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歪みの果てに君を呼ぶ  作者: ネネルネ
第1章 白鎌の少年
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6話_食堂の噂

王立学院の食堂は、俺が想像していたよりも広かった。


天井は高く、磨かれた白い石の柱が等間隔に並んでいる。

壁際には大きな窓があり、午後の光が床に長く伸びていた。


食堂というより、小さな広間に近い。


長い卓がいくつも並び、その間を新入生や上級生たちが行き交っている。

制服の色や徽章が少しずつ違うのは、所属する科や学年を示しているらしい。


俺は盆を持ったまま、しばらく立ち止まった。


人が多い。


それだけで、少し疲れる。


視線も多い。


もっと疲れる。


「こっちこっち」


カイルが空いている席を見つけ、手を振った。


俺はその後ろについていく。


盆の上には、黒パンと肉の煮込み、野菜のスープ、果物が一つ。

学院の食事は思ったよりまともだった。


親父の飯と比べて、どうか。


少し考える。


「何ぼーっとしてんだ?」


カイルが向かいに座りながら言った。


「いや」


「飯が合わなそうな顔してる」


「親父の飯と比べてた」


「負けた?」


「まだ分からない」


「食う前から採点すんなよ」


カイルは笑って、肉の煮込みを口へ運んだ。


俺も一口食べる。


悪くない。

ただ、親父の作る豆のスープの方が落ち着く。


それを言うと、カイルは妙に感心した顔をした。


「親父さん、料理できるんだな」


「できる」


「強い?」


「たぶん」


「たぶんばっかりだな、お前」


「本当に分からないことが多い」


「それ、自分で言うとすげえな」


カイルは楽しそうだった。


俺は少しだけ首を傾げる。


「楽しいのか」


「何が」


「俺と話すの」


そう聞くと、カイルは一瞬だけきょとんとした。


それから、当たり前みたいに言った。


「楽しいけど」


「そうか」


「お前、そういうこと聞くのか」


「聞かない方がよかったか」


「いや。変でいい」


変でいい。


その言葉に、返し方が分からなかった。


食堂の向こう側で、何人かの生徒がこちらを見ている。


声は小さいが、聞こえないほどではない。


「さっきの白い鎌の奴だろ」


「測定器を止めたって本当か?」


「アーヴェルに勝ったらしい」


「勝ったっていうか、何をしたのか分からなかったって」


「境界監理局推薦枠だってさ」


境界監理局。


その言葉が出ると、周囲の空気が少し変わる。


監理局は、王国の中でも特殊な組織だ。

魔物、歪獣、禁忌術式、危険能力者。

普通の人間が関わらない方がいいものを扱う場所。


そこから来た生徒。


それだけで、十分に噂になる。


「人気者だな」


カイルが言った。


「人気ではないと思う」


「じゃあ有名人」


「それも違う」


「面倒な奴」


「それは近い」


カイルは声を出して笑った。


その時、食堂の入口付近が少しざわついた。


見れば、アーヴェルが数人の生徒を連れて入ってきていた。

彼は俺に気づくと、一瞬だけ目を細めた。


けれど、こちらへは来なかった。


代わりに、少し離れた席へ座る。


その動きだけで、周囲の生徒たちがまた何かを囁き始める。


「クラウゼン家だろ」


「入学前評価、戦闘科上位だったはず」


「それが初日で……」


「いや、まだ本気じゃなかったんだろ」


本気。


確かに、アーヴェルは固有能力を使っていない。

学院の規則で禁止されていたし、本人も使うつもりはなかったはずだ。


もし次に戦えば、同じようにはいかないだろう。


そう考えていると、カイルがパンをちぎりながら言った。


「アーヴェルは強いぞ」


「知ってるのか」


「入学前の評価表に載ってた。戦闘科新入生の上位候補。クラウゼン家は代々、王国騎士団に人を出してる家だしな」


「詳しいな」


「こういうの好きなんだよ」


カイルは少し身を乗り出した。


「王立学院には序列がある。学年ごとの実技順位、総合評価、それから選抜候補。新入生はまだ仮だけど、入学前の推薦状や試験結果である程度見られてる」


「序列」


「そう。強いやつ、頭いいやつ、魔法が得意なやつ。そういうのが全部、数字になる」


数字になる。


分類される。


測られる。


俺は少しだけ、食欲が落ちるのを感じた。


カイルはそれに気づいたのか、すぐに肩をすくめた。


「まあ、飯の味は数字にならないけどな」


「なら安心だ」


「そこは乗るのかよ」


その時、食堂の奥に設置された掲示板が光った。


魔法式の掲示板らしい。

淡い青の文字が浮かび、新入生たちが一斉にそちらを見る。


『戦闘科一年 第一基礎班』


その下に、いくつかの名前が表示されていく。


アーヴェル・ロア・クラウゼン。

カイル・レグナート。

リオン。


自分の名前を見つけた瞬間、食堂のざわめきがまた少し増した。


「同じ班だな」


カイルが嬉しそうに言った。


「そうらしい」


「しかもアーヴェルも一緒」


「嬉しそうだな」


「面白そうだろ」


「面倒そうだ」


「似たようなもんだ」


似ていないと思う。


さらに文字が続いた。


エルナ・シルヴェリア。


その名前が表示された瞬間、食堂の一部がわずかに静まった。


俺はその変化に気づいた。


「誰だ」


「知らないのか?」


カイルが目を丸くする。


「知らない」


「シルヴェリア家。王都でも有名な治癒術の名家だよ。しかも、今年の新入生で魔法科じゃなく戦闘科に入ったって噂になってた」


「治癒術の名家が、戦闘科に?」


「だから噂なんだろ」


掲示板の前に、一人の少女が立っていた。


淡い銀色の髪。

背は高くない。

制服はきちんと着ているが、どこか儚い印象がある。


彼女は表示された名前を見上げていた。


そして、ゆっくりこちらを見た。


目が合う。


不思議な目だった。


驚きでもなく、警戒でもなく、好奇でもない。


まるで、ずっと前からこちらを知っていたような目。


数秒だけ、視線が重なった。


その瞬間、胸の奥に違和感が走った。


右手の奥で、冷たい柄の感触が微かに震える。


大鎌が反応した。


俺は思わず手を握る。


「リオン?」


カイルが声をかける。


「いや」


俺は目を逸らした。


掲示板の文字が消える。


食堂のざわめきが戻ってくる。


だが、一度走った違和感は消えなかった。


第一基礎班。


アーヴェル。

カイル。

エルナ。

そして俺。


偶然にしては、少しだけ出来すぎている。


そう思った時、食堂の外から鐘の音が響いた。


午後の講義開始を告げる鐘。


カイルが勢いよく立ち上がる。


「行こうぜ、同じ班の問題児」


「誰が問題児だ」


「お前以外にいるか?」


否定しようとして、やめた。


たぶん、否定しても説得力がない。


俺は盆を持って立ち上がる。


食堂を出る直前、もう一度だけ振り返った。


銀髪の少女――エルナは、まだこちらを見ていた。


その表情は静かだった。


けれどなぜか、俺にはその目がこう言っているように見えた。


――やっと、見つけた。


そんなはずはない。


初対面のはずだ。


それでも、胸の奥で何かが軋んだ。


朝、大鎌を顕現させた時と同じように。


世界のどこかに、細いひびが入るような感覚だった。


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