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歪みの果てに君を呼ぶ  作者: ネネルネ
第1章 白鎌の少年
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7話_第一基礎班

午後の講義は、中央講義棟ではなく、第一実技棟の小講堂で行われた。


戦闘科一年の新入生たちは、いくつかの基礎班に分けられ、それぞれ別の部屋へ案内される。

俺たち第一基礎班も、その一つだった。


部屋は広すぎず、狭すぎない。


階段状の席。

正面には黒板と魔法式の投影盤。

壁際には訓練用の防具と簡易武器が並んでいる。


ただの教室というより、座学と実技の中間のような場所だった。


俺は後ろの方に座ろうとしたが、カイルに腕を引かれた。


「こっち」


「どこでもいいだろ」


「どうせなら見やすい方がいい」


「寝る気か」


「場合による」


そう言いながら、カイルは真ん中あたりの席に座った。


仕方なく、その隣に座る。


少し遅れて、アーヴェルが入ってきた。


彼は俺を一瞥しただけで、何も言わず前の席へ座る。

背筋は真っ直ぐで、制服の乱れもない。


さっき喉元に木剣を突きつけられたとは思えないほど、表面上は落ち着いていた。


けれど、指先だけが微かに硬い。


まだ納得していない。


それは分かった。


最後に、銀髪の少女が入ってきた。


エルナ・シルヴェリア。


食堂で目が合った少女。


近くで見ると、彼女は思っていたよりも表情が薄かった。

冷たいというより、静かすぎる。


淡い銀色の髪は肩の少し下まで伸びていて、光を受けると白にも見えた。

目の色は薄い青。水面の下に沈んだ空のような色だった。


彼女は教室を見回し、迷わずこちらへ歩いてきた。


そして、俺の一つ空けた隣に座った。


カイルが小声で言う。


「来たな」


「何が」


「有名人」


「お前も十分うるさい」


「それは才能」


エルナはその会話を聞いていたのか、ほんの少しだけこちらを見た。


視線が合う。


まただ。


胸の奥で、わずかに何かが軋む。


大鎌の感触ではない。

けれど、それに近い。


何かが反応している。


俺が先に目を逸らすと、エルナは小さく口を開いた。


「リオン、さん」


名前を呼ばれた。


「さんはいらない」


「では、リオン」


「何」


「あなたは、朝の測定で何をしたのですか」


教室の空気がわずかに固まった。


近くにいた数人の生徒が、こちらへ耳を傾ける。


カイルも黙った。

アーヴェルの背中も、ほんの少しだけ動いた。


俺は少し考える。


「分からない」


「本当に?」


「本当に」


「では、白い鎌は?」


「それも分からない」


エルナは瞬きもせずに俺を見ていた。


疑っているというより、確かめている目だった。


「分からないものを、使うのですか」


「使えるから」


「怖くはないのですか」


その問いに、すぐには答えられなかった。


怖い。


そう言えばいいのかもしれない。


けれど、怖いだけではない。


あの大鎌は得体が知れない。

名前も知らない。

俺の中にどうして在るのかも分からない。


それでも握ると、呼吸が整う。

身体の足りない部分が戻る。


怖いのに、安心する。


その矛盾を、短く説明する言葉を俺は知らなかった。


「分からない」


結局、同じ答えになった。


エルナは少しだけ目を伏せた。


「そうですか」


その時、扉が開いた。


グレン教官が入ってくる。


教室中の視線が前へ向いた。


「揃っているな」


グレン教官は教壇に立ち、黒板へ手をかざした。


魔法式の文字が浮かび上がる。


『第一基礎班』


その下に、班員の名前が並ぶ。


アーヴェル・ロア・クラウゼン。

カイル・レグナート。

エルナ・シルヴェリア。

リオン。


他にも数人の名前がある。


「お前たちは本日より、第一基礎班として行動する。基礎実技、魔力制御、野外演習、合同課題の一部はこの班単位で行う」


カイルが小さく呟いた。


「合同課題か。面白そうだな」


アーヴェルが前を向いたまま言う。


「遊びではない」


「まだ何も言ってないだろ」


「顔に書いてある」


「顔を読むなよ」


そのやり取りを、グレン教官が一瞥する。


二人とも黙った。


教官は続ける。


「王立学院における評価は、個人評価と班評価の二つで行われる。個人がどれだけ優れていても、班で機能しなければ評価は下がる」


投影盤に、新しい文字が浮かぶ。


『魔力制御』

『武器適性』

『術式理解』

『状況判断』

『対人戦闘』

『魔物対応』

『連携』


「戦闘科は、ただ強いだけの者を求めていない。必要なのは、力をどう使うかだ」


その言葉に、なぜか親父を思い出した。


振った理由だけは、忘れるな。


グレン教官はそこで一度、俺を見た。


気のせいではない。


「特に固有能力を持つ者、またはその疑いがある者は、自分の力を理解しろ。分からないまま使う力は、味方にも向く」


その視線が、今度はエルナへ移った。


エルナは何も反応しなかった。


「まずは自己紹介をしてもらう。名前、得意分野、苦手分野。固有能力は申告義務がある範囲だけでいい。詳細を全員に明かす必要はない」


最初に立ったのは、アーヴェルだった。


「アーヴェル・ロア・クラウゼン。得意分野は剣術と身体強化。苦手分野はありません」


カイルが隣で小さく笑いそうになり、俺は少しだけ肘で止めた。


アーヴェルは続ける。


「固有能力は現時点では未申告です。必要と判断される場面で、教官にのみ開示します」


堂々としている。


あれは見栄ではない。


家名を背負って育った者の話し方だった。


次にカイルが立つ。


「カイル・レグナート。得意なのは大剣と身体強化。苦手なのは座学と細かい魔法式です」


何人かが笑った。


グレン教官は笑わなかった。


「固有能力は?」


「たぶんあります」


「たぶん?」


「まだ家の師匠に、雑だから使うなって言われてます」


「後で確認する」


「はい」


カイルは満足そうに座った。


次はエルナだった。


彼女は静かに立ち上がる。


「エルナ・シルヴェリア。得意分野は治癒術式、魔力感知、補助術式です」


声は小さいが、よく通った。


「苦手分野は、近接戦闘」


そこで何人かが首を傾げた。


治癒術の名家。

苦手は近接戦闘。


なら、なぜ戦闘科にいるのか。


その疑問は、教室中にあった。


エルナは続ける。


「固有能力は、限定的な未来視です」


空気が止まった。


未来視。


その言葉は、魔法や剣術とは違う重さを持っていた。


グレン教官が確認するように言う。


「範囲は」


「三秒先まで。ただし、常時ではありません。視えるものも断片的です」


三秒。


短い。


だが、戦闘では長すぎる。


三秒先の攻撃が見えるなら、相手はどれだけ速くても届かないかもしれない。


俺はエルナを見た。


彼女はこちらを見返していた。


その目に、ほんのわずかな迷いがある。


「ただし」


エルナは言った。


「リオンの未来は、視えません」


教室中の視線が、また俺へ向いた。


今日何度目だろう。


俺は小さく息を吐いた。


「……俺に聞かれても困る」


カイルが隣で笑いを噛み殺していた。


グレン教官は表情を変えずに言う。


「理由は?」


「分かりません」


エルナは静かに答えた。


「視ようとすると、未来が曲がります。三秒先にあるはずの景色が、いくつも折れて、重なって、黒く潰れる」


黒く潰れる。


その言葉に、右手の奥が少しだけ冷えた。


グレン教官はしばらく沈黙した。


そして、黒板に何かを書き足す。


『要観察』


その言葉は、俺の名前の横ではなく、班全体の欄に記された。


「最後、リオン」


呼ばれて、俺は立ち上がった。


名前。


得意分野。


苦手分野。


固有能力。


どれも、うまく答えられる気がしなかった。


「リオン」


少し間が空いた。


「得意分野は……たぶん、武器術」


カイルが小さく吹き出した。


「苦手分野は、説明」


今度は教室の何人かが笑った。


グレン教官だけは真顔だった。


「固有能力は」


俺は右手を見た。


何もない。

けれど、そこに線はある。


「分かりません」


ざわめきが起こる。


俺は続けた。


「ただ、線が見えます。攻撃の通る線。魔力の流れる線。ずれている場所。そこに触れると、何かが曲がる」


それ以上の説明はできなかった。


グレン教官が静かに言う。


「仮称は、軌道および術式への干渉。知覚能力については、現時点では未分類だ」


未分類。


該当項目なし。


観察継続。


また一つ、名前が増えた。


俺は席へ戻る。


エルナが小さな声で言った。


「やはり、()()()()()()()


「何が」


「あなたの周りだけ、未来が」


俺は答えなかった。


答えられなかった。


窓の外で、午後の風が木々を揺らしている。


その葉の隙間にも、細い線が見えた。


けれど、その奥にあるはずの未来だけは、俺には見えない。


見えないものが怖いのか。


それとも、見えてしまうものの方が怖いのか。


まだ分からなかった。


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