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第25話 九十八・七パーセントの行方

「これ、誰が食べてるんですか?」


 カナタの純粋すぎる、それゆえに逃げ場のない問いかけが、赤茶けた荒野にぽつんと落とされた。


 吹き抜ける乾いた風の音だけが、異様に大きく響く。


「な……っ!」


 最初に我に返ったのは、異星の指導者だった。


 その顔は青ざめ、怒りと困惑で歪んでいる。


「そんなはずはない! 我々は同胞を、この星の子どもたちを飢えから救うために、地球から命がけで卵を集めていたのだ! 略奪の汚名を着てでもだ!」


「そうだ!」


 防衛部隊の兵士たちも、すがるように声を荒らげる。


「確かに配給は行っている! 毎日欠かさず住民へ届けているはずだ! 不正などあるはずがない!」


 だが、その武器は震えていた。


 怒りではない。


 恐怖だった。


 自分たちが信じ続けてきた正義が、今まさに音を立てて崩れ始めている。


「……待って」


 レイナが細い眉をひそめる。


 視線の先には、痩せ細った子どもたち。


「彼らが嘘をついていないとしたら……運ばれた卵は途中で消えているということ?」


「誰かが横流ししているのか?」


 アレクシスが周囲を見渡す。


「あるいは組織的な窃盗……。


 だが、これほど膨大な物流を隠し通せる場所など、この星のどこにある?」


 現場が混乱に包まれる。


 一方、配信コメントも爆発していた。


『内部犯か!?』


『指導者マジで知らなかった顔してる』


『黒い脈が怪しすぎる』


『地下だろ』


『絶対地下に何かいる』


『でも証拠がない』


 誰もが推理を始める。


 その混沌を、一瞬で断ち切る声が響いた。


『――静かにしろ』


 通信越し。


 ギルド本部。


 エドワードだった。


『異星側は搬入記録と配給実績を提出しろ』


『現地部隊は黒い脈の流量、搬送速度、貯蔵区画容量を測定。全データを私へ送れ』


 指導者は苦い表情で拳を握る。


 そして静かに目を閉じた。


「……提出しろ」


「しかし!」


「隠しても意味はない」


 異星側も資料を運び始めた。


 王都軍も測定を開始する。


「流量測定開始!」


「搬送速度算出!」


「貯蔵容量確認!」


 数値が次々と本部へ送られていく。


 その瞬間だった。


(カタカタカタカタカタカタカタカタカタカタカタ――!)


 猛烈なタイピング音。


 まるで戦場そのものを演奏するような速度。


 誰も声を出せない。


 音だけが響き続ける。


 それはかつて、王都マートの特売チラシの更新差分を保存・比較していた男の執念。


 卵の消失総数。


 搬入記録。


 配給実績。


 人口。


 流量。


 搬送速度。


 備蓄容量。


 膨大な物流データが、常人には理解不能な速度で組み替えられていく。


 ギルド本部では、職員たちも固唾を呑んで画面を見守っていた。


 数式。


 物流図。


 流量グラフ。


 画面が猛烈な勢いで切り替わっていく。


「まだ計算しているのか……」


 一人の職員が呟く。


 副官は首を振った。


「違う」


「え?」


「もう計算は終わっている」


 副官の喉が鳴る。


「これは……検算だ」


「!」


「エドワードさんが同じ計算をここまで繰り返すのは初めて見る……」


 全員の背筋に冷たいものが走る。


 やがて。


 タイピング音が止んだ。


 画面中央に、一つの数字だけが表示される。


 副官の顔から血の気が引いた。


「……出た」


『ああ』


 短い返答。


 それだけで、副官は理解した。


「……あり得ません」


 震える声。


「こんな数字……」


「何かの間違いです」


「いや」


 エドワードは静かに眼鏡のブリッジを押し上げた。


「ある」


 通信が開く。


 現地へ向け、静かに告げる。


『地球側の消失総数と搬入量は一致している』


『搬入された卵も確認できる』


『だが』


『配給量と一致しない』


『備蓄量とも一致しない』


『人口とも一致しない』


『黒い脈へ流れる総量だけが、完全に一致している』


 誰も動かない。


 コメント欄すら止まる。


 世界中が息を呑んだ。


『住民へ届いているのは――わずか一・三%』


 静寂。


 風だけが吹く。


 一・三%。


 それは生きるには少なすぎる数字だった。


 異星の兵士たちが互いを見る。


「嘘だ……」


「そんな数字……」


 だが誰も否定できない。


 毎日配給してきた。


 それでも子どもたちは痩せ続けた。


 その違和感だけは、ずっと消えなかった。


 今、その答えが突きつけられた。


『残り九十八・七%は消えている』


『流通の途中で掠め取られている』


『――地下だ』


『その大地の下で、別の何かが栄養を横取りしている』


「な……何だと……!」


 指導者が崩れ落ちる。


「一・三%……!?」


「では……我々が命を懸けて集めた卵は……!」


「子どもたちの未来は……!」


 守ってきた。


 救ってきた。


 そう信じていた。


 だが違った。


 自分たちは。


 ただ巨大な何かへ餌を運ぶためだけの存在だった。


 絶望が荒野を覆う。


 兵士たちの武器が一つ、また一つと地面へ落ちた。


 エドワードは静かに告げる。


『私は以前、言ったはずだ』


『特売とは、世界経済の縮図だ』


 副官が目を見開く。


 ミナセ家で笑われていた理論。


 その意味が今、世界規模で証明される。


『物流とは、人を生かすための技術だ』


『必要な者へ』


『必要な量を』


『必要な時に届ける』


『それを歪め』


『効率を冒涜し』


『子どもたちを飢えさせている元凶が――』


 一拍。


『数字は嘘をつかない』


『犯人は、地下にいる』


 その瞬間だった。


 ――ドクン。


 大地の底から巨大な鼓動が響いた。


 黒い脈が一斉に赤黒く脈打つ。


 ドクン。


 ドクン。


 ドクン。


「来るぞ!」


 レイナが剣を抜く。


 アレクシスも大剣を構えた。


 ズズズズズズズ……!!


 貯蔵区画の真下が崩れ落ちる。


 巨大な裂け目。


 暗黒。


 その底で。


 ゆっくりと二つの巨大な眼が開いた。


 ギロリ。


 赤黒く濁った瞳。


 その視線だけで、大地が震える。


 異星の指導者は全身を震わせた。


「まさか……」


「ずっと地下に……」


 九十八・七%もの栄養を貪り続けた真の黒幕。


 《飢餓の悪魔》が、その巨大な姿を現そうとしていた。


(第25話・完)


シルバーウィーク集中配信、5日目です!


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