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歪みの果てに君を呼ぶ  作者: ネネルネ
第1章 白鎌の少年
44/88

44話_四人で勝つ

午後の演習場には、いつもより多くの生徒が集まっていた。


月例実技測定が近いからだ。


木剣の音。

魔法弾が防護壁に当たる音。

教官の短い指示。

誰かが転んで、仲間に笑われる声。


騒がしい。


けれど、嫌な騒がしさではない。


戦闘科らしい音だった。


灰衣の祈りでも、旧礼拝室の沈黙でもない。

普通の訓練の音。


俺たち第一基礎班は、演習場の端で準備をしていた。


カイルは大剣を肩に担ぎ、軽く屈伸している。

アーヴェルは細剣の留め具を確認している。

エルナは短い杖と防護符を並べて、使う順番を確認していた。


俺は訓練用の長柄武器を握っている。


今日は白鎌ではない。


グレン教官に、まずは普通の武器で連携を確認しろと言われたからだ。


「何か、物足りない?」


カイルが聞く。


「少し」


「正直だな」


「でも、必要だと思う」


「それも正直だな」


カイルは笑った。


「まあ、今日は白鎌なしでどこまでやれるかだな」


アーヴェルがこちらへ来る。


「白鎌を前提にしすぎると、測定で崩れる。制限がある以上、通常武器でも最低限動ける必要がある」


「分かってる」


「ならいい」


アーヴェルは演習場の中央を見る。


そこでは、別の一年班が模擬戦の準備をしていた。

相手は同じ一年生の四人組。


名前までは知らない。


ただ、戦闘科らしく全員それなりに動ける。

前衛二人、魔法支援一人、後衛補助一人。


測定前の合同演習として、複数の班が順番に模擬戦を行うらしい。


グレン教官が中央に立った。


「次、第一基礎班」


周囲の視線が集まる。


以前より、こういう視線には少しだけ慣れた。


完全には無理だが、今はそれどころではない。


俺たちは中央へ出る。


相手班の前衛二人が、こちらを見るなり少し身構えた。

たぶん、白鎌が出ると思っていたのだろう。


だが、俺の手にあるのはただの訓練用長柄だ。


相手の一人が小さく息を吐く。


安心したようにも見えた。


カイルがそれに気づいて、俺の横で小声を漏らす。


「油断されたな」


「たぶん」


「可能性がある、だろ」


「可能性がある」


「よし」


アーヴェルが前を見たまま言った。


「油断してくれるなら利用する」


「指揮官っぽい」


「その呼び方はするな」


「まだ言ってない」


「言いそうだった」


エルナが静かに杖を構える。


「始まります」


グレン教官が片手を上げた。


「条件を確認する。急所への直撃は禁止。治癒術式は軽度補助のみ。リオン、大鎌顕現なし。偏軌(スキュー)は禁止。通常戦闘と班連携のみ」


「はい」


俺は頷く。


線は見る。


だが、干渉はしない。

黒月もない。

白鎌もない。


見て、動く。


それだけ。


グレン教官の手が下りた。


「始め」


相手の前衛二人が同時に動いた。


片方は盾と短剣。

もう片方は槍。


盾の方がカイルへ向かい、槍の方が俺とアーヴェルの間を突いてくる。


後方の魔法士が小さな火弾を三つ浮かべる。

補助役は床に足止め用の魔法陣を描こうとしている。


「カイル、中央で受けろ。リオン、右を塞げ。エルナ、足元警戒」


アーヴェルの指示が飛ぶ。


短い。

分かりやすい。


カイルが盾役の前に立つ。


「来い!」


盾が大剣にぶつかる。


鈍い音。


カイルは押し返さない。


受け止めて、止める。


昨日決めた通りだ。


俺は右へ回り込もうとする槍役の進路に長柄を置いた。


相手は一瞬止まる。


そこへアーヴェルが斜めから入る。


細剣が槍の柄を軽く叩き、軌道を崩す。


槍役は慌てて下がった。


「火弾、三つ」


俺は言った。


「高さ、胸。カイルへ二つ、俺へ一つ」


「見えるのかよ」


カイルが笑う。


「見える」


「頼むわ」


火弾が飛ぶ。


俺は自分へ来た一つを長柄で弾かない。


弾くと散る。


だから、半歩下がって通す。


火弾は背後の防護壁に当たって消えた。


カイルへ向かった二つには、エルナの薄い防護術式が重なる。


一つは防がれ、もう一つはカイルが大剣の腹で受けた。


「熱っ」


「訓練用です」


エルナが言う。


「熱いもんは熱い!」


「集中しろ」


アーヴェルが短く言う。


相手の補助役が、床の魔法陣を完成させようとしていた。


足止め。


発動すれば、カイルの動きが止まる。


「後方、床、足止め」


俺が言う。


「エルナ」


アーヴェルが指示する。


「はい」


エルナが短い杖を床へ向ける。


白い補助線が走り、相手の魔法陣の端を押さえた。


壊したわけではない。


発動を遅らせた。


その一瞬で十分だった。


「リオン、通路を作れ」


アーヴェルが言う。


俺は槍役と盾役の間へ長柄を差し込む。


攻撃ではない。


二人の距離を少しだけ広げる。


盾役がカイルを押すために前へ出ようとした瞬間、その足元に長柄の影が入る。


踏みにくくなる。


槍役は俺を退かそうとするが、アーヴェルの細剣がそこへ入る。


相手の前衛二人の連携が、わずかにずれた。


「カイル、半歩前」


「おう!」


カイルが大剣で盾を押す。


今度は押し切るためではない。


相手の盾を、後衛の射線へ重ねるため。


魔法士が火弾を撃とうとして、盾役が邪魔になる。


「今」


アーヴェルが踏み込んだ。


細剣が槍役の肩口の手前で止まる。


同時に、俺は長柄を魔法士の射線へ置き、エルナが補助役の足元へ防護術式を滑らせる。


相手の魔法陣が不発になる。


カイルの大剣が盾役の胸元で止まった。


沈黙。


グレン教官の声が響く。


「そこまで」


俺は息を吐いた。


勝った。


誰かを圧倒したというより、形で勝った。


カイルが大剣を下ろし、にっと笑う。


「今の、よくないか?」


「悪くない」


アーヴェルが言う。


「かなり良かったです」


エルナも頷いた。


俺も頷く。


「動きやすかった」


相手班の前衛が息を整えながら言った。


「白鎌なしでこれかよ」


もう一人が悔しそうに言う。


「というか、四人の位置取りが面倒すぎる」


カイルは少し得意げに胸を張った。


「作戦会議したからな」


「言わなくていい」


アーヴェルが即座に止める。


「事実だろ」


「事実でも言うな」


グレン教官が近づいてきた。


「今のは良い。第一基礎班、役割が噛み合っていた」


カイルの顔が分かりやすく明るくなる。


「本当ですか」


「ああ。ただし、カイルは押すタイミングを一拍早めるな。相手の後衛を塞ぐなら、盾役の位置をもう少し見ろ」


「はい」


「アーヴェル、指示は良かった。だが最後、リオンへの指示が少し遅い」


「承知しました」


「エルナ、防護と妨害の切り替えは良い。未来視は使ったか」


「使っていません」


「よし」


グレン教官は最後に俺を見る。


「リオン。線は見たな」


「はい」


「干渉は」


「していません」


「判断は悪くない。見たものを全部言わなかったのも良い」


「はい」


褒められた。


本当に少しだけだが。


周囲の生徒たちのざわめきが聞こえる。


「第一基礎班、普通に強いな」


「リオンだけじゃないのか」


「カイルの止め方、変わった?」


「アーヴェルが指揮してた」


「エルナ、未来視使ってなかったよな」


その言葉は、悪くなかった。


リオンだけではない。


第一基礎班が強い。


そう見られるなら、それはいい。


カイルも同じことを思ったらしい。


小声で言う。


「今の、ちょっと嬉しいな」


「何が」


「班で勝った感じ」


「うん」


アーヴェルも聞こえていたのか、静かに頷いた。


「個人の力だけでは測定の班連携は取れない。今の形は残す価値がある」


エルナも手帳に何かを書き込んでいた。


「火弾への対応は改善できます。カイルが熱いと言わなくて済むように」


「それは助かる」


カイルが真面目に頷く。


「訓練用でも熱いもんは熱い」


演習はその後も続いた。


俺たちは二戦目では引き分けた。

相手が機動力の高い班で、こちらの基本形を崩されたからだ。


カイルが追いすぎ、俺が穴を塞ごうとして遅れ、アーヴェルの指示が一瞬間に合わなかった。


エルナが危険な未来を見て止めたため、負けにはならなかったが、決め切れもしなかった。


三戦目は、勝った。


ただし、かなりぎりぎりだった。


俺は途中で、反射的に偏軌(スキュー)を使いそうになった。


相手の木剣がカイルの肩へ深く入りそうになった時だ。


見えた。


重心を外せる。

ほんの少しずらせば、当たらない。


手が動きかけた。


「リオン」


エルナの声。


「戻れ」


カイルの声。


「使うな」


アーヴェルの声。


三つの声が重なった。


俺は止まった。


代わりに、長柄を出す。


間に合わない。


そう思った瞬間、カイル自身が肩を引き、大剣の柄で木剣を受けた。


鈍い音。


だが、直撃ではない。


「痛ってえ」


「大丈夫か」


俺が聞くと、カイルは歯を見せて笑った。


「大丈夫。今のは俺が受けるやつ」


「でも」


「お前がズルするほどじゃない」


ズル。


その言い方に、少しだけ力が抜けた。


カイルは続ける。


「制限ありの練習なんだろ。なら、俺もちゃんと受ける」


アーヴェルが相手の木剣を流し、距離を作る。


「カイルの言う通りだ。測定では制限内で勝つ」


エルナも短く言う。


「怪我は後で見ます。今は続けてください」


「はい」


思わず返事をした。


そのまま、俺たちは立て直した。


カイルが一度受けた分、相手の前衛は少し踏み込みすぎた。

アーヴェルがその隙を取り、俺が退路を塞ぐ。

エルナの防護が後衛魔法を止める。


勝った。


ただし、終わったあと、カイルはセラフィナ先生に見せた方がいい程度には肩を押さえていた。


「だから無理するなって」


俺が言うと、カイルは不満そうに言った。


「お前にだけは言われたくない」


「それはそう」


「そこは否定しろよ」


「できない」


アーヴェルがため息をつく。


「どちらも無理をしすぎる。測定前に負傷するな」


「はい」


俺とカイルは同時に答えた。


エルナはすでに治癒術式を準備していた。


「軽い打撲です。すぐ治します」


「助かる」


カイルが座る。


エルナの治癒術式が、白い布のようにカイルの肩を包む。


俺はそれを見ながら、手を握った。


触れれば壊せる線は、見える。


でも、触らない。


見るだけ。

選ぶ。

触れるのは最後。


今は、触れない。


その判断が、少しずつ身体に入ってきている。


演習が終わる頃、グレン教官のもとに監理局職員が近づいてきた。


短く何かを伝える。


グレン教官の表情が変わった。


ほんの少し。


だが、俺たちはそれに気づいた。


カイルが小声で言う。


「嫌な顔した」


「していない」


アーヴェルが言う。


「だが、良い報告ではない」


グレン教官は職員にいくつか確認し、こちらへ歩いてきた。


「第一基礎班」


空気が締まる。


「今日の演習はここまでだ。カイルは治癒棟で肩を確認。エルナが付き添え。アーヴェル、リオンはこの場で待機」


「何かあったんですか」


カイルが聞く。


グレン教官は一瞬だけ黙った。


その間が、嫌だった。


「戦闘科資料室で、古い記録棚が一つ開いていた」


アーヴェルの目が鋭くなる。


「クラウゼン家の寄贈記録棚ですか」


「ああ」


カイルが肩を押さえたまま立ち上がりかける。


「行くんですか」


「お前たちは行かない」


グレン教官の声は即答だった。


「資料室は封鎖した。ミレイア、リュカ、エイムが確認に入る」


「何が取られたんですか」


俺が聞く。


グレン教官は俺を見た。


「まだ断定できない。ただ、棚の中の一部記録に空白がある」


「空白……」


昨日の目録と同じ。


「どの記録ですか」


アーヴェルの声は硬かった。


グレン教官は少しだけ視線を落とす。


「クラウゼン家が保管していた、旧災害対応記録の写しだ」


アーヴェルの手が細剣の柄へ触れた。


「E指定関連ですか」


「その可能性がある」


演習場の音が遠くなる。


E指定。

地図から消えた街。

街が街でなくなった災害。

建物が内臓のように繋がり、道が輪になり、人が家から出られなくなった記録。


その中心にいた魔物。


あるいは、魔物と呼ばれたもの。


「空白になった箇所は」


アーヴェルが聞く。


「対象名と、封鎖方法の一部」


「封鎖方法?」


「それ以上は、まだ確認中だ」


カイルが低く言う。


「礼拝布を持っていって、今度はE指定の封鎖方法まで消したってことですか」


「可能性はある」


グレン教官は否定しなかった。


エルナの表情も硬い。


「それは、旧礼拝室を開くためですか」


「分からない」


グレン教官は短く言った。


「だが、灰衣が単に灯を集めているだけではない可能性が出た」


単に灯を集めているだけではない。


それは、さらに嫌な言葉だった。


何かを開く。

何かを迎える。

何かを戻す。


それだけではない。


封鎖方法を消す。


つまり、閉じ方を奪う。


「リオン」


グレン教官が言った。


「今、お前は見るな」


俺は顔を上げた。


「でも」


「見るな」


声が強かった。


「資料室の件は、大人が見る。お前はここで止まれ」


内ポケットの手紙の感触を思い出す。


振る前に考えろ。


リュカの言葉も。


忘れないことと、追うことは別。


俺は息を吐いた。


「分かりました」


グレン教官は少しだけ頷いた。


「よし」


アーヴェルが言う。


「教官。クラウゼン家の記録なら、私にも分かることがあります」


「必要になれば呼ぶ。ただし、今は待機だ」


「……承知しました」


かなり不満そうだった。


だが、従った。


カイルが肩を押さえながら言う。


「俺たちは何すればいいんですか」


「治癒棟へ行け」


「それだけ?」


「それだけだ」


「現実、ほんとに怒ってきますね」


「怒られないよう備えろと言ったはずだ」


グレン教官はいつものように返したが、声は少し硬かった。


カイルとエルナは治癒棟へ向かうことになった。

監理局職員が付き添う。


アーヴェルと俺は演習場の端で待機する。


周囲では、他の班の訓練がまだ続いている。

木剣の音も、魔法弾の音もある。


けれど、さっきまでとは違って聞こえた。


日常の音の下で、何かが動いている。


アーヴェルは壁際に立ち、しばらく黙っていた。


「旧災害対応記録には」


やがて、彼が口を開いた。


「封じた対象の名だけでなく、封じた理由、場所、方法が記されている」


「うん」


「その中には、討伐できなかったものもある」


「倒せなかった?」


「ああ。倒せなかったから、封じた」


アーヴェルの声は低い。


「クラウゼン家では、そういう記録を勝利とは呼ばない。敗北を先送りした記録と呼ぶ」


敗北を先送りした記録。


その言葉は重かった。


「灰衣が封鎖方法を消したなら」


俺は言う。


「先送りした敗北を、戻そうとしている?」


アーヴェルは答えなかった。


答えられなかったのかもしれない。


演習場の奥で、鐘が鳴った。


授業終了の鐘ではない。


短く、低い音。


監理局職員が数人、廊下を走る。


グレン教官がそちらへ振り返る。


俺の胸の奥で、白い大鎌が微かに震えた。


呼んだわけではない。


ただ、反応した。


どこか遠くで、古い扉が軋むような感覚。


同時に、耳の奥で黒い衣擦れのような音がした。


――まだ。


声ではない。


けれど、確かに聞こえた。


まだ。


今ではない。


俺は右手を握った。


見えないなら、追わない。

呼ばれても、進まない。

今は、待つ。


測定まで四日。


けれど、測定より先に、何かがこちらへ近づいている。


それだけは、もう分かっていた。


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