
今度は、大きな袋を抱えた住民が壊れた破片を運び去った。
「……」
アレクシスがその光景を見送る。
「身体の工事現場か」
「分かりやすいだろ?」
「お前が説明しなくても分かった」
「成長したね」
「殴るぞ」
〈そこ喋ってないでどいてー!〉
「また俺か!?」
三人が道を空ける。
資材を山積みにした荷台が猛スピードで通り過ぎていった。
その先で。
レイナが。
ふと足を止めた。
「……待て」
「どうした?」
レイナが上を見る。
アレクシスも。
ノヴァも。
顔を上げた。
「……」
三人の前。
巨大な壁を。
一本の深い跡が走っていた。
傷は塞がっている。
だが。
何重にも白い糸が張られ。
さらにその上から、厚く補強されている。
〈第九旧損傷区!〉
〈上の補強が薄いぞ!〉
〈追加持ってこーい!〉
住民たちが、傷跡の上を走り回っている。
アレクシスが見上げた。
「……でかいな」
ノヴァが解析機を向ける。
ピピッ。
「古い傷だね」
「これが?」
「うん」
ノヴァが解析機を下ろしかける。
その時。
ピピッ。
「……ん?」
横へ向ける。
ピピピッ。
反対側。
ピピッ。
後ろ。
ピピピピッ。
「ノヴァ?」
「ちょっと待って」
今度は上へ。
ピピピピピピッ――!!
警告音が。
一斉に鳴り始めた。
淡い光が浮かぶ。
一つ。
二つ。
三つ。
「……」
壁。
塞がれた大穴。
床。
長く引きつった跡。
頭上。
何重にも補強された亀裂。
さらに奥。
また一つ。
また一つ。
光が増えていく。
「待て……」
アレクシスの声が低くなる。
十。
百。
それ以上。
数えられない。
視界の端まで。
修復区のあちこちが。
淡く光っていた。
「……全部か?」
ノヴァが解析機を見る。
さっきまでの笑顔が。
消えていた。
「ああ」
一拍。
「全部、古傷だ」
「……」
アレクシスが言葉を失う。
レイナも。
何も言わなかった。
ただ。
壁。
床。
頭上。
無数に残る傷跡を見ている。
〈第四区画、補強終わったぞー!〉
〈次、第六区画!〉
〈まだまだあるぞ!〉
住民たちが走る。
〈本体は今日も動いてる!〉
〈止めるなー!〉
誰も。
それを特別なことだと思っていない。
破れれば。
塞ぐ。
壊れれば。
直す。
また傷つけば。
また直す。
「……こいつ」
アレクシスが小さく呟いた。
「どれだけ無茶してきたんだ」
レイナは答えなかった。
遠くでは。
また新しい白い糸が運ばれていく。
今日も。
この街は。
カナタが知らない傷を。
黙って直し続けていた。
(第36話・完)




