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歪みの果てに君を呼ぶ  作者: ネネルネ
第1章 白鎌の少年
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49話_弱点を測る

午後の実技場には、測定用の器具が並べられていた。


木剣。

訓練槍。

防護壁。

魔力測定水晶。

動く標的。

床に刻まれた距離線。


普段の訓練場と同じ場所なのに、測定の準備が入るだけで空気が変わる。


戦うための場所ではなく、測られるための場所。


俺はそれが少し苦手だった。


戦う相手なら見ればいい。

避けるべき攻撃なら避ければいい。

守るべき人がいるなら、そこへ行けばいい。


けれど、測定は違う。


決められた範囲で、決められた条件の中で、自分を示す。

使っていい力と、使ってはいけない力がある。

勝てばいいだけではない。


グレン教官は、俺たちの前に立って言った。


「今日は個人測定対策だ。班連携は行わない」


カイルが少し不満そうにする。


「昨日、せっかく形になってきたのに」


「形になってきたからこそ、個人を確認する」


グレン教官は即答した。


「班の形は、個人の穴から崩れる。自分の穴を知らない者は、仲間の位置も間違える」


カイルは口を閉じた。


納得したらしい。


アーヴェルが言う。


「測定項目に合わせた確認ですか」


「ああ。基礎戦闘、魔力制御、模擬戦。特に、各自が苦手にしている部分を潰す」


グレン教官はまずカイルを見た。


「カイル。お前は出力を抑える」


「ですよね」


「大剣を振るなとは言わん。だが、全部を叩き潰そうとするな。止めろ。受けろ。位置を変えろ」


「はい」


次にエルナ。


「エルナ。未来視の使用条件を固定する。見えるから見るな。見るべき時だけ見ろ」


「はい」


アーヴェル。


「アーヴェル。整えすぎるな。測定では正確さが評価されるが、実戦では正確すぎる動きは読まれる。崩しを混ぜろ」


「承知しました」


最後に俺。


「リオン」


「はい」


「お前は、使わない力を決めろ」


「使わない力」


「大鎌、黒月、偏軌、術式干渉。測定では制限がある。その制限の中で、何を見て、何を見ないかを決めておけ」


「はい」


「見えるものを増やす訓練ではない。見えても使わない訓練だ」


その言葉に、少しだけ息を吐いた。


見えても使わない。


最近、何度も似たことを言われている。


だが、実際にやるのは難しい。


危ないものが見える。

外せる場所が分かる。

壊せる継ぎ目がある。


それでも触れない。


代わりに、足を動かす。

武器を置く。

仲間を呼ぶ。

下がる。


普通の動きで間に合わせる。


「まずカイルからだ」


グレン教官が言った。


カイルは大剣を構え、測定用の標的の前へ立った。


標的は人型ではなく、丸い盾を持った木製の機構だった。

一定の間隔で前進し、盾を押しつけてくる。


「押し返すな。止めて、流せ」


「はい」


標的が動く。


盾がカイルへ迫る。


カイルは大剣を振り上げかけたが、途中で止めた。

大剣の腹を盾に当てる。


衝撃。


標的が止まる。


だが、次の瞬間、別の標的が横から入ってきた。


カイルはそちらを叩きそうになり、歯を食いしばって止める。


大剣を横へ滑らせ、盾の角度を変えた。


二つの標的が互いにぶつかり、動きが鈍る。


「おお」


カイル自身が驚いたような声を出した。


グレン教官が言う。


「それだ。叩き潰すより、位置を変えろ」


「今の、結構気持ちいいですね」


「調子に乗るな。次」


標的が三つに増える。


カイルは一度失敗した。


一体を押しすぎて、背後を抜けられた。


二度目は、止めた。


三度目は、かなりよかった。


大剣を壁のように使い、相手を倒さず、動きを詰まらせる。


俺はそれを見ていた。


カイルの大剣は、前より少し静かになった。


勢いがなくなったわけではない。

ただ、出す場所を選んでいる。


「次、エルナ」


エルナは短い杖を持って前へ出た。


彼女の前には、三つの小さな魔法標的が浮かぶ。

それぞれが、一定間隔で光弾を撃つ。


ただし、どれか一つだけ、発射の直前に軌道を変える仕掛けらしい。


「未来視は一度だけ許可する」


グレン教官が言う。


「三つ全てを見るな。危険な一つを選べ」


「はい」


標的が光る。


一つ目。

二つ目。

三つ目。


光弾が放たれる。


エルナは最初の二発を防護術式で受け流した。

三発目の直前、目を細める。


「右の標的、軌道変更」


白い防護線が右へ滑る。


光弾は途中で曲がり、エルナの肩を狙った。

だが、防護線がそこに置かれていた。


光弾は弾かれる。


「よし」


グレン教官が頷く。


「今のは良い。見たのは一つだけか」


「はい。三秒先で、右だけが変わりました」


「他の二つは?」


「見ていません。防護術式で対応しました」


「その判断を覚えろ」


エルナは頷いた。


二回目は、少し遅れた。


未来視を使うか迷った分、防護が薄くなった。


三回目は、かなり安定した。


危険な一つだけを見る。

他は、普通の技術で受ける。


エルナもまた、見える力を絞る訓練をしている。


「次、アーヴェル」


アーヴェルは細剣を抜いた。


標的は四つ。


人型の木製機構。

それぞれが木剣を持っている。


「正確に倒すな」


グレン教官が言った。


「崩して倒せ」


「承知しました」


標的が動く。


アーヴェルの最初の動きは速かった。


正面の標的の手首を打ち、剣を弾く。

次に首元の手前へ細剣を置く。


完璧だった。


「悪い」


グレン教官が即座に言った。


アーヴェルの眉がわずかに動く。


「悪い、ですか」


「ああ。測定なら点は高い。だが、今の動きは読める」


「……はい」


「綺麗に勝つな。相手が嫌がる形にしろ」


相手が嫌がる形。


アーヴェルは少し考えた。


二回目。


標的が動く。


今度は、正面の標的へ行かなかった。


わずかに右へずれ、二体の標的の間へ入る。

一体目の剣を受けず、剣先だけを横へ流す。

その流した剣が、二体目の進路を塞ぐ。


標的同士がぶつかる。


アーヴェルはその隙に、後方の標的へ細剣を置いた。


「今のは良い」


グレン教官が言う。


「正しさではなく、相手の都合を壊せ」


「はい」


アーヴェルは静かに頷いた。


少し悔しそうだが、同時に楽しそうでもある。


カイルが小声で言った。


「アーヴェル、嫌な戦い方覚えてきたな」


「聞こえている」


「褒めてる」


「褒め言葉として受け取る」


「受け取るんだ」


次は俺だった。


グレン教官は、俺の前に三種類の標的を並べた。


一つ目は木剣を持った人型標的。

二つ目は小さな魔法弾を撃つ浮遊標的。

三つ目は床を移動する低い標的。


「武器は訓練用長柄。大鎌なし。偏軌なし。術式干渉なし」


「はい」


「界線視は使っていい。ただし、報告は不要だ。見たものを、自分の通常動作だけで処理しろ」


報告不要。


つまり、今回は仲間へ渡す訓練ではない。


自分で見て、自分で動く。


ただし、干渉は使わない。


俺は長柄を構えた。


標的が動く。


木剣標的が正面から来る。

浮遊標的が左上へ回る。

低い標的が床を滑り、足元を狙う。


線は見える。


木剣の軌道。

魔法弾の発射点。

低い標的の進路。


一番危険なのは足元。


俺は木剣を受けない。


半歩右へずれる。

長柄の石突きで低い標的の進路を塞ぐ。


低い標的が止まる。


その間に、木剣標的の攻撃が空を切る。

浮遊標的から魔法弾が来る。


左肩。


見える。


外せる。


ほんの少し、偏軌(スキュー)を使えばいい。


そう思った瞬間、指が動きかけた。


使わない。


俺は長柄を立てた。


魔法弾は柄の横をかすめ、防護壁に当たって消える。


ギリギリだった。


グレン教官の声が飛ぶ。


「遅い」


「はい」


「使わないと決めてから動くな。使わない前提で構えろ」


「はい」


二回目。


同じ標的。


今度は、最初から偏軌を使わない前提で見る。


外せる場所を見ない。

いや、見えてもそこへ意識を置かない。


足。

柄。

距離。


魔法弾が来る。


俺は一歩前へ出た。


下がるのではなく、前。


発射直後の魔法弾は、まだ広がる前で、軌道が狭い。


長柄の柄尻で発射点の少し手前を打つ。


標的本体ではない。

魔法弾が通る空間でもない。

標的の姿勢を崩す。


魔法弾は狙いから外れ、防護壁へ当たる。


干渉ではない。


ただ、発射姿勢を崩しただけ。


「よし」


グレン教官が言った。


「今のは通常動作だ」


通常動作。


その言葉が少し嬉しかった。


三回目。


標的の動きが変わった。


木剣標的が正面ではなく、斜め後ろへ回り込む。

浮遊標的が二発同時に撃つ。

低い標的は止まらず、俺の足元ではなく背後へ抜けようとする。


背後。


見えない。


だが、線の端が一瞬だけ見えた。


終点だけ。


俺の背後ではない。

背後を抜けて、観測線の外へ出るつもりだ。


測定なら、標的が抜けた時点で減点。


追うか。


追えば、正面が空く。


「戻れ」


カイルの声がした。


訓練中なのに、思わず言ったらしい。


俺は追わなかった。


正面の木剣を長柄で流し、低い標的は背後へ抜ける前に、足を一歩だけ下げて進路を塞いだ。


完全には止まらない。


だが、速度が落ちる。


その隙に、長柄の石突きを後ろへ滑らせて止めた。


浮遊標的の魔法弾は肩をかすめた。


訓練用の熱が走る。


痛い。


「当たった」


俺は言った。


「だが、標的は止めた」


グレン教官が近づいてくる。


「今の判断は悪くない。無傷で全て処理しようとしすぎるな。測定では軽い被弾より、標的を抜かれる方が悪い場合もある」


「はい」


「ただし、被弾を当然にするな」


「はい」


カイルが横から言う。


「痛いだろ」


「少し」


「俺の肩の時と同じだな」


「そうかもしれない」


「お前が受けるやつ、だ」


その言い方に、少しだけ笑いそうになった。


カイルはこういうところで、人の言葉を返してくる。


エルナがこちらへ来た。


「軽い熱傷です。後で冷やします」


「今は大丈夫」


「今は、ですね」


「はい」


アーヴェルが俺の動きを見ていた。


「リオン」


「何」


「今の三回目、背後の標的を直接見ていなかったな」


「うん」


「どう判断した」


「終点だけ見えた。標的そのものは見てないけど、抜ける先が分かった」


エイムがいれば記録板を開いていただろう。


今日はいない。


代わりに、グレン教官が少しだけ目を細めた。


「死角の終点か」


「たぶん……可能性があります」


「よし」


グレン教官は短く言う。


「まだ使い物にはならん。だが、兆候として覚えておけ」


「はい」


死角の終点。


見えない場所そのものではなく、攻撃や移動が到達する先だけが一瞬見える。


まだ曖昧だ。


でも、背後の完全な不意打ちに対して、少しだけ反応できるかもしれない。


遠くの仲間へ届くような力ではない。


今は、自分の背後の終点が少し見えただけ。


それでも、前よりは進んでいる。


訓練はそれぞれ何度か繰り返された。


カイルは、大剣で押すよりも止める動きが安定してきた。

ただし、相手が煽るような動きをするとまだ前に出すぎる。


エルナは、未来視を一度に絞ることで疲労が少し減った。

ただし、使わない時間の不安は残っている。


アーヴェルは、正しい一撃よりも、相手を崩す位置取りを試し始めた。

本人は少し不満そうだったが、動きは明らかに読みづらくなっている。


俺は、偏軌を使わない処理を繰り返した。

見える線を使わず、足と柄で間に合わせる。


完全ではない。


何度か被弾した。

一度は標的を抜かせた。

グレン教官にかなり厳しく指摘された。


けれど、少しずつ分かってきた。


使わない力を決める、というのは、弱くなることではない。


その場に合った形を選ぶことだ。


大鎌を出さない。

黒月を残さない。

偏軌で外さない。


それでも、戦える形を作る。


それが、制限の中で勝つということなのだろう。


訓練が終わる頃、演習場の入口にエイムが現れた。


今日も記録板を持っている。


カイルが水を飲みながら言う。


「また伝言ですか」


「今回は確認です」


「どっちにしても嫌な予感」


「明日の午後、月例測定の予備説明会があります。戦闘科一年全員が対象です」


アーヴェルが聞く。


「予定通りですか」


「形式は一部変更されます」


「どのように」


「班連携項目が、最終日から初日に移動します」


カイルが目を瞬かせた。


「班連携が先?」


「はい」


「何で?」


エイムは少しだけ間を置いた。


「公式には、測定全体の安全確認を兼ねるためです」


公式には。


その言い方で、別の理由があると分かる。


アーヴェルが言う。


「実際には、名と役割が集まりやすい班連携を、監視体制が最も厚い初日に置くためか」


「その認識で構いません」


「測定を続けるが、使われにくい形にする」


「はい」


エルナが静かに言う。


「私たちの班は、初日に出るのですね」


「順番は明日の説明会で発表されます」


エイムは記録板を見る。


「ただし、第一基礎班は重点観測対象です」


カイルが嫌そうに顔をしかめる。


「それ、いい意味ではないですよね」


「安全上必要な意味です」


「やっぱりいい意味じゃない」


グレン教官が近づいてきた。


「第一基礎班は、明日以降も予定通り動く。余計なことを考えすぎるな」


「余計なことだらけなんですが」


カイルが言う。


「その中で必要なことだけ考えろ」


「難しい」


「だから訓練している」


「ですよね」


グレン教官は俺たちを見る。


「今日の個人確認で、それぞれの穴は見えた。明日はそれを班の形に戻す。測定が早まったと思え」


「はい」


四人で答える。


班連携が初日。


つまり、測定の始まりに、俺たちは四人で立つことになる。


灰衣が測定を利用するなら、そこが最初の山になるかもしれない。


だが、不思議と、昨日ほど嫌な感じはしなかった。


怖くないわけではない。


ただ、少しずつ準備している。


名を与えるな。

触れるな。

退路を確保しろ。

互いの名前を失うな。

リオンが追いすぎたら戻せ。


そして、普通に勝つ。


測定は、儀式のためにあるわけではない。


俺たちが、俺たちの力を測るためにある。


カイルが大剣を担ぎ直した。


「初日から班連携か」


「不満か」


アーヴェルが聞く。


「いや」


カイルは笑った。


「分かりやすくていい。四人で勝てばいいんだろ」


エルナが頷く。


「はい。四人で」


俺も頷いた。


「うん」


四人で勝つ。


その言葉は、昨日より少しだけ重く、少しだけ頼もしく聞こえた。


月例実技測定まで、あと二日。


けれど、俺たちの測定は、もう始まりかけていた。


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