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第31話 世界からマヨネーズが消えた

「……ない」


 王都マートの調味料売り場。


 昨日まで大量に棚へ並んでいたはずのマヨネーズが、一本残らず消え去っていた。


 前日の『全卵販売停止』に続き、政府から出された『卵使用加工食品の流通一時停止命令』。


 その影響は、市民の食生活を直撃していた。


 スーパーの棚はスカスカになり、街の洋菓子店やパン屋、ラーメン屋では、一部商品の販売中止や臨時休業が相次いでいる。


 そしてネット上は、第二のパニックによって阿鼻叫喚の渦と化していた。


『マヨネーズ返せ!!』


『ポテサラ終了のお知らせ』


『【朗報】ケチャップ派の時代きたあああ!』


『オムライス作れない時点でお前らも負けてるぞ』


『【悲報】たこ焼き、ただの出汁焼きになる』


 ◇


 ミナセ家のリビング。


 夕食の食卓には、こんがりと揚がった唐揚げが皿に盛られていた。


 その前で、お母さんが腕を組み、非常に険しい顔で唐揚げを見つめている。


「……唐揚げにマヨネーズがつけられないなんて、何の罰かしら」


 目の前の唐揚げは美味しそうだった。


 カナタも、どこか物足りなさそうに食卓を見つめる。


「……マヨネーズも駄目なんですね」


「卵入ってるんだから駄目でしょ」


「そうでした……」


 カナタは目の前の唐揚げを見つめ、「はあ」と切なそうに息を吐いた。


 ◇


 ――同刻。


 探索者協会本部、中央分析室。


 世界中がマヨネーズ喪失の騒動で荒れる裏側で、エドワードは世界中から送られてくる膨大な症例データを照合し続けていた。


「これを見ろ。同じ皿の卵料理を食べた家族だ」


 モニターに、三人のデータが並ぶ。


「父親は搬送。母親と子どもは無症状だ」


「同じものを食べたのに……!?」


「ああ。そして、同様の例が世界中にある」


 エドワードの指が高速で端末を操作する。


 次の瞬間。


 分析室のホログラムモニターに、発症者の血液サンプルデータが拡大表示された。


 症例第一号であるカナタをはじめ、世界中の発症者から採取された血液のミクロ画像。


 超高精度の顕微鏡映像が、さらに拡大されていく。


 赤血球。


 白血球。


 その間を流れる体液。


 エドワードの指が、ピタリと止まった。


「……いたぞ」


「え?」


 助手がモニターを覗き込む。


 赤血球の隙間。


 かすかな体液の揺らぎの中に、それは存在していた。


 ほんの小さな。


 黒い影。


「これは……?」


 既存の医学データベースのどれにも該当しない。


 魔力反応も示さない。


 一見すれば、ただの不純物にも見える。


 だが。


 黒い影が、わずかに動いた。


「……今、動きませんでしたか?」


「ああ」


 映像をさらに拡大する。


 黒い影は、赤血球の間を漂うように、ゆっくりと位置を変えていた。


 別の発症者。


 そこにもいる。


 さらに別の発症者。


 やはり同じ黒い影。


 一方。


 無症状者の血液サンプルへ切り替える。


「……いない」


「そうだ」


 無症状者の血液には、その黒い影が一切存在していなかった。


 発症者にだけ存在する。


 正体不明の何か。


 助手の表情が強張る。


「エドワード様……これは、何なんですか?」


「分からん」


「……」


 助手の顔から、血の気が引いた。


 エドワードが。


 分からないと言った。


「少なくとも、私の専門ではない」


 エドワードは静かに手元の操作パネルを押した。


 専用の暗号通信回線が開く。


 いくつもの名前が並ぶ通信リスト。


 その中から、エドワードの指が一つを選択した。


「……専門家を呼べ」


「ど、どなたをですか……?」


 モニター中央に、一人の名前が表示される。


《世界探索者ランキング第三位――ドクター・ノヴァ》


 助手が目を見開いた。


 エドワードは眼鏡のブリッジを押し上げる。


「人体に関して、私より厄介な男だ」


(第31話・完)

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