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第21話 世界会議、特売研究を信じる

 王都ギルド本部、最高会議室。


 各国政府、探索者ギルド、軍部の代表者たちが、巨大な円卓を囲んでいた。


 会議が始まる直前、エドワードが静かに立ち上がる。


「本会議の一部を、全世界へ生配信することを提案する」


 その一言に、会議室がざわめいた。


「反対だ!」


「原因すら特定できていない段階で、情報を公開するなど危険すぎる!」


「不用意な発言が世界的な混乱を招くぞ!」


 各国代表から、次々と反対の声が上がる。


 司会役の男が、困ったように資料へ目を落とした。


「……現時点では、反対意見が多数ですな」


 その時。


「あの、すみません」


 円卓の隅から、カナタが静かに手を挙げた。


「このまま配信を続けちゃ駄目ですか?」


 会議室が、しんと静まり返った。


 神話級ボスを一撃で消し去った男が、何の悪意もない穏やかな顔でこちらを見ている。


 各国代表たちは、誰からともなく視線を逸らした。


「……」


「……」


「……」


 誰も、反対とは言わなかった。


 司会役の男が、軽く咳払いする。


「コホン」


「では、カナタ・ミナセ氏からの提案を踏まえ、本会議は機密部分を除き、限定的に生配信する」


 その瞬間。


 カナタの配信画面に、コメントが一斉に流れ込んだ。


『きたああああ!!』


『世界会議配信!?』


『カナタ神!!』


『誰も反対しなくなって草』


『いや反対できるわけないだろww』


『神殺しにお願いされたら無理w』


 カナタはコメント欄を見て、小さく首を傾げた。


「皆さん、優しいですね」


『違う違う違う』


『優しさじゃないww』


『自覚ゼロなの怖い』


 ◇


 こうして、機密部分には音声遅延処理と映像フィルタリングを施したうえで、会議の限定生配信が開始された。


 画面の向こうでは、世界中の多数の視聴者が固唾を呑んで見守っている。


 円卓の中央にホログラムスクリーンが展開され、一人の男が前へ出た。


 元ギルドマスター、エドワード。


 彼が最初に提示したのは、あまりにも場違いなデータ――『王都マートの電子チラシの変更履歴』だった。


 会議室に、冷ややかな空気が流れる。


 腕を組み、不快そうにエドワードを睨みつけたのは、世界第二位の探索者アレクシスだった。


「……おい、正気を失ったか、エドワード。世界規模の食料危機が叫ばれているこの局面で、提出するデータがスーパーのチラシだと?」


 アレクシスは冷徹に、しかし理路整然と異議を唱える。


「相関関係と因果関係は違う。電子チラシの変更と卵の消失が同時期だったとしても、それだけで未確認迷宮との関連を証明したことにはならない。ただの偶然だ。そんな曖昧なデータで、人類最高戦力を動かせると思うな」


 各国の首脳や重鎮たちも、アレクシスの筋の通った反論に小さく頷いた。


 だが、エドワードは眉一つ動かさず、眼鏡のブリッジを静かに押し上げる。


「正しい、アレクシス。相関と因果の混同は、素人の陥る罠だ」


 エドワードは、ホログラムへ視線を戻した。


「チラシはあくまで、私が世界の異常を検知した入口にすぎない。――では、決定的な証拠をお見せしよう」


 指先を弾くと、スクリーンに世界地図が映し出された。


「各国から集約された主要な消失地点を見ろ」


 地図の上に、赤い光点が次々と浮かび上がる。


「そのすべてで、卵の消失時刻は午前二時十三分前後に集中している」


 続いて、複数の波形が重ねて表示された。


「さらに、各地に残された空間歪曲の波形も完全に同一だ」


 流れるような操作で、無数のデータが一つの座標へ収束していく。


「そして、それらすべての消失地点から伸びる魔力の残留経路は――王都郊外に出現した、あの未確認迷宮へと収束している」


 エドワードは、会議室全体を見渡した。


「この未確認迷宮が、卵消失の中継地点である可能性は極めて高い」


 会議室が静まり返った。


 アレクシスは一瞬沈黙し、やがて不敵に口元を緩める。


「……ふん。因果までは未確定だが、調査する価値は十分以上だ。認めよう」


『スーパーのチラシから迷宮まで辿ったのかよ』


『元ギルマス、有能すぎる』


『チラシを笑ってた会議室が黙ったぞ』


 エドワードがさらに操作を進めると、スクリーンには問題の未確認迷宮の遠隔観測映像が映し出された。


 そこにあったのは、巨大な鳥の卵を思わせる、異様な建造物だった。


「迷宮の外壁が、巨大な卵の殻のような白い層で覆われているな……」


 アレクシスが、映像を睨みながら呟く。


「ああ。したがって、その外殻の形状から、暫定識別名を《白殻迷宮》とする」


 各国代表による短い協議の末、最高峰の探索者たちを中心とした特別調査隊の編成が可決された。


「前衛には、アレクシスを」


「ああ」


 アレクシスが腕を組んだまま、短く応じる。


 その時、一人の代表が周囲を見回した。


「……世界第一位探索者、クロノス卿の姿が見えないが?」


 担当職員が、手元の端末を確認する。


「クロノス卿は、本会議には不参加です」


「この非常時にか?」


「はい。ただし、《白殻迷宮》の調査には参加し、現地で合流するとの連絡が入っています」


「では、なぜ会議には来ない?」


 担当職員の指が止まった。


「本人からの伝言には……」


 一瞬だけ言葉をためらった。


「『先に現地へ向かう。オムライスのためだ』と」


「…………」


「…………」


 会議室が、再び静まり返った。


 担当職員は慌てて補足する。


「おそらく、卵奪還任務への強い決意を示す比喩かと……」


 エドワードだけが、静かに眼鏡のブリッジを押し上げた。


「いや。そのままの意味だ」


「そのままなのか……?」


 配信のコメント欄が、一斉に流れ始める。


『世界一位までオムライス勢ww』


『カナタだけじゃなかった』


『クロノス卿、オムライスのために先行してるの!?』


『世界一位、行動が早すぎる』


『卵泥棒、世界一位を敵に回したぞ』


 誰もが息を呑み、緊迫した面持ちで残る調査隊員の選出を進めようとした、その時。


 円卓の隅で、カナタがのほほんと手を挙げた。


 配信カメラが、一斉にその姿を捉える。


「あの、その迷宮に行けば、卵はありますか?」


 エドワードが真顔で応じた。


「少なくとも、行方を追う手がかりはある」


「良かったです」


 カナタは、いつもと変わらない穏やかな顔で続ける。


「母さんが、オムライスを作れなくて困っていたので。――僕も、その調査隊に入れてください」


 世界規模の食料危機を前にして、参加理由は母親のオムライス。


 だが、その場にいる誰一人として、笑うことはできなかった。


 その男が動くという事実が、どんな大義名分よりも頼もしかったからだ。


 神殺しの参戦表明に、配信のコメント欄は一気に加速していく。


『世界会議で参加理由がオムライスww』


『でもカナタが言うと一番安心する』


『世界一位と神殺しがオムライスのために動き出した』


『犯人、今すぐ卵返した方がいいぞ』


『オムライスを敵に回した代償は重いぞ、卵泥棒』


(第21話・完)

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