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その鍵を預けて  作者: ターチャン


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番外編:新しいお友達

 新しい入居者が来たのは、秋の終わり頃だった。


 朝人より少し若いくらいの男だった。


 細い身体。


 どこか頼りなさそうな目。


 引っ越しの日。


 管理人室の前で立ち話している二人を見た瞬間、朝人の胸の奥がざわついた。


 嫌な予感がした。


 理由は、自分でもわかっていた。


    *


「ねえ、朝人君」


 数日後。


 いつものように管理人室で撫でられていた時だった。


 あきら様は紅茶を飲みながら、静かな声で言った。


「これからは、わたしが呼ぶ時以外来ないでね」


 一瞬。


 朝人は意味がわからなかった。


「……え?」


 あきら様は穏やかに微笑んでいる。


「ちょっと忙しくなるから」


 その言葉だけで、胸の奥が冷える。


 聞かなくてもわかった。


 たぶん。


 あの新しい住人だ。


「……なんで」


 気づけば、小さく声が漏れていた。


 あきら様は少しだけ目を細める。


「ん?」


「……俺、最近ちゃんとしてました」


 自分でも、情けない言い方だと思った。


 でも止められなかった。


「ちゃんと言うこと聞いてたし……」


 あきら様は静かに朝人を見つめている。


「うん」


「……なのに」


 そこで言葉が詰まる。


 本当は聞きたかった。


 自分だけじゃ駄目なのか、と。


 でも。


 そんなこと、言えるはずがなかった。


 長い沈黙のあと。


 あきら様は小さく息を吐く。


「朝人君」


 静かな声。


「わたしの言うこと、聞けないのかな?」


 その瞬間。


 朝人の身体が強張った。


「ち、違……」


「違わないよね?」


 優しい声なのに、逃げ場がない。


 朝人は俯く。


 苦しい。


 胸の奥がぐちゃぐちゃになる。


 嫌だった。


 あきら様が他の誰かを可愛がるのが。


 自分だけじゃないのが。


 でも。


 そんなことを言える立場じゃないことも、もうわかっている。


    *


 沈黙のあと。


 あきら様は静かに朝人の髪を撫でた。


「朝人君は、ちゃんと言うこと聞ける子だよね?」


 その言葉だけで、胸が熱くなる。


 悔しいのに。


 苦しいのに。


 期待されると、逆らえない。


「……はい」


 小さな返事。


 あきら様は満足そうに微笑んだ。


「うん。いい子」


 撫でられる。


 それだけで、張り詰めていた感情が少しずつほどけていく。


 朝人は、自分でも嫌になるくらい単純だった。


    *


 その週。


 朝人は自分の部屋にいる時間が増えた。


 時計を見る。


 落ち着かない。


 今頃。


 あの管理人室で。


 あきら様は、あの新しい男を撫でているのだろうか。


『いい子』


 とか。


 優しく言っているのだろうか。


 考えた瞬間、胸の奥が痛くなる。


「っ……」


 苦しい。


 熱い。


 嫌だ。


 でも。


 それ以上に。


 “嫌だと思っている自分”を知られるのが怖かった。


 もし。


 面倒な子だと思われたら。


 言うことを聞けない子だと思われたら。


 あきら様に見放されたら。


 その想像だけで、息が苦しくなる。


    *


 数日後。


 夜遅く。


 スマートフォンが震えた。


『管理人室おいで』


 短いメッセージ。


 その瞬間。


 朝人の胸が熱くなる。


 嬉しい。


 呼ばれた。


 それだけで、身体の奥が甘く痺れる。


 朝人はほとんど急ぐように部屋を飛び出した。


    *


 扉を開ける。


 暖かな灯り。


 紅茶の香り。


 そして。


「あ、朝人君」


 あきら様が小さく笑った。


「ちゃんと来た」


 その瞬間。


 朝人の胸の奥が、じわりと熱くなる。


 安心してしまう。


 呼んでもらえた。


 まだ、自分はここへ来ていい。


 そう思ってしまう。


「……はい」


 声が少し震えた。


 あきら様は、それに気づいているはずなのに何も言わない。


 ただ優しく隣を叩く。


「おいで」


 朝人は迷わず従った。


 隣へ座る。


 優しく頭を撫でられる。


 それだけで、胸の苦しさが少しずつほどけていく。


「寂しかった?」


 悪戯っぽい声。


 朝人は返事ができなかった。


 でも。


 沈黙だけで十分伝わってしまったらしい。


「ふふ」


 あきら様は楽しそうに笑う。


「かわいい」


 その言葉を聞いた瞬間。


 朝人の胸の奥が、また熱くなった。


 悔しい。


 苦しい。


 独り占めしたい。


 でも。


 それでも。


 こうして呼んでもらえるだけで、自分は幸せになってしまう。


「朝人君」


 あきら様は優しく髪を撫でながら囁く。


「これからも、ちゃんと言うこと聞けるよね?」


 朝人は小さく目を閉じた。


 苦しい。


 でも。


 逆らいたくなかった。


「……はい」


 そう答えると、あきら様は満足そうに微笑んだ。


「うん。いい子」


 それから、少し楽しそうに続ける。


「もう少ししたら、新しいお友達にも会わせてあげるから」


 一瞬。


 朝人の胸が小さく痛む。


 でも。


 その痛みと一緒に、不思議な熱も広がっていく。


 あきら様の“特別な子”の一人として扱われている。


 そう思うだけで、胸の奥が甘く痺れた。


 朝人は静かに俯く。


「……はい」


 その返事を聞いて、あきら様は満足そうに微笑んだ。

一応、ここまでで一連のストーリーは番外編含めて完結です。

ですが、案外読んでくださってる読者様がおられるようなので、来週からまたちょっと追加していきます。

そちらはここまでの一連のストーリーとは矛盾するかもしれませんが、そこは目をつぶってくださいませ。

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