IF:妹
優しかったお兄ちゃん。
小さい頃から、いつも私の味方だった。
困ったことがあれば助けてくれたし。
泣いていれば慰めてくれた。
そのお兄ちゃんと連絡が取れなくなった。
卒業して。
就職して。
遠くで暮らすことになったから心配しないでほしい。
そんな手紙が一通届いただけ。
携帯電話もつながらない。
おかしい。
どう考えてもおかしい。
就職先だってそうだ。
日本機械。
お兄ちゃんはそう言っていた。
でも。
問い合わせてみたら。
そんな社員はいないと言われた。
絶対に何かある。
そう思った。
手掛かりは一つしかなかった。
大学時代。
お兄ちゃんが住んでいたアパート。
管理人さんは言った。
「卒業と同時に引っ越しましたよ」
それだけだった。
でも。
私がお兄ちゃんの妹だと名乗った時。
一瞬だけ。
表情が揺れた気がした。
何かを隠している。
そんな気がした。
だから。
私は戻ってきた。
管理人さんが外出したのを確認して。
アパートに忍び込んで。
管理人室の前に立つ。
もちろん犯罪だ。
分かっている。
でも。
お兄ちゃんを探すためだ。
他に方法がない。
鍵はかかっていなかった。
静かに扉を開ける。
誰もいない。
私は中へ入った。
管理人室は意外と普通だった。
机。
棚。
冷蔵庫。
ベッド。
そして。
部屋の隅。
そこを見た瞬間。
私は息を止めた。
小屋だった。
犬小屋。
どうしてこんなものが。
そう思った次の瞬間。
中に人がいることに気付いた。
心臓が止まりそうになった。
裸だった。
首輪を付けている。
見たこともない拘束具。
そして。
口の拘束帯。
「お兄ちゃん……?」
中の人が顔を上げた。
見間違えるはずがない。
「お兄ちゃん!」
私は駆け寄った。
兄は目を見開いている。
何かを言おうとしている。
でも言葉にならない。
「大丈夫!」
「今助けるから!」
拘束具を外す。
口の拘束帯も外した。
「逃げよう!」
「お兄ちゃん!」
兄は困ったような顔をした。
その時だった。
「何してるの?」
後ろから声がした。
身体が凍る。
振り返る。
管理人さんだ。
その人が。
楽しそうにこちらを見ていた。
「あら」
「この前の妹さんね」
「だめよ。不法侵入しちゃ」
女は少し考え。
それから。
本当に何でもないことのように言った。
「朝人君」
「はい」
「ちょっと妹さんを捕まえて?」
「はい」
兄は迷わなかった。
一瞬も。
そして。
私を羽交い絞めにした。
動けない。
「お兄ちゃん!?」
信じられなかった。
優しかったお兄ちゃん。
私を守ってくれたお兄ちゃん。
そのお兄ちゃんが。
私を押さえつけている。
「ねぇ」
あきら様が微笑む。
「朝人君」
「はい。あきら様」
「今、幸せよね?」
「はい」
「もちろんです」
即答だった。
「そう」
あきら様は嬉しそうに頷く。
「良かった」
そして。
「じゃあ」
「妹さんにも同じ幸せを与えてあげたいと思わない?」
「はい」
兄は迷わなかった。
「思います」
「ちょうど拘束帯、新しくしたばっかりよね。」
「前のやつを妹さんに着けてあげましょう。」
「はい。」
私は首を横に激しく振った。
「お兄ちゃん!やめて」
大声で叫ぼうとした。
でも、おにいちゃんがあきら様と呼んだ、管理人さんが。
わたしの口に何かをはめた。
声が出せない。
「大丈夫だよ」
兄は優しく笑った。
「最初は僕も分からなかったんだ」
私は必死に首を振る。
「でも」
「今は本当に幸せなんだ」
兄はあきら様を見る。
恋人を見るような目ではない。
もっと。
なにか。
主人を見つめる犬を思わせる目だった。
「大丈夫だよ」
「お前も同じにしてあげるから」
私は信じられなかった。
でも。
兄は。
本当に。
心の底から。
幸せそうにそう言った。




