↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
24/40

第24話 異星人との対峙

 巨大な門の光が弾け、視界が開けた瞬間。


 カナタたちの肌を刺したのは、ひどく乾燥した冷たい風だった。


 《白殻迷宮》の最奥。


 世界の境界線を越えた先に広がっていたのは、見渡す限りの荒涼たる異星の地だった。


「――門の向こうは、別の星だったというわけか」


 アレクシスが低く呟き、腰の大剣の柄に手をかける。


「全員、門を背に陣形を組め! 周辺の安全を確認しろ!」


 王都軍の隊長が号令を飛ばすと、精鋭たちが素早く散開した。


 ある者は武器を構えて周囲を警戒し、ある者は地面へ測定器を突き立てる。


「大気を測定!」


「魔力濃度、地球側の二・六倍!」


「毒性反応なし。少なくとも、短時間の活動に支障はありません!」


「通信状態は?」


『映像、音声ともに受信している。現地データを継続して送れ』


 ギルド本部から、エドワードの冷静な声が返ってくる。


 カナタも配信用端末を確認した。


 映像はわずかに乱れているものの、配信は途切れていない。


『本当に別の星まで来たのか!?』


『空が怖すぎる』


『草一本生えてないぞ……』


『これ、卵を探しに来た配信だよな?』


 コメント欄の流れも、先ほどまでより明らかに遅くなっていた。


 視聴者たちも、画面の向こうに広がる異様な光景に言葉を失っているらしい。


 頭上を覆うのは、どす黒い雲が渦巻く澱んだ空。


 大地には、まるで巨大な怪物の血管のように、禍々しい「黒い脈」が、ひび割れた土壌を縦横無尽に這い回っていた。


 鳥の声はない。


 虫の羽音もない。


 聞こえてくるのは、荒野を吹き抜ける乾いた風と、大地の底から伝わってくる低い鼓動だけだった。


 ドクン。


 ドクン。


 足の裏から響くその振動に、王都軍の兵士たちが表情を険しくする。


「隊長、この黒いもの……動いています」


 一人の調査員が、地面を走る黒い脈へ測定器を近づけた。


「植物ではありません。金属反応もなし。ですが内部を、何かが高速で流れています」


「生き物なのか?」


「判別できません」


 カナタは黒い脈をじっと見つめた。


 一定の間隔で膨らみ、縮み、また膨らんでいる。


「血管みたいですね」


「惑星の大地に血管があるものか」


 アレクシスが即座に否定する。


 だが、通信の向こうでエドワードが短く沈黙した。


『……現時点では、否定できん』


「否定できないのか?」


『流動パターンが、生物の循環器系に酷似している。この星全体に張り巡らされている可能性がある』


 その言葉に、一同が改めて足元を見下ろした。


 自分たちが立っている場所そのものが、巨大な何かの身体であるかのような錯覚を覚える。


「気持ち悪い星ですね」


 カナタが素直な感想を口にすると、アレクシスが小さく息を吐いた。


「お前はもう少し言葉を選べ」


「すみません」


『でも分かる』


『俺も同じこと思った』


『大地全部が生き物だったら怖すぎる』


 調査隊は門を背に、慎重に歩き始めた。


 足元には、何かを耕していたらしい畑の跡が残っている。


 だが土は完全に乾き、作物どころか雑草一本生えていない。


 さらに進むと、半ば崩れ落ちた住居らしき建物が現れた。


 割れた食器。


 底の抜けた鍋。


 土に埋もれた、子ども用と思われる小さな玩具。


 誰かが確かにここで暮らしていた。


 だが、食べ物だけがどこにも見当たらなかった。


「生活の痕跡はある」


 レイナが、崩れた家屋の中を見ながら呟く。


「放棄されてから、それほど長くはない」


「住民はどこへ行った?」


 アレクシスが周囲を警戒する。


 その時。


「隊長! 前方に巨大構造物!」


 先行していた兵士の声が響いた。


 一行が岩場を越えると、荒れ果てた大地の中央に、あまりにも巨大な貯蔵区画が姿を現した。


 地球から繋がった極太の輸送管が、巨大な蛇のように頭上を走っている。


 その先端からは、見覚えのあるプラスチック製の『王都マート』の卵パックや、王都軍の紋章が刻まれた備蓄箱が、滝のような勢いで次々と吐き出され、うずたかく積み上げられていた。


「……すごい数。王都から消えた卵が、本当にここへ運ばれていたのね」


 レイナが鋭い視線で、その山を見上げる。


「輸送先を確認する!」


 王都軍の兵士たちが、貯蔵区画へ慎重に近づいていく。


 だが、その直後。


 積み上げられた卵が、次々と音を立てて割れ始めた。


 パキッ。


 パキパキパキッ。


「何だ!?」


「卵が……勝手に!」


 運び込まれた卵は、貯蔵区画へ落ちた直後から次々と破砕されていた。


 中身から淡い黄色の光が溢れ出し、大地を這う黒い脈へ、ドクンドクンと脈打つように吸い上げられていく。


「光だけが、黒い脈へ流れている……」


「栄養を抜き取っているのか?」


「分かりません! ただ、卵の中身が急速に消失しています!」


 兵士たちの報告が飛び交う。


 貯蔵区画の周囲に残されているのは、中身を完全に抜き取られたプラスチックの破片と、無数の中身のない殻ばかりだった。


『卵が全部空になってる……』


『あの黒いの、何を吸ってるんだ?』


『その光、どこに流れてるんだ?』


「待って。あそこを見て」


 レイナの言葉に、一同の視線が貯蔵区画の影へ向けられる。


 そこには、崩れかけた岩陰から怯えたようにこちらを見つめる、この星の住民たちの姿があった。


 ――その光景は、あまりにも異常だった。


 地球から運ばれた卵の残骸が、山のように積み上がっている。


 それにもかかわらず、住民や、母親の腕に抱かれた小さな子どもたちは、全員が骨と皮ばかりに痩せ細っていた。


 その瞳には、生気がほとんど残っていない。


 カナタたちの姿に気づくと、住民たちは怯えたように身を寄せ合った。


 母親は子どもを胸に抱き、老人は震える身体で若者たちの後ろへ隠れる。


 彼らの視線は、調査隊の武器と、その背後にある卵の山を交互に見ていた。


「動くな、異界の侵略者ども!」


 突如として、鋭い怒号が響いた。


 貯蔵区画の奥から、粗末ながらも強固な武装を施した異星の防衛部隊が次々と現れ、カナタたちを取り囲む。


 彼らの先頭に立つのは、決死の覚悟を瞳に宿した、この星の指導者だった。


 一触即発の空気が、荒野を支配する。


 防衛部隊は鋭い殺気を放ち、今にも飛びかからんばかりに武器を握り締めていた。


 だが。


 レイナとアレクシスが、静かに一歩前へ出た。


 ただそれだけで、異星の防衛部隊の足が止まった。


 圧倒的な格の違いを本能で察し、誰一人としてそれ以上踏み込むことができない。


 武力では逆立ちしても敵わない。


 それを察しながらも、指導者は背後にいる痩せ細った子どもたちを庇うように両腕を広げ、血を吐くような声を張り上げた。


「我々も、好んで他世界から略奪をしているわけではない……! だが、我が星の子どもたちは飢えているんだ! 卵を奪わねば、この星の未来は潰える!」


 その悲痛な告白に、嘘はなかった。


「この黒い脈は、星全体へ栄養を分配するための聖なる生命線だ。だが、どれだけ地球から卵を捧げても、光はすぐに消えてしまう……! まだ全体の投入量が足りないんだ!」


 指導者は、黒い脈を指さした。


「だから、我々はもっと多くの卵を集めなければならない。全員を救うためには、これでもまだ足りないんだ……!」


 彼らは盲目的に信じていた。


 卵から抜き取られた光が、黒い脈を通じて星の隅々へ公平に分配されているのだと。


 それでも住民が飢えたままなのは、自分たちが奪った卵の総量が、まだ足りていないからなのだと。


 子どもたちを救いたいという一心で、彼らは泥沼の略奪を拡大させていた。


「敵にも、引き下がれない事情があるというわけか……」


 王都軍の兵士たちが、構えた武器をわずかに下げる。


 相手にあるのは悪意ではなく、自らの世界を救おうとする必死さだった。


 重苦しい沈黙が、場を支配する。


 誰もがこの複雑な状況に口を閉ざす中、カナタだけが静かに動いた。


 複雑な事情よりも先に、カナタは目の前にある事実を見ていた。


 まず、うずたかく積まれた卵の山を見る。


 次に、母親の腕の中で力なく俯く、痩せ細った子どもを見る。


 そして、今も黒い脈へ吸い込まれ続けている淡い黄色の光へ、もう一度視線を戻した。


「……これ、誰が食べてるんですか?」


 その声は、静まり返った荒野に真っ直ぐ響いた。


「こんなに卵があるのに、皆さんのお腹には入ってないですよね?」


「――っ」


 指導者の表情が凍りついた。


 あまりにも根本的な問いだった。


 だが指導者たちは、卵を集めることに必死になるあまり、一度もその先を疑わなかった。


 通信の向こう。


 ギルド本部で一連の映像を見つめていたエドワードが、無言で眼鏡のブリッジを押し上げる。


 次の瞬間。


 静まり返った本部に、乾いたキー音が規則正しく響き始めた。


(第24話・完)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。