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その鍵を預けて  作者: ターチャン


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第一章

 目が覚めたとき、最初に感じたのは、妙な圧迫感だった。


 春先の薄い朝日が、古い木枠の窓から差し込んでいる。白く擦れた天井。見慣れない部屋。


 頭が少し重かった。


 ――ああ、そうだ。


 大学進学。


 上京。


 洋館風アパート。


 管理人の、あきらさん。


 そこまで思い出してから、下腹部にまとわりつく異物感に気づいた。


「……え?」


 朝人は布団をめくった。


 銀色の装具が、そこにあった。


 冷たい金属の光沢。奇妙なほど無機質で、なのに身体にぴったり沿う形状。


 一瞬、理解が追いつかなかった。


 寝ぼけた頭のまま触れる。外そうとする。だが構造がよくわからない。


 いろいろ見てみるとその金属の装具には鍵穴があった。


 鍵・・・


 その言葉が頭に浮かぶ。


「……なに、これ……」


 声が掠れた。


 昨夜の記憶が、断片的によみがえる。


 荷物を運び終えたあと、あきらさんが「入居祝い」と言って甘い飲み物をくれたこと。


 管理人室の古いランプ。


 小さなソファ。


 静かなクラシック音楽。


 向かいに座る彼女は、小柄で、綺麗で、妙に落ち着いていた。


『緊張してるね』


『まあ……少し』


『新生活って疲れるから』


 そこまでは覚えている。


 そのあと急に、ひどく眠くなった。


 そこから先が曖昧だった。


 ベッドから身体を起こす。


 動くたびに装具が存在を主張する。金属が擦れる感覚。閉じ込められているような圧迫感。


 怖くなって、もう一度外そうとした。


 だが、うまく指が入らない。


 焦りで呼吸が浅くなる。


 その時。


 コン、コン。


 ドアが軽く叩かれた。


「起きた?」


 穏やかな声だった。


「……あ、はい」


「入るね」


 返事を待たず、ドアが静かに開く。


 あきらさんは朝の光の中でも、不思議なくらい落ち着いて見えた。華奢で柔らかな雰囲気なのに、視線だけが妙に静かだった。


 白いマグカップを机に置く。


「ココア。飲む?」


「……あの」


 朝人は布団を握った。


「これ……」


 あきらさんはちらりと布団を見る。


「ああ」


 それだけ言って、小さく笑った。


「貞操帯、似合ってるね」


「え……?」


「そんなに怖がらなくて大丈夫」


 彼女は椅子に腰掛ける。


 まるで、最初からこうなることが当然だったみたいに。


「鍵、わたしが預かってるから」


 その瞬間、胃の奥が冷えた。


「なんで……こんなこと……」


「試してみたかったから」


 あきらさんは静かに言った。


「ごめんね。朝人くん、たぶん向いてると思ったんだよね」


「向いてる……?」


「我慢すること」


 朝人は言葉を失った。


 冗談なのか、本気なのか判断がつかない。


 けれど彼女の声には威圧感がなかった。ただ、静かだった。


「外したい?」


「……はい」


「そうだよね」


 あきらさんは静かに頷いた。


「急にこんなの付いてたら、怖いよね」


 朝人は何も言えなかった。


 怖い。


 意味がわからない。


 本当なら怒るべきなのかもしれない。


 でも。


 目の前のあきらさんは、不思議なくらい落ち着いていた。


 まるで朝人が騒ぐことを、最初からわかっているみたいに。


「……外してください」


 ようやく絞り出した声に、あきらさんは少しだけ困ったように笑った。


「うーん」


 軽く首を傾げる。


 それから、じっと朝人を見た。


「朝人くんってさ」


「……はい」


「わたしと、仲良くなりたいでしょ?」


 心臓が跳ねた。


「え……」


「なんとなくわかるよ」


 あきらさんは小さく笑う。


「管理人室、気にしてたし」


「クッキー焼いてた時も、すごい嬉しそうだったし」


 朝人は一気に顔が熱くなった。


 図星だった。


 上京してきたばかりで。


 知らない街で。


 不安ばかりだった時に、あきらさんだけが妙に優しかった。


 だから、もっと話したいと思った。


 仲良くなりたいとも。


 でも、それを見抜かれていたことが恥ずかしかった。


「……それと、これ関係ありますか」


 なんとかそう言うと、あきらさんは少し考えるように視線を上げた。


「あるかも」


「え……?」


「だって、普通のことしてても、あんまり面白くないし」


 悪戯っぽく笑う。


「朝人くん、こういうの似合いそうだなって思った」


「そんな……」


「ねえ」


 あきらさんは静かな声で言った。


「少しだけ、試してみない?」


 朝人は言葉に詰まる。


 おかしい。


 意味がわからない。


 普通なら断るべきだ。


 でも。


 もしここで拒否したら。


 あきらさんとの、この不思議な距離感も終わってしまう気がした。


 朝人自身、それをどこかで感じていた。


「大丈夫」


 あきらさんは穏やかに微笑む。


「嫌だったら、そのうち外してあげるから」


 その声は妙に安心感があった。


 朝人はまだ混乱していた。


 怖い。


 恥ずかしい。


 でも同時に。


 あきらさんに受け入れてもらえているような感覚もあった。


 その感覚を失いたくない、と少し思ってしまう。


「……少しだけ、なら」


 気づけば、そんな言葉が口から出ていた。


 あきらさんは満足そうに目を細める。


「うん。いい子」

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