第32話 世界第三位、ドクター・ノヴァ
エドワードが手元のパネルを操作し、通信を接続する。
『――こちらドクター・ノヴァ』
「至急、本部へ来い」
『もう着いてるよ』
「……何?」
プシュッ――。
通信を切る間もなく、背後の自動ドアが滑らかに開いた。
「やあ、エドワード。緊急解析ログに君が『判別不能』なんて残すから、面白くて飛んできたよ」
白衣を優雅にはためかせ、整った顔立ちに爽やかな笑みを浮かべた男が入室してくる。
「帰れ」
「呼んだのあなたですよね!?」
エドワードの冷淡な一言に、副官の絶叫が重なった。
世界第三位探索者にして、人類最高峰の医療研究者。
ドクター・ノヴァ。
世界的な混乱の只中であることなど微塵も感じさせない軽い足取りで、ノヴァは中央分析室のホログラムモニター前へと歩み寄る。
「さて。噂の神殺し君を見せてもらおうか」
「発症者に共通して、その黒い異物がいるんだろう?」
腕を組み、モニターの黒い影を睨みつけていたアレクシスが口を開く。
「なら、そいつだけを体内から摘出すれば済む話じゃないのか」
ノヴァは人差し指をすっと立て、どこまでも爽やかな笑顔を向けた。
「七十点」
「……何?」
「発想は正しい」
ノヴァがモニターを指さす。
「ただし――どこにいる?」
「何?」
「血液は全身を巡っている。こいつの正確な大きさも、潜んでいる位置も分からない」
ノヴァは笑顔のまま続ける。
「まさか患者の血管を全部開いて、一つずつ探すつもりじゃないだろうね?」
「そんなことは言っていない!」
「安心したよ。世界第二位にも最低限の医学的倫理はあったんだね」
「お前、喧嘩を売っているのか」
「まさか。褒めているんだよ」
「どこがだ!!」
アレクシスが額に青筋を浮かべる。
ノヴァは楽しそうに肩をすくめた。
「まあまあ。そんなに怒るから二位なんだよ」
「お前は三位だろうが!!」
咆哮するアレクシスと、それを涼しい顔で受け流すノヴァ。
そんな男二人の不毛なやり取りを完全に無視し、深くフードを被った影が静かに前へ踏み出した。
「カナタは治せるのか?」
氷のように冷たい、レイナの声だった。
順位争いも煽り合いも、彼女の視界には一切入っていない。
ただ、まっすぐにノヴァを見つめている。
「おや……“孤高の頂”がずいぶん熱心だね」
ノヴァは一瞬だけ意外そうに眉を上げた。
だが、それ以上は何も言わない。
「それを調べるために、まずは本人を見せてもらおうか」
ノヴァが操作パネルへ細い指を滑らせる。
症例第一号――カナタ・ミナセ。
血液サンプル。
バイタルデータ。
発症時の記録。
次々と情報がホログラム上へ展開されていく。
ノヴァは軽い調子のまま、カナタの血液画像を拡大した。
「さてさて。神まで殺す男の身体で、何が起きているのかな――」
そして。
「……」
笑みが消えた。
先ほどまでの軽薄さが、まるで最初から存在しなかったかのように消え去る。
生体データを重ねる。
顕微鏡の倍率を一段上げる。
もう一段。
赤血球の隙間を蠢く、小さな黒い影。
その動きを追う。
体液の流れ。
心拍。
免疫反応。
発症時の数値。
複数のデータが猛烈な速度で並べ替えられていく。
分析室から、声が消えた。
アレクシスがわずかに眉を寄せる。
「……どうした」
ノヴァは答えない。
数式とバイタル波形を組み替え、黒い影の挙動だけを、その研ぎ澄まされた瞳で追い続ける。
つい先ほどまで絶え間なく喋っていた男が。
一言も発さない。
世界最高峰の医療研究者としての、恐ろしいほどの集中力。
数十秒。
やがて。
「……なるほどね」
ノヴァが、ぽつりと呟いた。
「分かったのか?」
アレクシスの問いに、ノヴァはすぐには答えなかった。
最後にもう一度だけ、黒い影を拡大する。
そして、ゆっくりと倍率を戻した。
「いや」
「おい」
「でも、一つだけ分かったよ」
ノヴァが振り返る。
その瞳からは、先ほどまでのおふざけの光が完全に失われていた。
「これ、アレルギーじゃないよ」
(第32話・完)




