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その鍵を預けて  作者: ターチャン


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17/20

IF:妹

 優しかったお兄ちゃん。


 小さい頃から、いつも私の味方だった。


 困ったことがあれば助けてくれたし。


 泣いていれば慰めてくれた。


 そのお兄ちゃんと連絡が取れなくなった。


 卒業して。


 就職して。


 遠くで暮らすことになったから心配しないでほしい。


 そんな手紙が一通届いただけ。


 携帯電話もつながらない。


 おかしい。


 どう考えてもおかしい。


 就職先だってそうだ。


 日本機械。


 お兄ちゃんはそう言っていた。


 でも。


 問い合わせてみたら。


 そんな社員はいないと言われた。


 絶対に何かある。


 そう思った。


 手掛かりは一つしかなかった。


 大学時代。


 お兄ちゃんが住んでいたアパート。


 管理人さんは言った。


 「卒業と同時に引っ越しましたよ」


 それだけだった。


 でも。


 私がお兄ちゃんの妹だと名乗った時。


 一瞬だけ。


 表情が揺れた気がした。


 何かを隠している。


 そんな気がした。


 だから。


 私は戻ってきた。


 管理人さんが外出したのを確認して。


 アパートに忍び込んで。


 管理人室の前に立つ。


 もちろん犯罪だ。


 分かっている。


 でも。


 お兄ちゃんを探すためだ。


 他に方法がない。


 鍵はかかっていなかった。


 静かに扉を開ける。


 誰もいない。


 私は中へ入った。


 管理人室は意外と普通だった。


 机。


 棚。


 冷蔵庫。


 ベッド。


 そして。


 部屋の隅。


 そこを見た瞬間。


 私は息を止めた。


 小屋だった。


 犬小屋。


 どうしてこんなものが。


 そう思った次の瞬間。


 中に人がいることに気付いた。


 心臓が止まりそうになった。


 裸だった。


 首輪を付けている。


 見たこともない拘束具。


 そして。


 口の拘束帯。


「お兄ちゃん……?」


 中の人が顔を上げた。


 見間違えるはずがない。


「お兄ちゃん!」


 私は駆け寄った。


 兄は目を見開いている。


 何かを言おうとしている。


 でも言葉にならない。


「大丈夫!」


「今助けるから!」


 拘束具を外す。


 口の拘束帯も外した。


「逃げよう!」


「お兄ちゃん!」


 兄は困ったような顔をした。


 その時だった。


「何してるの?」


 後ろから声がした。


 身体が凍る。


 振り返る。


 管理人さんだ。


 その人が。


 楽しそうにこちらを見ていた。


「あら」


「この前の妹さんね」


「だめよ。不法侵入しちゃ」


 女は少し考え。


 それから。


 本当に何でもないことのように言った。


「朝人君」


「はい」


「ちょっと妹さんを捕まえて?」


「はい」


 兄は迷わなかった。


 一瞬も。


 そして。


 私を羽交い絞めにした。

 

 動けない。


「お兄ちゃん!?」


 信じられなかった。


 優しかったお兄ちゃん。


 私を守ってくれたお兄ちゃん。


 そのお兄ちゃんが。


 私を押さえつけている。


「ねぇ」


 あきら様が微笑む。


「朝人君」


「はい。あきら様」


「今、幸せよね?」


「はい」


「もちろんです」


 即答だった。


「そう」


 あきら様は嬉しそうに頷く。


「良かった」


 そして。


「じゃあ」


「妹さんにも同じ幸せを与えてあげたいと思わない?」


「はい」


 兄は迷わなかった。


「思います」


「ちょうど拘束帯、新しくしたばっかりよね。」


「前のやつを妹さんに着けてあげましょう。」


「はい。」


 私は首を横に激しく振った。


「お兄ちゃん!やめて」


大声で叫ぼうとした。


でも、おにいちゃんがあきら様と呼んだ、管理人さんが。


わたしの口に何かをはめた。


声が出せない。


「大丈夫だよ」


 兄は優しく笑った。


「最初は僕も分からなかったんだ」


 私は必死に首を振る。


「でも」


「今は本当に幸せなんだ」


 兄はあきら様を見る。


 恋人を見るような目ではない。


 もっと。


 なにか。


 主人を見つめる犬を思わせる目だった。


「大丈夫だよ」


「お前も同じにしてあげるから」


 私は信じられなかった。


 でも。


 兄は。


 本当に。


 心の底から。


 幸せそうにそう言った。

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