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歪みの果てに君を呼ぶ  作者: ネネルネ
第1章 白鎌の少年
18/88

18話_外さないために

反省文が二枚になった。


一枚目の題は、『許可なき顕現について』。

二枚目の題は、『授業前の接触について』。


どちらも、あまり書きやすい題ではない。


俺は教室の隅で紙を眺めていた。


一枚目には、昨日書いた四行がそのまま残っている。


『許可なく大鎌を顕現しました。』

『理由は、エルナに攻撃が届くと思ったからです。』

『次からは気をつけます。』

『ただし、同じ状況なら、たぶん同じ判断をします。』


やっぱり怒られそうだ。


二枚目は、さらに難しい。


『授業前、上級生に攻撃されました。』

『避けました。』

『相手は転びました。』


そこで止まっている。


反省文というより、報告書に近い。


いや、報告書としても雑だ。


「何を書いているんですか」


隣からエルナの声がした。


見ると、彼女が俺の紙を覗き込んでいた。


「反省文」


「それは、反省文ではないと思います」


「やっぱり?」


「はい」


即答だった。


前の席では、カイルが肩を震わせている。


「避けました。相手は転びました。って、もうちょっとあるだろ」


「事実だ」


「事実だけ並べたら反省にならないんだよ」


「難しいな」


「難しくしてるのはお前だよ」


カイルは笑いながら、自分の紙を取り出した。


「こういうのはな、形が大事なんだ。まず『この度は』って書く」


「この度は」


「次に『ご迷惑をおかけし』」


「俺が迷惑をかけたのか?」


「そこを考えると書けなくなるから、いったん流せ」


「流すのか」


「反省文は流れが大事」


たぶん信用してはいけない。


エルナも少し困った顔をしている。


少し離れた席で、アーヴェルが本を読んでいた。

だが、明らかにこちらの会話を聞いている。


カイルが声をかけた。


「アーヴェル、反省文得意そうだよな」


「書いたことがない」


「うわ、言いそう」


アーヴェルは本から目を離さずに言った。


「規則を守れば書く必要はない」


「その正論、今のリオンに刺さるぞ」


「刺さっておけ」


俺は紙を見る。


刺さるほどではないが、少し痛い。


その時、教室の扉が開いた。


グレン教官が入ってくる。


一瞬で空気が引き締まった。


「第一基礎班。午前の予定を変更する」


黒板に魔法式の文字が浮かぶ。


『個別制御訓練』


「昨日の傀儡暴走、および今朝の上級生との接触を受け、今日は各自の制御能力を確認する」


視線が、少しだけ俺へ集まる。


言わなくても分かる。


原因の半分くらいは俺だ。


「特にリオン」


やはり名指しだった。


「お前は、触れる前に止まる訓練をする」


「触れる前に」


「そうだ」


グレン教官は淡々と言った。


「お前は見える。見えてしまう。そして、見えた線に触れれば、結果を変えられる。だが、それは強さの一部でしかない」


教官の目が、いつもより少し厳しかった。


「触れないと決めて、触れずに済ませる。それも制御だ」


触れない強さ。


その言葉は、少しだけ胸に残った。


第二実技棟は、昨日の件で一部封鎖されていた。


そのため、俺たちは第三訓練室へ向かった。


第一訓練場ほど広くはない。

壁も床も黒い石でできていて、防護陣は外側に三重で張られている。


中央には、いくつもの小さな魔法灯が浮かんでいた。


青、白、緑、赤。

色の違う光球が、ゆっくりと空中を漂っている。


「この光球は、触れると反応する」


グレン教官が説明する。


「青は無害。白は防護。緑は治癒。赤は攻撃術式の核だ。今日は、それぞれの線を見分ける」


カイルが腕を組む。


「見分けるだけですか?」


「見分けるだけだ」


「地味ですね」


「地味な訓練で失敗する者ほど、実戦で派手に死ぬ」


「はい、真面目にやります」


カイルはすぐに姿勢を正した。


グレン教官の脅しはよく効く。


「まずはリオン」


俺は前へ出た。


光球が、ゆっくりと周囲を回る。


見える。


青い光球には、単純な魔力の流れ。

白い光球には、外側へ広がる防護の線。

緑には、柔らかく絡む治癒術式。

赤には、内側に圧縮された攻撃の芯。


ただ見るだけなら、難しくない。


問題は、見えると触れたくなることだった。


赤い光球の芯には、分かりやすい継ぎ目がある。

そこをほんの少し外せば、術式は崩れる。


白い光球の防護線は、端が少し甘い。

そこを押せば、盾の向きがずれる。


緑の治癒術式には、触れてはいけない細い結び目がある。

そこを壊せば、おそらく術式は逆流する。


見える。


見えてしまう。


手を伸ばさなくても、意識がそこへ向かう。


()()()()


グレン教官の声。


俺は息を止めた。


「見るだけだ」


()()()()


選ぶ。


最後に、触れる。


今日は、最後に触れない。


俺は右手を握った。


光球の線が視界で揺れる。


頭の奥が痛い。


「赤」


グレン教官が言った。


俺は赤い光球を見た。


「攻撃術式。圧縮型。芯が内側にあります」


「触れるならどこだ」


「右下の継ぎ目」


「触れるな」


「はい」


「白」


「防護術式。外側へ広がっています。正面からの衝撃に強い。斜め後ろの線が薄い」


「触れるなら」


「薄い線をずらす」


「触れるな」


「はい」


「緑」


俺は少し詰まった。


治癒術式。


柔らかく、複雑で、壊れやすい。


「治癒術式。魔力の流れが遅い。結び目が三つ」


「触れるなら」


「……触れません」


グレン教官が目を細めた。


「理由は」


「壊す場所が見えすぎる」


訓練室が少し静かになった。


俺は続ける。


「触れたら、たぶん治癒ではなくなります」


「正解だ」


グレン教官は短く言った。


「見えても触れるな。特に治癒、防護、封印。この三つは味方を守る術式だ。敵の攻撃より、味方の防御を壊す方が簡単な場面もある」


その言葉は重かった。


俺の力は、敵にだけ向くわけではない。


むしろ、味方が使っているものほど、近くて、見えやすくて、触れやすい。


エルナが持つ治癒術式も、たぶんそうだ。


俺は彼女の方を見た。


エルナは静かにこちらを見ていた。


怖がっているわけではない。


だが、何も感じていないわけでもない。


それが分かって、少しだけ息が詰まった。


「次、エルナ」


グレン教官が言う。


俺は後ろへ下がった。


エルナは前に出ると、短い杖を構えた。


彼女の訓練は、未来視と治癒術式の同時制御だった。


三秒先を視る。

そこに発生する負傷の可能性を読む。

必要な治癒術式を最小限で組む。


見た目は地味だ。


だが、彼女の周囲には繊細な線がいくつも広がっている。


細く、柔らかく、すぐに切れそうな線。


それを見た瞬間、俺は無意識に目を逸らした。


見すぎてはいけない。


「リオン」


エルナが呼んだ。


「はい」


なぜ敬語になったのか、自分でも分からない。


エルナは少しだけ不思議そうにしたが、何も言わなかった。


「見ていてください」


「いいのか」


「はい」


「壊すかもしれない」


「今は、壊さない訓練中です」


正しい。


正しいが、少し怖い。


俺は彼女の術式を見る。


治癒の線。

未来視の線。

その二つは別々ではなかった。


エルナは、三秒先に起きる傷を視てから治すのではない。


傷が起きる前に、そこへ治癒の準備を置いている。


だから速い。


だから危うい。


未来が外れた時、治癒術式は空振りする。

空振りするだけならいい。

だが、そこに俺の歪みが重なれば、治すはずの術式が別のものへ変わるかもしれない。


「分かった」


俺は呟いた。


エルナがこちらを見る。


「何がですか」


「昨日、エルナが俺の未来を視えないと言った理由」


正確には、少し違う。


俺自身が視えないだけではない。


俺の周囲では、未来に置いた術式の位置がずれる。


だからエルナは、三秒先を選べない。


「俺の近くにいると、治癒が難しくなる」


エルナは少し黙った。


「はい」


否定しなかった。


その方がよかった。


変に慰められるより、ずっといい。


「でも」


エルナは続ける。


「不可能ではありません」


「なぜ」


「昨日、あなたは私が傷つく未来を折りました」


折った。


その言葉はまだ慣れない。


「なら、私もあなたの近くで治せるようになります」


それは静かな宣言だった。


強い言葉ではない。

だが、揺らがない。


俺は少しだけ目を細める。


「怖くないのか」


「怖いです」


エルナはすぐに答えた。


「でも、怖いから知りたいです」


その答えは、少しだけ俺に似ていた。


触れてはいけないと言われても、知りたくなる。


知ることが救いとは限らない。

それでも、知らないままでは選べない。


グレン教官が軽く手を叩いた。


「会話はそこまで。次、カイル」


カイルは待ってましたとばかりに前へ出た。


大剣を持つと、彼の雰囲気は少し変わる。


普段の軽さは残っている。

けれど、芯がぶれない。


「お前は力を乗せすぎる。今日は止める訓練だ」


「止める?」


「振り切るな。途中で止めろ」


「一番苦手なやつですね」


「だからやる」


カイルは大剣を構えた。


浮かぶ光球へ向けて振る。

その刃が届く寸前で止める。


一回目。


止まらなかった。


大剣は光球を叩き、青い光が弾ける。


「力みすぎだ」


「分かってます」


二回目。


また止まらない。


三回目。


少しだけ止まったが、刃先が触れた。


カイルは笑っていたが、額には汗が滲んでいる。


「大剣って、止める方が難しいんだな」


俺が言うと、カイルは笑った。


「だろ。俺は出すのは得意だけど、引っ込めるのが苦手なんだよ」


「性格と同じだな」


「言うようになったな、リオン」


少しだけ、空気が軽くなる。


最後はアーヴェルだった。


彼の訓練は、身体強化の精密制御。


足元に浮かぶ術式は綺麗だった。

無駄が少ない。


身体強化は単に筋力を上げるものではない。

骨、筋、重心、反応速度。

それらをどこまで正確に補助するかで、動きの質が変わる。


アーヴェルの術式は、教科書のように正しい。


正しすぎるほどだった。


「アーヴェル」


グレン教官が言う。


「お前は整いすぎている」


「欠点ですか」


「今は美点だ。だが実戦では、正しさだけでは読まれる」


アーヴェルは少しだけ表情を硬くした。


たぶん、俺との初戦を思い出したのだろう。


「崩せ」


「……はい」


アーヴェルは細剣を抜き、構えを少し変えた。


だが、まだ綺麗だった。


綺麗で、速くて、強い。


けれど、線が読みやすい。


俺なら外せる。


そう思った瞬間、アーヴェルがこちらを見た。


「今、外せると思ったな」


「思った」


「正直すぎる」


「嘘をつく理由がない」


アーヴェルは少しだけ悔しそうに目を伏せた。


そして、もう一度構える。


今度は、ほんの少しだけ線が乱れた。


乱れたというより、余白ができた。


「今の方がやりにくい」


俺が言うと、アーヴェルは目を細めた。


「そうか」


その一言だけだった。


だが、彼の中で何かが動いた気がした。


訓練が終わる頃には、全員が疲れていた。


派手な戦闘はない。


魔物も出ない。

勝敗もない。

ただ、自分の力を途中で止めるだけ。


それなのに、昨日の演習より疲れた気がする。


訓練室を出る前、グレン教官が俺を呼び止めた。


「リオン。反省文を出せ」


「今ですか」


「今だ」


俺は渋々、二枚の紙を渡した。


教官は一枚目を読む。


表情は変わらない。


二枚目を読む。


少しだけ眉が動いた。


「これは反省文ではない」


「エルナにも言われました」


「書き直しだ」


「やっぱり」


「ただし」


グレン教官は紙を折りたたんだ。


「嘘がないのは評価する」


それは褒められたのだろうか。


分からない。


「書き直す時も、嘘は書くな。だが、自分の行動が周囲に与える影響を書け」


「周囲に」


「そうだ。お前が避ければ、誰かに当たるかもしれない。お前が外せば、別の線が歪むかもしれない。そこまで考えろ」


昨日のバルドの槍。


右へ流せばエルナ。

左へ流せばカイル。

下へ落とせば床の術式。


だから、踏み込みを外した。


あの判断は、たぶん間違っていない。


けれど、それを言葉にする必要がある。


「分かりました」


「本当に分かった顔ではないが、まあいい」


またそれだ。


訓練室を出ると、廊下の先に見慣れない職員が立っていた。


灰色の外套。


境界監理局の者だ。


職員はグレン教官に近づき、小声で何かを伝える。


教官の表情が少しだけ変わった。


「リオン」


「はい」


「昨日の魔導傀儡と、今朝バルドが使った木槍。両方から、似た術式痕が見つかった」


俺は足を止めた。


「黒い結び目ですか」


「正式な解析はまだだ。だが、お前の見たものと近い可能性がある」


カイルの顔から笑みが消える。


エルナも静かに息を呑んだ。


アーヴェルは眉を寄せる。


「つまり、バルド先輩も?」


「現時点では断定しない」


グレン教官は言った。


「ただし、昨日の傀儡暴走と今朝の私闘は、偶然ではない可能性が出てきた」


偶然ではない。


その言葉は、妙に重かった。


誰かが傀儡に干渉した。

誰かがバルドの木槍に何かを仕込んだ。


では、目的は何か。


エルナを狙ったのか。

俺に大鎌を使わせたかったのか。

それとも、俺の力を見るためか。


右手の奥が冷える。


白い大鎌が、静かに目を覚ますような感覚。


グレン教官は俺を見る。


「勝手に調べるな」


「分かっています」


「今は、を付けるな」


「分かっています」


今度は付けなかった。


けれど胸の奥では、もう一本の線が見えている。


傀儡。

木槍。

黒い結び目。

禁書庫。

E指定。


それらはまだ繋がっていない。


だが、誰かが繋げようとしている。


あるいは、俺に繋がせようとしている。


触れるな。


そう言われたばかりなのに。


その線は、ひどく見えやすかった。


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