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歪みの果てに君を呼ぶ  作者: ネネルネ
第1章 白鎌の少年
42/88

42話_四人の戦い方

月例実技測定まで、あと五日。


その数字が掲示板に出てから、戦闘科の空気は少し変わった。


廊下を歩けば、模擬戦の組み合わせを予想する声が聞こえる。

実技場の使用予約はすぐに埋まり、空いた訓練場には早朝から木剣の音が響いていた。


灰衣の事件が消えたわけではない。


創世廊の一部封鎖も続いている。

中央棟地下へ続く階段には監理局職員が立っている。

治癒棟周辺の警備も、まだ解除されていない。


それでも、学院は測定へ向けて動き始めていた。


日常に戻る。


いや、日常を止めない。


そのための行事なのかもしれない。


俺たちは午後の授業後、第二演習場の隅に集まっていた。


訓練ではない。


作戦会議だ。


カイルは床に座り込んで、大剣を膝の上に置いている。

アーヴェルは壁際に立ったまま、腕を組んでいる。

エルナは小さな手帳を開き、測定項目を書き出していた。

俺はその向かいに座っている。


机はない。


だから、床に広げた紙の上に、演習場の簡単な図を書いた。


カイルがその図を見て、首を傾げる。


「リオン、絵は微妙だな」


「分かればいい」


「いや、これ俺?」


「うん」


「なんか四角い」


「大剣があるから」


「俺、本体より大剣で認識されてる?」


アーヴェルが淡々と言った。


「事実に近い」


「ひどくない?」


エルナが小さく笑った。


こういう空気は、少し久しぶりだ。


命を削るような緊張ではない。

けれど、遊んでいるわけでもない。


測定で勝つための話。


普通の学院らしい悩み。


「まず、測定項目を整理します」


エルナが手帳を見る。


「基礎戦闘、魔力制御、模擬戦、班連携。この四つです」


「基礎戦闘は個人、魔力制御も個人。模擬戦はたぶん一対一か二対二。班連携が四人全員だな」


カイルが言う。


「班連携が一番重要でしょう」


アーヴェルが紙を見る。


「第一基礎班は、単純な火力で押す班ではない。役割を誤れば崩れる」


「火力ならカイルがいる」


俺が言うと、カイルが笑った。


「お、分かってるじゃん」


「ただし、出しすぎると止まらない」


「そこまで言わなくていいだろ」


「事実です」


エルナが静かに言った。


カイルは少しだけ肩を落とした。


「はい」


アーヴェルが紙の上に四つの位置を書き込む。


「基本形は、カイルが前衛中央。私は斜め前、遊撃。リオンは中距離。エルナは後方支援」


「俺が中距離?」


「白鎌の間合いを考えれば、最前列に立つより中距離から相手の進路を制限する方がいい」


確かに。


大鎌は広い。


だが、近すぎると扱いにくい。


カイルのように正面で押し合うより、相手の動く場所を狭める方が向いている。


「リオンが中距離で、俺が止める。アーヴェルが刺す。エルナが見る、守る、治す」


カイルが指で順番を追う。


「分かりやすいな」


「単純化すれば、そうです」


エルナが頷く。


「ただ、私は治癒を前提にしすぎない方がいいと思います」


「何で?」


「測定では負傷を避けることも評価されるはずです。治せるから受ける、ではなく、受けない形を作るべきです」


「耳が痛いな」


カイルが言う。


「カイルは特にです」


「名指し」


「はい」


アーヴェルが少しだけ口元を緩めた。


「正論だ」


「お前もたまに受けすぎるだろ」


カイルが返す。


「私は受けているのではない。見切っている」


「それ、似たようなこと言って失敗するやつだぞ」


「しない」


「ほんとか?」


「たぶん」


「たぶん禁止」


俺が言うと、アーヴェルは少しだけ眉を動かした。


「……可能性は低い」


カイルが笑った。


「言い直した」


少し空気が緩む。


だが、作戦の話に戻ると、全員の目が少し真剣になった。


「リオンの目は、どこまで使う」


アーヴェルが聞く。


「月例測定では、灰衣みたいな異常は出ないはずだ」


「はず、だな」


「でも、相手の軌道や魔力の流れは見える」


「見える」


「なら、使わない理由はない。ただし、全体指揮をリオンに任せるのは危険だ」


「俺もそう思う」


見えすぎると、迷う。


全部を拾おうとする。


それは昨日までで分かった。


「指揮はアーヴェルがいい」


俺が言うと、カイルが頷いた。


「分かる。冷静だしな」


エルナも頷く。


「私も賛成です」


アーヴェルは少しだけ目を細めた。


「私でいいのか」


「いい」


俺は答えた。


「俺は見えるものを言う。全部じゃなくて、必要なものだけ。アーヴェルが使うか決めてくれればいい」


「責任が重いな」


「嫌か」


「いや」


アーヴェルは紙の上に小さく線を引いた。


「やる」


短い返事だった。


だが、頼もしかった。


「じゃあ、アーヴェル隊長?」


カイルが言う。


「やめろ」


「指揮官アーヴェル」


「やめろ」


「クラウゼン隊長」


「斬るぞ」


「どれも駄目か」


「当然だ」


エルナが笑いを堪えている。


アーヴェルは少しだけ疲れたように息を吐いたが、怒ってはいなかった。


「呼称は不要だ。戦闘中は短く名前で呼べ」


「了解、アーヴェル」


カイルが言う。


「それでいい」


作戦は少しずつ形になっていった。


カイルは正面で相手の勢いを止める。

ただし、無理に押し切らない。

押すより、止める。


アーヴェルは相手の隙を突く。

正面から決めるのではなく、カイルが止め、リオンが間合いを制限したところへ入る。


エルナは未来視を連発しない。

危険な一手を見た時だけ使う。

基本は補助、防護、位置取りの管理。


俺は大鎌で相手の通路を切る。

黒月は禁止。

術式干渉も禁止。

ただし、白鎌の間合いと、軌道の読みで相手を誘導する。


「つまり」


カイルが紙を見ながら言う。


「リオンが道を狭くして、俺が止めて、アーヴェルが刺して、エルナが危ない未来を潰す」


「かなり雑だが、間違ってはいない」


アーヴェルが言う。


「雑なのに合ってるならいいだろ」


「雑なまま実行するな」


「そこは頑張る」


「頑張る、では足りない」


「じゃあ、かなり頑張る」


「変わっていない」


俺は二人のやり取りを聞きながら、紙の上の四つの印を見た。


四人。


それぞれ違う。


見えているものも、できることも、怖いものも違う。


でも、形にすれば戦える。


線だけではない。


戦い方を決める。


それは、思っていたより大事だった。


「リオン」


エルナが声をかける。


「何」


「あなたは、自分が前に出すぎた時の合図を決めた方がいいです」


「合図?」


「はい。こちらから止める時の言葉です」


カイルがすぐに言う。


「戻れ、でいいんじゃね?」


「それは普段から使っていますね」


「じゃあ、それでいいだろ」


アーヴェルも頷く。


「短くて分かりやすい。リオンが追いすぎている時は、全員で『戻れ』と言う」


「全員で?」


「一人の声で戻らないなら、全員で呼ぶ」


さらっと怖いことを言う。


でも、必要なのだろう。


俺は少しだけ息を吐いた。


「分かった」


「約束です」


エルナが言う。


「戻れと言われたら、一度止まる」


「うん」


「たぶん、ではなく」


「止まる」


彼女は満足したように頷いた。


カイルが笑う。


「エルナ、最近リオンの扱い上手いよな」


「扱いではありません」


「じゃあ管理」


「もっと違います」


「監督?」


「カイル」


エルナの声が少しだけ低くなった。


カイルはすぐに手を上げる。


「はい、やめます」


アーヴェルが小さく笑った。


本当に小さくだったが、もう見逃さない。


「笑ったな」


カイルが言う。


「笑っていない」


「絶対笑った」


「証拠がない」


「リオン、見えた?」


「見えた」


「裏切るな、リオン」


アーヴェルがこちらを見る。


「事実を言った」


「お前もたまにひどいな」


「よく言われる」


「言われてるのか」


言われてはいない。


でも、言ってみた。


エルナがまた少し笑った。


演習場の空気は、悪くなかった。


灰衣の話も、旧礼拝室の話も、完全になくなったわけではない。


でも、今は測定へ向けて話している。


勝つために。

倒れないために。

四人で戦うために。


それは、ちゃんと前へ進んでいる感覚だった。


しばらく作戦を詰めたあと、実際に動いてみることになった。


相手はいない。


訓練用の魔導標的を六つ並べ、それを敵班に見立てる。


標的はゆっくり動くだけだ。


だが、配置と動線を確認するには十分だった。


「まず基本形」


アーヴェルが言った。


「カイル、中央三歩前。リオンはその半歩後ろ、右寄り。エルナは後方、左。私はカイルの右斜め前から入る」


「了解」


カイルが大剣を構える。


俺は大鎌を出さず、訓練用の長柄武器を持った。


今日は白鎌の顕現なし。


普通の長柄で動きを確認する。


少し物足りない。


でも、それでいい。


白鎌がなくても、足運びと位置取りは練習できる。


「開始」


アーヴェルの声。


標的が動く。


カイルが正面の二体を止める。

大剣の腹で押し返し、踏み込みを封じる。


俺は右から回り込む標的の通路へ長柄を置く。


斬らない。


通さないだけ。


標的は進路を変える。


そこへアーヴェルが入る。


細剣の一突き。


標的が停止する。


エルナは後ろから全体を見ていた。


「左の標的、三秒後にカイルの横へ抜けます」


「カイル、左半歩」


アーヴェルが即座に指示する。


カイルが動く。


標的の進路が塞がれる。


俺はその隙に、後方の標的の足元へ長柄を滑らせる。


倒さない。


止める。


「リオン、深追いするな」


エルナの声。


俺は一歩戻る。


戻った場所へ、別の標的が入ってきた。


危ない。


もし追っていたら、背後を取られていた。


「助かった」


「はい」


エルナは短く頷く。


訓練は順調だった。


完璧ではない。


カイルが押しすぎる場面もあった。

アーヴェルが一人で決めに行きすぎる場面もあった。

俺は標的の動線を読みすぎて、足が止まることがあった。

エルナは未来視を使うべきか迷い、一手遅れた場面があった。


だが、そのたびに止めて、戻して、やり直す。


戦闘というより、組み立てに近い。


誰がどこに立つか。

誰が何を止めるか。

どこで下がるか。

どこから決めるか。


線を見なくても、戦いにはたくさんの道がある。


俺はそれを少しずつ覚えていく。


三度目の通し練習で、ようやく形になった。


カイルが二体を止める。

俺が一体の進路を塞ぐ。

アーヴェルが後衛標的へ抜ける。

エルナが防護術式でカイルの背面を守る。


最後の標的が逃げようとしたところを、俺が長柄で進路だけ塞ぐ。


そこへアーヴェルの細剣が入った。


全標的停止。


カイルが大きく息を吐く。


「おお、今のよくないか?」


「悪くない」


アーヴェルが言う。


「かなり良かったです」


エルナも頷く。


俺も頷いた。


「動きやすかった」


「なら、この形を基本にしましょう」


エルナが手帳に書き込む。


「名前をつけるか?」


カイルが言った。


「作戦名」


「いらない」


アーヴェルが即答する。


「えー、あった方が盛り上がるだろ」


「測定で叫ぶつもりか」


「いや、さすがに叫ばないけど」


「ならいらない」


「リオンは?」


「いらない」


「エルナは?」


「少しだけ、いらないと思います」


「少しだけって何?」


エルナは困ったように笑った。


作戦名はつかなかった。


だが、形は残った。


それで十分だった。


休憩に入ると、カイルは床に座り込んだ。


「腹減った」


「まだ夕食には早い」


アーヴェルが言う。


「訓練すると腹減るんだよ」


「お前は何もしなくても減るだろう」


「それはそう」


否定しないのか。


俺は水を飲みながら、演習場の入口を見る。


そこにエイムが立っていた。


いつの間に来ていたのか、記録板を片手にしている。


「観測ですか」


俺が聞くと、エイムは首を振った。


「いえ、報告です」


その言葉で、少しだけ空気が変わった。


アーヴェルが腕を組み直す。


エルナが手帳を閉じる。


カイルも座ったまま顔を上げた。


「灰衣ですか」


俺が聞く。


エイムは少しだけ間を置いた。


「直接の干渉はありません」


直接の。


その言い方が引っかかる。


「では、何が」


アーヴェルが問う。


エイムは記録板を開いた。


「創世廊の封鎖区画で、灰衣系祈祷痕の反応が消えています」


「消えてるならいいんじゃないですか」


カイルが言う。


だが、エイムの表情は硬い。


「通常、封鎖処置後の残滓はゆっくり減衰します。完全に消えるには時間がかかる。ですが、今回は一部の祈祷痕が不自然に消失しています」


「誰かが消した?」


エルナが言う。


「その可能性があります」


「学院内部に、まだ協力者がいる可能性か」


アーヴェルの声が低くなる。


エイムは頷いた。


「はい。ただし、証拠はありません。消えたのは旧礼拝室へ直接繋がるものではなく、周辺の古い礼拝布由来の痕跡です」


礼拝布。


灰札。

灰糸。

灰針。


灰衣の祈祷具に使われていた、古い布。


「消えた場所は」


俺が聞く。


「創世廊の封鎖区画外側。壁画付近ではありません。保管備品の記録棚付近です」


「記録棚」


「はい。ミレイア講師が確認中です」


何かが動いている。


直接襲ってくるのではなく、痕跡を消している。


証拠を消しているのか。

それとも、次の儀式に必要なものを回収しているのか。


分からない。


だが、嫌な静けさだった。


エイムは続ける。


「グレン教官から伝言です。第一基礎班は通常訓練を継続。ただし、創世廊方面への接近は禁止。単独行動禁止も継続」


カイルが息を吐く。


「やっぱり終わってないか」


「終わってはいません」


エイムは淡々と言った。


「ただし、今すぐ動く段階でもありません」


アーヴェルが言う。


「なら、我々は測定準備を続ける」


「はい。それがグレン教官の判断です」


エルナが静かに頷いた。


「日常を止めない」


「そうです」


エイムは記録板を閉じる。


「異常は大人側で追います。皆さんは測定へ備えてください」


そう言われても、完全に切り替えるのは難しい。


だが、以前よりは分かる。


何でも自分たちで追わなくていい。

見えたからといって、すぐ行かなくていい。

大人が動く間、自分たちは自分たちの準備をする。


それも戦いの一部だ。


カイルが立ち上がった。


「じゃあ、もう一回やるか」


俺は少し驚いた。


「続けるのか」


「続けるだろ。測定あるし」


「腹減ったって言ってた」


「腹は減ってる。でも、今やめると変なこと考えそうだから」


カイルは大剣を担ぐ。


「動いてた方がいい」


アーヴェルが頷いた。


「同感だ」


エルナも手帳を置き、杖を握った。


「私もできます」


俺は少しだけ息を吐いた。


「じゃあ、もう一回」


長柄を握る。


白鎌ではない。


ただの訓練用の武器。


でも、今はそれでいい。


目の前の標的を見る。


動き。

間合い。

仲間の位置。

呼吸。


線だけではない戦い方。


それを積み上げる。


一方で、創世廊では何かが静かに消えている。


月例測定まで五日。


学院の日常と、灰衣の残した影。


その二つが、同じ時間の中で進んでいた。


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