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第13話 皿洗いフェーズ

 大盛りオムライスを完食し、接待用魔導薬――『麦茶』まで二杯も飲まされたエドワードは、重大な危機に直面していた。


 料理の復習があると言って食後すぐに帰っていったレイナを見送った後も、彼はミナセ家のダイニングに残り、空になったコップをじっと見つめていた。


 表向きは眉一つ動かさない冷徹な表情を崩していないが、眼鏡の奥の瞳は鋭く光り、額には冷や汗が一筋流れている。


 彼の脳内CPU――国家陰謀論的プロファイリングシステムは、今まさに最大級の警告を発していた。


(まずい。このままでは、私が持参した卵二パック程度の物資提供に対し、高エネルギー糧食であるオムライス、未知の魔導薬である麦茶、さらにこの拠点への滞在権まで与えられたことになる)


 エドワードは冷徹に状況を分析する。


(交換比率が明らかに釣り合っていない。これ以上、無償で恩恵を受け続ければ、黒幕との間に一方的な『負債』が蓄積していく……! 黒幕に一方的な借りを作るのは致命的だ。精神汚染の深度が増す前に、即座に労働によってこの負債を返済せねばならん!)


「ごちそうさまでした。お腹いっぱいです」


 対面でカナタが満足そうに息を吐いた、その瞬間だった。


 ガタッ!!


 激しい音を立てて、エドワードが椅子を引いた。


 驚くカナタとお母さんをよそに、エドワードは鋭い眼光で一瞬だけキッチンを見回す。


 ――労働装備を確認。


 エドワードは迷いのない足取りで壁のフックへ向かうと、そこに掛かっていたファンシーなクマさん柄のエプロンを、無言かつ電光石火の手際で勝手に装着した。


「あ、そのエプロン勝手に使ってる!」


 カナタが驚いたように声を上げるが、エドワードは一瞥もくれない。


 真剣そのものの面持ちでシンクの前に立ち、食器用洗剤を手にする。


「私が洗う」


「え、急にどうしたんですか?」


「等価交換だ」


「何と交換するんですか?」


 困惑するカナタを完全に無視し、元ギルドマスターによる『戦術的皿洗い』が開始された。


 エドワードにとって、これは単なる家事ではない。


 負債返済を目的とした、極めて重要な戦術的任務である。


 スポンジの泡立ち。


 水の温度。


 皿を擦る角度。


 そのすべてを瞬時に計算する。


 残滓である油汚れを分子レベルで完全除去すべく、まるで精密機械のような完璧さと、目にも留まらぬ超高速の手際で皿を洗い始めていく。


 シュババババ!


 リビングに小気味よい水音が響き渡った。


 そのあまりの鮮やかさと、命を懸けているかのような異様な真剣さに、背後でお母さんの目がキラキラと輝き始める。


「まあ綺麗……! エドワードさん、洗い物、ものすごく上手ね! お皿がピカピカじゃない。カナタよりよっぽど役に立つわ」


「ひどくない!? 僕だって頼まれたらやるよ!」


「この前もお皿ぬるぬるだったじゃない」


「あれ一枚だけだから!」


 親子の微笑ましい言い争いを聞きながら、エドワードは眼鏡のブリッジをキィィンと指で押し上げ、冷徹なドヤ顔を浮かべた。


(……フッ、やはりな。黒幕は『能力主義』か。卓越した労働能力を提示したことで、私はただの外部の不審者ではなく、組織の『重要協力者』として認識されたな……!)


 すべての皿を一点の曇りもなく洗い終え、シンクの周りの水滴まで完璧に拭き取ったエドワード。


 お母さんは、ピカピカになった食器を見て満足そうに深く頷き、彼に穏やかな笑みを向けた。


「助かっちゃった。本当にありがとね。じゃあ、次からもお願いね」


「……御意」


 エドワードは真剣な顔で頷いた。


 その脳内では、勝利のファンファーレが鳴り響いている。


(……定期任務化した。継続的な潜入資格を獲得したぞ)


 その様子を見ていたカナタが、麦茶をすすりながらしみじみと呟いた。


「なんかエドワードさん、もううちの家族みたいですね」


(家族……!)


 エドワードの脳内に激震が走る。


(家族だと……!? つまりこの拠点における、最高レベルの潜入――ディープ・カヴァーへの移行を許可されたということか……! 恐るべきはミナセ家、これほどの信頼網を構築し、私を内部から完全に取り込む気か……!)


 ファンシーなクマ柄のエプロンを着けたまま、エドワードは世界の支配構造を掌握したかのような、不敵で冷徹な笑みを浮かべた。


 一方、お母さんは、綺麗に並べられた食器と水滴一つないシンクを見て、満足そうに頷いていた。


「これで洗い物が楽になるわね」


(第13話・完)


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