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第23話 白殻迷宮

 《白殻迷宮》の内部は、およそ従来のダンジョンとはかけ離れた空間だった。


 壁面を覆うのは、滑らかな質感を持つ、白い殻のような未知の材質。


 頭上や足元には、半透明の巨大な管が縦横無尽に張り巡らされている。


 その内部では、淡い黄色の光が一定の速度で絶え間なく流れ続けていた。


 通路の隅には、王都のスーパーで見覚えのある卵パックや、梱包材によく似たゴミが散乱している。


 さらに床の一部には、卵の白身を思わせる半透明の粘液が薄く広がっていた。


 壁と天井の隙間には、それが糸状に引き伸ばされ、蜘蛛の巣のように絡みついている。


 足を取られれば、簡単には抜け出せそうにない。


「……卵白まで再現しているのか」


『いや、成分は不明だ。触れるな』


 エドワードが即座に制止した。


「……迷宮というより、巨大な搬送施設だな」


 大剣を肩に担いだアレクシスが、周囲を見回しながら眉をひそめた。


 一行の耳元に装着された通信機から、冷静な声が響く。


『周辺の環境情報を本部へ送れ。管の内径と流量もすべてだ』


 ギルド本部から映像と各種データを受け取り、遠隔指揮を執るエドワードの声だった。


 目の前には、無数に枝分かれした通路が広がっている。


 どの道も同じ白い壁に覆われ、魔力探知にも明確な差は見られない。


 現地の隊員が測定した情報が、次々とギルド本部へ送信されていく。


 わずかな沈黙のあと、エドワードが迷いなく告げた。


『右へ進め。左の管は細すぎる。三万個の卵を短時間で運べる経路ではない』


「迷宮の進路を、卵が何個通れるかで決めるのか?」


 アレクシスが呆れたように尋ねる。


『物流施設なら、輸送量を見れば主経路は分かる』


「三万個の卵を基準に迷宮を攻略する男は、世界でお前だけだろうな」


 そう言いながらも、アレクシスはエドワードの指示どおり、右の通路へ足を進めた。


 そこから先も、エドワードの分析は一切の迷いを見せなかった。


『壁面温度は?』


 王都軍の隊員が、すぐに測定器を壁へ向ける。


「全区画で低温を維持。温度変化はありません」


『なら保存区画だ。輸送の終着点へ繋がっている可能性が高い。そのまま進め』


 即座に届く指示に、王都軍の隊員たちが迷いなく動き出した。


 先ほどまで呆れた顔をしていたアレクシスも、もう何も言わない。


「元ギルドマスターの肩書きは、伊達じゃないということか」


 エドワードの指示どおり、低温が保たれた区画の奥へ踏み込んだ、その瞬間。


 甲高い警告音が、白い通路に鳴り響いた。


『侵入者を検知』


 無機質な音声とともに、壁面が一斉に開く。


 内部から現れた無数の白い球体から、ずれたタイミングで声が重なった。


『えっさ』

『ほっさ』

『タンパク質』

『排除』


 数十。


 百。


 さらにその奥からも次々と浮かび上がり、またたく間に一行を取り囲んでいく。


 球体の表面に赤い光が灯り、無数の照準が調査隊へ向けられた。


「僕も手伝いましょうか?」


 カナタが腰の短剣へ手を伸ばした。


「まとめて消せると思います」


「待て!」


 アレクシスが即座に制止した。


 カナタの指が短剣の柄に触れた瞬間、副官の顔色が変わった。


「迷宮ごと消さないでください!」


「カナタは荷物を守っていてくれ」


 レイナが静かに告げた。


「分かりました。おにぎりを守っておきます」


 カナタは素直に後方へ下がると、巨大なバックパックを身体の陰へ入れた。


 お母さんが持たせてくれたおにぎりの包みが入っている側を、飛んでくる破片から守るように両手で押さえる。


 世界ではなく、お母さんの作ったおにぎりを守るために、カナタは真剣な顔で荷物の前に立った。


「行くぞ、レイナ。遅れを取るなよ!」


「それはこちらの台詞だ、アレクシス」


 人類最高峰の二人が、同時に地を蹴った。


 次の瞬間、白い空間が弾けた。


 アレクシスが大剣を縦一閃に振り下ろす。


 巻き起こった烈風だけで、十数体の防衛機構がまとめて粉砕された。


 その爆発の間を縫うように、レイナが駆け抜ける。


 一切の無駄がない、洗練された剣閃。


 レイナが通過した軌跡に沿って、白い球体が次々と両断されていった。


 反撃のために放たれた無数の光線は、二人の姿を捉えることすらできない。


 ――そして。


 警告音が途切れた。


 数百体いたはずの防衛機構は、床一面に散らばる白い破片へと変わっていた。


 王都軍の精鋭たちは、武器を構えたまま動けない。


 誰も、出番がなかった。


 調査隊のドローンカメラは、その一部始終を特等席から全世界へ届けていた。


 しかし視聴者たちの視線は、画面の端にも釘付けになっていた。


『世界一位と二位の共闘とか激熱すぎる!!』


『防衛システムが可哀想に見えてきた』


『世界最強が荷物番に戻されたw』


『守ってるの、世界じゃなくておにぎりだろ』


『母のおにぎり、国家重要物資になる』


 その頃、当のカナタは、激しい戦闘などなかったかのように、バックパックの中身を確認していた。


「……よかった。潰れてない」


「終わったぞ」


 アレクシスが大剣を肩へ戻す。


「お疲れさまです」


 カナタは無事だったバックパックを背負い直し、何事もなかったかのように一行へ戻った。


 さらに奥へ進んだ調査隊は、やがて巨大なドーム状の空間へと辿り着く。


 それまで縦横無尽に走っていた無数の輸送管が、中央で一本の極太な管へ集約されていた。


 そして、その管が繋がっている先には――。


 空間そのものを歪ませながら、紫と黒の光を放つ巨大な門が鎮座していた。


 門の向こう側に見えるのは、青い空も、緑の木々もない世界。


 黒い脈が枯れた大地を這い、植物も水も見当たらない。


 生きる力をすべて吸い尽くされたような、荒涼とした異星が広がっていた。


 通信越しにその映像を確認したエドワードが、低い声で告げる。


『……間違いない。ここが輸送の終着点だ』


 アレクシスが巨大な門を見上げ、大剣を握り直した。


「あれが、卵の送り先か」


 その隣で、カナタも門の向こうを見つめる。


 枯れ果てた大地の奥へ、淡い黄色の光が吸い込まれていくのが見えた。


「……迎えに行きましょう」


 カナタは静かに言った。


「母さんのオムライスも、あの人たちのご飯も、なくなると困りますから」


 一行は、門の向こうに広がる異星を見据えた。


(第23話・完)


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