IF:初任給
月光商社へ入社して一ヶ月。
朝人は毎日くたくただった。
朝早く出社し。
帰りは遅い。
覚えることも多い。
想像していたよりずっと大変だった。
その日の夕方。
朝人は管理人室の扉を叩いた。
「ただいまです」
「おかえり」
あきら様は嬉しそうに笑った。
「どうだった?」
「大変でした」
「でしょうね」
「顔に書いてある」
頭を撫でられる。
「でも頑張ったんだよね?」
「はい」
「えらい」
それだけで少し疲れが軽くなる気がした。
「そういえば」
あきら様が何か思い出したように言う。
「初任給入った?」
「入りました」
「見せて」
「え?」
「給与明細」
朝人は鞄から給与明細を取り出した。
「へぇ」
あきら様は興味深そうに眺める。
「四十二万五千円か」
「すごいじゃない」
「残業が結構あったので」
「そうね」
「毎日遅かったものね」
あきら様は少しだけ優しい顔になった。
「頑張ったんだね」
「はい」
褒められて少し嬉しかった。
「じゃあ」
「四十二万円は、この口座に振り込んでね」
「え?」
「これから、朝人君の給与は私が管理してあげる。」
「どうしても必要なものは、私に言えば、買ってあげるわ」
「毎月、給与がでたら給与明細を見せてね」
朝人はさすがに返事に困った。
「えっと……」
あきら様はすかさず反応した。
「えっと……?」
「えっと……?何かな?」
あきら様は僕が無駄遣いをしないように考えてくれてるのかもしれない。
結婚した夫は、奥さんに給与を渡して、そこからお小遣いをもらう場合もあると聞くし
そう考えるとおかしなことでもないのかもしれない。
結婚。
あきら様と。
実際に結婚なんてしてもらえるわけがないのに
そんなことを考えると気持ちが高揚する自分がいた。
「いえ、なんでもありません。今日すぐ振り込みます」
あきら様はにっこりと微笑んだ。
「そう、いい子ね」
「まずはその給与で」
「初任給の記念を買おうか」
「記念ですか?」
「うん」
あきら様は手に持ったタブレットを操作する。
「ほら」
「どれがいい?」
朝人は少し嬉しくなった。
社会人の記念。
腕時計だろうか。
それとも万年筆だろうか。
ウキウキしながら画面を見る。
「……」
固まった。
画面に並んでいたのは。
今自分につけられているものとは比べ物にならないほど本格的な貞操帯だった。
「どう?」
あきら様は楽しそうだった。
「えっと……」
「今のも悪くないんだけどね」
「こっちの方が素敵だと思わない?」
説明文を読む。
オーダーメイド。
採寸必須。
長期装着向け。
中世ヨーロッパ風。
「中世ヨーロッパ風なんだって」
「ほら」
あきら様は画面を指差す。
「ウェストベルトと連結して」
「こうやって股下を通るでしょう?」
「大事なところを完全に守れるんだって」
「それに、家庭用の切断器具などでは絶対破壊できないんだって」
「すごいよね」
朝人は返事に困った。
正直。
初任給の記念品として想像していたものとはだいぶ違う。
しかも、オーダーメイドで20万円もするようだ。
「いまので十分じゃないですか……?」
「そう?」
あきら様は不思議そうに首を傾げた。
「でも朝人君専用だよ?」
「世界に一つだけ」
「……」
朝人は再び画面を見る。
世界に一つだけ。
自分専用。
そう言われると。
少しだけ悪くない気もしてしまう。
「これとかどうかな」
あきら様は一つの商品を指差した。
「私、このデザイン好き」
「……」
「朝人君?」
「あきら様の好きなデザインが良いです」
あきら様に喜んでもらえるなら、それがいい。
「うん」
あきら様は満足そうに笑った。
「じゃあ今度採寸しようね」
「ちゃんとぴったりのサイズで作らないと」
あきら様は嬉しそうだった。
給与の話も
プレゼントの話も
それでいい気がした。




