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第20話 神殺し、久しぶりに配信する

 街の空気は、数日前とは明らかに一変していた。


 スーパーの入り口には、『本日の卵の入荷はありません』と書かれた看板が掲げられ、途方に暮れた市民たちが店の前で足を止めている。


 駅前のカフェの看板からは卵料理のメニューが軒並み消され、通行人たちは一様にスマートフォンを深刻な顔で見つめていた。


 世界的な卵の消失。


 それがもたらした混乱を横目に、カナタはいつもどおりの足取りでギルドへ向かっていた。


 ポケットから配信用端末を取り出し、久しぶりにスイッチを入れる。


 ヘルメットの横に固定された小型カメラが、静かに赤く光った。


「こんにちは。久しぶりです」


 配信を始めて、ほんの数秒。


 まだ通知も十分に行き渡っていない画面に表示された同時接続者数は、五人。


 最初にやってきたのは、かつてと変わらない、いつもの顔ぶれだった。


『常連A:きた! 久しぶり!』


『常連B:生きてた!』


『常連C:このタイミングで配信ってことは、何かある?』


『母:カナタ、着替え三日分ちゃんと入れた?』


『謎の視聴者:……どこへ向かっている』


「今から、ギルドに行くところです」


『常連A:エドワードと仲直りしたの?』


『常連B:また荷物持ちに戻るとか言わないよね?』


『常連C:卵の件と関係ある?』


 カナタはカメラへ顔を向けた。


「そうなんですよ。オムライスが危ないので、卵を取りに行きます」


 数秒、コメントが止まった。


『常連A:やっぱり卵だった』


『常連B:世界を救いに行くんじゃないの!?』


『常連C:カナタ君にとっては、卵を救うのが世界を救うことだから』


『母:見つけたら多めにお願いね』


『謎の視聴者:オムライスが危ないのか。私も行く』


 最後のコメントを見たカナタが、小さく頷いた。


「レイナさんの妹さんも来るんですね」


『謎の視聴者:妹ではない』


『常連A:今ので誰か分かるの!?』


『常連B:レイナさんの妹って誰!?』


『常連C:謎の視聴者、やっぱり知り合いだったのか』


 その直後、常連の一人がコメントを流した。


『常連A:せっかくだし、拡散しておきますね』


「ありがとうございます」


 数秒後。


 同時接続者数が、五人から百人へ跳ね上がった。


 さらに千人。


 一万人。


 SNSで配信開始が拡散され、人の波が一気に押し寄せてくる。


『神殺し配信きた!!』


『このタイミングで!?』


『卵の件で動くのか!?』


『世界ヤバいの?』


『何か原因を知ってる?』


『ギルドに向かってる?』


『なんで白銀の灯火に向かってるんだ?』


『神殺しなら何とかできるのか!?』


『頼む、卵を取り戻してくれ!』


『俺も卵食べたい』


 事情を知らない視聴者たちの不安と期待が、コメント欄を埋め尽くしていく。


 カナタは、先ほどと変わらない調子でもう一度説明した。


「母さんのオムライスが作れないので、卵を取りに行きます」


『え?』


『オムライス?』


『そこ!?』


『世界の危機じゃなくて実家の食卓!?』


『神殺しの目的それなの!?』


『いや待て、卵は大事だ』


『俺の卵かけご飯も頼む』


『……やっぱりカナタだった』


『通常運転で安心した』


『そこだけはブレないな』


 世界がどれほど騒いでいようと、カナタにとっては、母さんのオムライスが食べられないことの方が重大だった。


 だから、取りに行く。


 理由はそれだけで十分だった。


 ◇


 ギルド本部へ足を踏み入れると、そこは文字どおりの戦場だった。


 徹夜明けの職員たちが血走った目で資料を抱えて走り回り、鳴り響く電話の対応に追われている。


 誰もが限界を迎えた顔をしていた。


「ミナセさん!? 配信中ですか!?」


 カナタの姿に気づいた副官が、顔を真っ青にして駆け寄ってきた。


「現在、事件に関する情報は厳重に管理されています! すぐに配信を止めてください!」


 副官が慌ててカメラを遮ろうとした、その時。


「そのままで構わん。ただし、映像範囲はこちらで指定する」


 部屋の奥から、冷徹な声が響いた。


 エドワードだった。


 元ギルドマスターであり、現在は名誉顧問として『白銀の灯火』を支える男は、腕を組んだまま静かにカナタのカメラを見据えた。


「機密資料と職員の端末は映すな」


「しかし、エドワードさん!」


「世界中が情報を求めている今、沈黙はかえって憶測とデマを増幅させる」


 エドワードは、眼鏡のブリッジを押し上げた。


「カナタ・ミナセが動いている事実を公開する方が、混乱の抑制に効果的だ」


「はい。分かりました」


 カナタが小さく頷く。


 エドワードは、わずかに口元を歪めた。


(同時に、白銀の灯火の信頼も取り戻せる)


 その判断は計算を含みながらも、完全に理にかなっていた。


 周囲の職員たちが、走りながらも一瞬だけカナタへ視線を向けた。


 その表情には、先ほどまでなかった色が浮かんでいた。


 ◇


 ギルド本部の最上階に設けられた、緊急会議室。


 室内には、世界各国の代表者と通信を繋ぐための大型モニターが並んでいる。


 重厚な扉の向こうから、怒号に近い議論の声が漏れ聞こえていた。


 カナタは扉の前で足を止め、配信用端末へ顔を向けた。


「これから会議です」


『世界会議まで配信するの!?』


『機密大丈夫か?』


『この先も映していいの?』


『何を聞くんだ?』


 カナタは、いつもと変わらない調子で続けた。


「卵がどこにあるか、聞いてきます」


『聞くことそれだけ!?』


『世界の命運より卵ww』


『でも一番知りたいことではある』


『俺たちの卵を頼んだ!』


『行ってらっしゃい!』


 その時、目の前の重厚な扉が、ゆっくりと開き始めた。


「失礼します」


 カナタはそう言って、一歩踏み出す。


 世界中が見守る中、神殺しは世界会議へ足を踏み入れた。


 世界を救うためではない。


 オムライスを取り戻すために。


(第20話・完)


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