第22話 元荷物持ち、再びダンジョンへ
翌朝。
王都郊外に突如として出現した、巨大な鳥の卵を思わせる不気味な未確認迷宮白殻迷宮。
その禍々しいゲートの前から、カナタの配信が再開された。
画面に映し出されているのは、いつもの実家配信とは打って変わって、国家規模の緊迫感に包まれた現場だった。
「整列! 警戒を怠るな!」
王都軍の隊長が厳格な声を響かせ、重厚な鎧に身を包んだ精鋭たちが整然と列をなしている。
その中心に立つのは、世界第二位の「剣聖」アレクシスと、“孤高の頂”と呼ばれる世界第一位、レイナ・クロノス。
二人とも戦闘服を完璧に着こなし、鋭い眼光で迷宮の入り口を睨みつけていた。
その傍らでは、あまりの重圧に胃を押さえて顔を青くしている副官と、なぜかソワソワとした様子でレイナを見守る隠密隊長が控えている。
『配信始まった! って、おいおいメンツが国家戦力レベルなんだが!?』
『世界一位と二位が並んでるだけで覇気がヤバい。画面が割れそう』
『王都軍の精鋭までガチガチに武装してる……これ本当に卵を追う作戦なんだよな?』
そんな張り詰めた空気の中、場違いなほど「ザッ、ザッ」とのんびりした足音が近づいてきた。
王都軍の精鋭たちが反射的に道をあけると、そこからカナタが姿を現す。
その背中には、調査任務には少々似つかわしくない、大きなバックパックがあった。
中には、三日分の着替え、タオル、歯ブラシ。
さらに、お母さんが「念のため持っていきなさい」と詰めた着替えの予備、救急用品、雨具、携帯食、そして大きなおにぎりの包み。
バックパックの脇には、水筒と折り畳み傘まで差し込まれている。
周囲が完全武装で並ぶ中、カナタだけが、二泊三日の遠足へ向かうような姿だった。
「お待たせしました。忘れ物がないか確認していました」
のほほんと頭を下げるカナタ。
アレクシスが、その異様な膨らみを凝視し、引きつった声を出す。
「……中身は何だ」
「着替えと、雨具と、救急用品と、おにぎりです」
「遠征準備としては妙に正しいのが腹立つな……」
「母さんがおにぎりも入れてくれました」
「お前の家は、これから遠足にでも行くつもりか!?」
『完全に二泊三日の遠足ww』
『世界第二位にガチの荷物検査されてる神殺し』
『最強調査隊にお母さんのおにぎり持参は草。実家のような安心感』
「僕は元々荷物持ちなので。必要な物があったら、僕が持ちますね」
カナタが当然のように笑うと、アレクシスは即座に怒鳴った。
「お前に何を持たせるつもりもない!」
だが、その叫びを遮るように、深くフードを被ったレイナが、ツカツカとカナタの前へ歩み出た。
無言のまま、その白い手がカナタの巨大なバックパックにかかる。
「カナタ。その荷物は私が持つ」
「あ、レイナさん。久しぶりですね」
「……久しぶりというほどではない」
「そうでしたっけ?」
「忘れるな」
「大丈夫ですよ。これくらい軽いです」
「重さの問題ではない」
「でも、荷物持ちは僕の仕事なので」
「……そうか」
レイナは、不満そうにバックパックから手を離した。
通信画面の向こうで、エドワードの眼鏡が光る。
「なるほど。物資運搬を通じた婚姻外交へ移行したか」
「どうしてそうなるんですか!?」
副官の叫びが、通信機越しに響いた。
隠密隊長は、静かに目頭を押さえている。
「クロノス卿……なんと健気な……」
「お前はなぜ泣いている!?」
とうとうアレクシスが声を荒らげた。
「なぜだ! なぜ俺だけが、朝から全員にツッコんでいるんだ!」
『婚姻外交って言ったぞ、この元ギルマスwww』
『副官が毎回かわいそうw』
『アレクシスのツッコミが追いついてないw』
『世界最強より周りの勘違いが怖い』
『アレクシスさん、完全に苦労人枠。誰か胃薬をあげて』
現場がカオスな空気に包まれる中、通信機の向こうの気配が、ふっと鋭くなった。
先ほどまで婚姻外交を大真面目に分析していた男とは思えないほど、エドワードの声が冷徹な指揮官のものへと切り替わる。
「準備は終わったな。これより《白殻迷宮》の調査を開始する。現地部隊はデータ転送を絶やすな」
「……チッ、了解だ。行くぞ!」
アレクシスが武器を構え、レイナが静かに頷いた。
王都軍の精鋭たちも、一斉に武器を構える。
その最後尾で、カナタは巨大なバックパックを背負い直した。
地球から奪われた卵の行方を追うため、一行は未知の迷宮へ足を踏み入れた。
(第22話・完)




